第27話「終わらない議論へ」
今日も今日とて、
毎日の学校で、そして休日で。
仲間たちとの生活は豊かで穏やかな、そして賑やかなものだった。
「いらっしゃいませ。よく来たな、いづる。
今日は玲奈が遊びに来るよう招待してくれたのだが、彼女自身が出迎えてくれないのは珍しい。そのことをいづるが素直に口に出したら、海姫は「少し来客中だ」とそっけなく答えてくれた。
そして、いづるの身に緊張が満ちる……
今日は、初めて玲奈の自室に案内されたのだった。
変に
そこには、なんとも言えぬ不思議な光景が広がっていた。
「わーい! ビームライフルだー、ズババババー!」
「くっ、やるわね! それでも……守りたい世界があるわっ!」
「グイーン、ドドドドー! バズーカはっしゃー!」
「甘いっ、
「えーい、トドメだー! ビームサーベルゥ!」
「ああっ、モニターが! 死ぬっ!?」
玲奈は小さな男の子と、一生懸命ガンプラを振り回している。
どうやら撃墜されたらしく、バンシィ・ノルンを手に玲奈は倒れ込んだ。
そして、仰向けに倒れた初めて、それを見詰める一同の視線に気付く。玲奈は硬直したまま徐々に赤くなってゆき、ついには口をパクパクとさせながら
「いっ、いい、いづる君!? それに、みんなもっ! い、いいっ、いつからいるの!?」
「え、えと、すみません。ノックしたんですけど、海姫さんが」
その海姫だが、茶を出すとだけ言って既にいなくなっている。
いづるは勿論、真也も翔子も呆然として謎の痴態に目を丸くしていた。玲奈はなにを……そう思った時、ガンダムを手にした男の子が声をあげる。年の頃は四歳か五歳くらいだろうか? 育ちの良さそうな子で、シャツにネクタイ、そして半ズボンだ。
「玲奈ねーちゃん、お友達ー? ねえねえ、それとも……彼氏ー?」
子供というのは無邪気で、残酷だ。そして無垢で純情、容赦のないものである。
おもわずいづるはドキンとしたが、玲奈も先ほど以上に慌ててあわあわと、何故か手にしたバンシィ・ノルンをいじっている。
だが、幼児はそんな玲奈の胸に、顔を
「彼氏はだめだよー? ボクが玲奈ねーちゃんをお嫁さんにするんだからねっ!」
「え、えと、そ、そうね。彼らは私のお友達よ。いづる君に富尾君、そして翔子さん」
思わずいづるは、謎の幼児に
そう思っていると、申し訳なさそうに玲奈が顔をあげた。
「この子は、
「はーい! ボク、海音寺豊です。こんにちは!」
いづるの隣で、頬に両手を当ててグニグニと翔子が身を揺らす。彼女は萌え萌えと訳のわからない言葉を呟きつつ、息を荒げ始めた。
その横では真也が、気まずそうに眼鏡を指で押し上げる。
「……それで、従兄弟の子守をしながらブンドドか、阿室っ!」
「うっ! み、見たわね……親にも見られたことないのに」
「散弾ではねっ! モニターが死ぬっ!」
「ああっ、やめて! やめて富尾君……恥ずかしいから、やめて……羞恥心だけを殺す機械なのっ!?」
「俺の勝ちだな。今計算してみたが、阿室のブンドドは強烈な印象で記憶される。お前の頑張り過ぎだ!」.
なんだかよくわからないが、先ほどのガンダムごっこが、いわゆるブンドドと呼ばれるらしい。いづるは正直、ホッとしたような少し残念なような……ムッツリスケベ故に、以前からブンドドのことを勘違いしていたのだった。
ブーン! ドドドドー! とプラモデルで遊ぶから、ブンドドである。
そんなこんなで賑やかな中、いづるは周囲を見渡す。
玲奈の部屋はさすが良家の御令嬢という雰囲気で、とても綺羅びやかだった。
だが、豊の頭を撫でつつ玲奈は、いづるにだけ声を潜めて小声で話しかけてくる。
「実はね、いづる君。この部屋と別に……ガンダム部屋があるの、私」
「……そんなことだろうと思いました、納得です」
「ガンプラを作って並べたり、ポスターを貼ったりとかはそっちに。今度案内するわ、いづる君。……いづる君には、見て欲しい、から。私のこと、全部」
玲奈の言葉に、思わずいづるはまた鼓動を高鳴らせる。ほのかに頬を赤らめたまま、いづるは玲奈と一緒に俯いてしまった。それは、初勝利の感動でテンションが高い真也や、お姫様的な空間で浮かれる翔子には気付かれていなかった。
ただ、玲奈にべったりと張り付く豊だけが、両者を見上げて小首を傾げる。
だが、ガンダムを手にする豊は、思い出したように声をあげた。
「そうだ! ねえねえ、玲奈ねーちゃん!」
「あら、なにかしら? どうしたの、豊君」
「玲奈ねーちゃん、ガンダムいっぱい持ってるんだよね! ねっ!」
「そうよ。豊君の持ってきたガンダムも、凄く上手にできてるわ。お兄さんが手伝ってくれたのね」
「うんっ! にーちゃん最近ガンダムに夢中なんだ。それでね、ボクにも沢山ガンダムくれるの」
こうして見ると、本当に子供はかわいいものだといづるは頷く。そして、そんな子供に接する玲奈の表情がまた、優しさに満ちてて愛しく感じるのだ。普段の
だが、そんな玲奈の胸に顔を埋めながら、豊は意外な言葉を放った。
「ねえねえ、玲奈ねーちゃん! ガンダムって……どのガンダムが一番強いの?」
その言葉に、不意に玲奈は動揺したように表情を固くした。
のみならず、聞いていた真也まで焦り慌ててよろめいてしまう。
子供らしい素朴な疑問に、戻ってきた翔子がそれとなく答えるが……
「えーっとぉ、ガンダムならウィングゼロカスタムとかだよぉー! ヒイロきゅんのガンダムはゼロシステム? だっけ? もついてるし」
あっ、という顔を玲奈と真也がした。だが、翔子は深くは考えていないようで、にっぽりといつもの緩い笑みだ。そして、玲奈からやっと離れた豊は、今度は翔子に甘えて抱きついた。
そして、五歳の幼児とは思えぬ言葉を繰り出してくる。
「ガンダム
翔子が一瞬「ほへ?」と目を点にした。
そして、玲奈がそっといづるに耳打ちをする。
「いづる君、豊君はね……お年頃なのもあるけど、ガンダムには詳しいわ。しかも、
「は、はあ……」
「昔の自分を見てるみたいな気分よ、いづる君」
「はは、
そうこうしていると、今度はよせばいいのに真也が首を突っ込む。
「豊少年っ! ならば世界感と背景を統一するため、
「うんっ! いいよー」
「ならば話は早い、決まっている! 最強は……アムロ・レイの
ビシィ! と断言を決めるポーズで真也が言い切った。翔子は胸に顔を擦り付けてくる豊に「νガンダムだってー」と微笑んでいる。
だが、すかさず豊は横目で真也を見やると、子供とは思えぬ……一種子供じみた反論を繰り出してきた。
「ニュータイプの搭乗を前提とした兵装って、どうかなあ。しかも、フィン・ファンネルは大気圏内で使えないかもしれないよ? 重力下であんな物体が浮くとは思えないし。ファンネルを封じられたら、νガンダムの性能は発揮できないと思うなあ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……なんてかわいくない子供なんだ! で、ではっ! 敢えて言おう、最強は
「確かにミノフスキードライブ搭載型で、理論上は亜光速まで加速できるらしいけど……アサルトパーツとバスターパーツで火力も防御力も十分。だけど、コストが高いから運用が凄く難しいんじゃないかなあ? V2のコアファイターを壊しちゃった人もいたし」
「くぅ! だって……だって、オリファーなんだぜ? そ、それでは、豊少年……君の考える最強ガンダムとは……な、なんだ……」
「えー、ボクわかんなぁい」
その間もずっと、腕組み俯いた玲奈は、いづるの隣でTR-6インレがどうとか、クロスボーン・ガンダムX-1フルクロスがどうとか呟いていた。
いづるには正直、どのガンダムも強そうに見えるのでピンとこない。
そもそも、架空の兵器であるガンダムの性能を、娯楽作品であるアニメの中でランク付けするのは難しいことだ。多くの主人公が乗るガンダムは、圧倒的な強さをいつも見せつけているから。
そうこうしていると、玲奈は崩れ落ちる真也を庇うように、ようやく結論を口にした。
「豊君、ガンダム最強は……キミが最強と思うガンダムが最強なのよ? いいかしら?」
「えーっ? そうなのー? 玲奈ねーちゃんでもわからないの?」
「ええ。カタログスペックや設定だけを見ていては、ガンダムは楽しめないわ。増して、コストや運用状況、戦域など細かな点を詰めてゆけば、結論なんて出ないもの」
それに、と玲奈は手にするバンシィ・ノルンを見詰めながら呟いた。
「本当に強いのはね、豊君……ガンダムではなく、ザクやジムよ! 量産型モビルスーツなのよ!」
「えっ……そ、そうなの? 玲奈ねーちゃん」
「そうよ……戦いは数よ、豊君! ガンダム一機を配備運用するコストで、量産機を揃えた方が本当はいい。兵器の運用とは本来、そうした側面もあるわ。勿論、ワンオフの高級高性能機を否定するものではないけど」
なんて
だが、豊は納得したような納得しないような、でもわかったような顔で「うん!」と大きく頷いていた。そんな彼はまだ、翔子にベッタリとくっついて離れない。
やれやれ子供ってやつは……そういづるが肩をすくめていた、その時。
「ならば、阿室っ! ……量産機で最も優れたモビルスーツを決めるべきだと思わんか? ええい、この話の流れならっ!」
「異論はないわ、富尾君。真に戦場の主役は量産機……ガンダムとは違うのよ、ガンダムとは!」
それから二人は、お茶を持ってきた海姫を含めた一同が呆れるまでずっと、ガンダム論議を繰り広げていた。玲奈は真也と、ヴィクトリータイプが量産型モビルスーツに当てはまるかどうかで議論を続ける。呆れながらもいづるは、心底ガンダムオタクな、ガノタな玲奈の横顔を見守り続けるのだった。
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