第27話「終わらない議論へ」

 今日も今日とて、日陽ヒヨウいづるの休日は充実している。何故なら、普通のお友達以上に接してくれる、阿室玲奈アムロレイナがいるから。

 毎日の学校で、そして休日で。

 仲間たちとの生活は豊かで穏やかな、そして賑やかなものだった。


「いらっしゃいませ。よく来たな、いづる。翔子ショウコ……それと、富野信者とみのしんじゃ……ああ、真也シンヤだな」


 楞川翔子カドカワショウコ富尾真也トミオシンヤといった、いつものメンバーで訪れたいづるを出迎えてくれたのは、メイドの来栖海姫クルスマリーナだ。あいかわらず暗い目をしているが、彼女は礼儀正しく三人を屋敷内へと案内してくれる。

 今日は玲奈が遊びに来るよう招待してくれたのだが、彼女自身が出迎えてくれないのは珍しい。そのことをいづるが素直に口に出したら、海姫は「少し来客中だ」とそっけなく答えてくれた。

 そして、いづるの身に緊張が満ちる……

 今日は、初めて玲奈の自室に案内されたのだった。

 変に動悸どうきが激しくて、ドアを震える手でノックする。だが、返事がないなと思ったその時には、傍らで見ていた海姫がドアを開いた。

 そこには、なんとも言えぬ不思議な光景が広がっていた。


「わーい! ビームライフルだー、ズババババー!」

「くっ、やるわね! それでも……守りたい世界があるわっ!」

「グイーン、ドドドドー! バズーカはっしゃー!」

「甘いっ、散弾さんだんではねっ! ……くっ、直撃を受けている!?」

「えーい、トドメだー! ビームサーベルゥ!」

「ああっ、モニターが! 死ぬっ!?」


 玲奈は小さな男の子と、一生懸命ガンプラを振り回している。

 どうやら撃墜されたらしく、バンシィ・ノルンを手に玲奈は倒れ込んだ。

 そして、仰向けに倒れた初めて、それを見詰める一同の視線に気付く。玲奈は硬直したまま徐々に赤くなってゆき、ついには口をパクパクとさせながら身悶みもだえ転がり始めた。


「いっ、いい、いづる君!? それに、みんなもっ! い、いいっ、いつからいるの!?」

「え、えと、すみません。ノックしたんですけど、海姫さんが」


 その海姫だが、茶を出すとだけ言って既にいなくなっている。

 いづるは勿論、真也も翔子も呆然として謎の痴態に目を丸くしていた。玲奈はなにを……そう思った時、ガンダムを手にした男の子が声をあげる。年の頃は四歳か五歳くらいだろうか? 育ちの良さそうな子で、シャツにネクタイ、そして半ズボンだ。


「玲奈ねーちゃん、お友達ー? ねえねえ、それとも……彼氏ー?」


 子供というのは無邪気で、残酷だ。そして無垢で純情、容赦のないものである。

 おもわずいづるはドキンとしたが、玲奈も先ほど以上に慌ててあわあわと、何故か手にしたバンシィ・ノルンをいじっている。

 だが、幼児はそんな玲奈の胸に、顔をうずめて抱きついた。


「彼氏はだめだよー? ボクが玲奈ねーちゃんをお嫁さんにするんだからねっ!」

「え、えと、そ、そうね。彼らは私のお友達よ。いづる君に富尾君、そして翔子さん」


 思わずいづるは、謎の幼児に嫉妬しっと……大人おとなげないとわかっていても羨望せんぼうの眼差しを注ぐ。思う存分玲奈に甘えて胸に頬ずりする、この男児は何者だろうか?

 そう思っていると、申し訳なさそうに玲奈が顔をあげた。


「この子は、従兄弟いとこ海音寺豊カイオンジユタカ君。五歳よ。さ、豊君、ちゃんと挨拶するんだぞ?」

「はーい! ボク、海音寺豊です。こんにちは!」


 いづるの隣で、頬に両手を当ててグニグニと翔子が身を揺らす。彼女は萌え萌えと訳のわからない言葉を呟きつつ、息を荒げ始めた。

 その横では真也が、気まずそうに眼鏡を指で押し上げる。


「……それで、従兄弟の子守をしながらブンドドか、阿室っ!」

「うっ! み、見たわね……親にも見られたことないのに」

「散弾ではねっ! モニターが死ぬっ!」

「ああっ、やめて! やめて富尾君……恥ずかしいから、やめて……羞恥心だけを殺す機械なのっ!?」

「俺の勝ちだな。今計算してみたが、阿室のブンドドは強烈な印象で記憶される。お前の頑張り過ぎだ!」.


 なんだかよくわからないが、先ほどのガンダムごっこが、いわゆるブンドドと呼ばれるらしい。いづるは正直、ホッとしたような少し残念なような……ムッツリスケベ故に、以前からブンドドのことを勘違いしていたのだった。

 ブーン! ドドドドー! とプラモデルで遊ぶから、ブンドドである。

 そんなこんなで賑やかな中、いづるは周囲を見渡す。

 玲奈の部屋はさすが良家の御令嬢という雰囲気で、とても綺羅びやかだった。天蓋てんがい付きのベッドがあって、翔子が目を輝かせている。調度品はどれも高級そうな落ち着いたもので……そして不思議と、ガンダム要素がない。あの玲奈なら、ガンダムグッズが部屋にアレコレあっても良さそうなのだが。

 だが、豊の頭を撫でつつ玲奈は、いづるにだけ声を潜めて小声で話しかけてくる。


「実はね、いづる君。この部屋と別に……ガンダム部屋があるの、私」

「……そんなことだろうと思いました、納得です」

「ガンプラを作って並べたり、ポスターを貼ったりとかはそっちに。今度案内するわ、いづる君。……いづる君には、見て欲しい、から。私のこと、全部」


 玲奈の言葉に、思わずいづるはまた鼓動を高鳴らせる。ほのかに頬を赤らめたまま、いづるは玲奈と一緒に俯いてしまった。それは、初勝利の感動でテンションが高い真也や、お姫様的な空間で浮かれる翔子には気付かれていなかった。

 ただ、玲奈にべったりと張り付く豊だけが、両者を見上げて小首を傾げる。 

 だが、ガンダムを手にする豊は、思い出したように声をあげた。


「そうだ! ねえねえ、玲奈ねーちゃん!」

「あら、なにかしら? どうしたの、豊君」

「玲奈ねーちゃん、ガンダムいっぱい持ってるんだよね! ねっ!」

「そうよ。豊君の持ってきたガンダムも、凄く上手にできてるわ。お兄さんが手伝ってくれたのね」

「うんっ! にーちゃん最近ガンダムに夢中なんだ。それでね、ボクにも沢山ガンダムくれるの」


 こうして見ると、本当に子供はかわいいものだといづるは頷く。そして、そんな子供に接する玲奈の表情がまた、優しさに満ちてて愛しく感じるのだ。普段のりんとして涼やかな微笑ではない……慈愛に満ちた母性あふれる笑顔がそこにはあった。

 だが、そんな玲奈の胸に顔を埋めながら、豊は意外な言葉を放った。


「ねえねえ、玲奈ねーちゃん! ガンダムって……?」


 その言葉に、不意に玲奈は動揺したように表情を固くした。

 のみならず、聞いていた真也まで焦り慌ててよろめいてしまう。

 子供らしい素朴な疑問に、戻ってきた翔子がそれとなく答えるが……


「えーっとぉ、ガンダムならウィングゼロカスタムとかだよぉー! ヒイロきゅんのガンダムはゼロシステム? だっけ? もついてるし」


 あっ、という顔を玲奈と真也がした。だが、翔子は深くは考えていないようで、にっぽりといつもの緩い笑みだ。そして、玲奈からやっと離れた豊は、今度は翔子に甘えて抱きついた。

 そして、五歳の幼児とは思えぬ言葉を繰り出してくる。


「ガンダムウィングのモビルスーツは、演出によって過度に硬かったり強かったりするから、一概に最強とは言えないよ。ゼロシステムだって、少しリスキーだとボクは思うなあ」


 翔子が一瞬「ほへ?」と目を点にした。

 そして、玲奈がそっといづるに耳打ちをする。


「いづる君、豊君はね……お年頃なのもあるけど、ガンダムには詳しいわ。しかも、かたよった知識というか……多分、お兄さんの影響だと思うのだけど」

「は、はあ……」

「昔の自分を見てるみたいな気分よ、いづる君」

「はは、黒歴史くろれきしってやつですね」


 そうこうしていると、今度はよせばいいのに真也が首を突っ込む。


「豊少年っ! ならば世界感と背景を統一するため、宇宙世紀ユニバーサル・センチュリーに限った話で議論させてもらうぞ」

「うんっ! いいよー」

「ならば話は早い、決まっている! 最強は……アムロ・レイのνニューガンダムだっ!」


 ビシィ! と断言を決めるポーズで真也が言い切った。翔子は胸に顔を擦り付けてくる豊に「νガンダムだってー」と微笑んでいる。

 だが、すかさず豊は横目で真也を見やると、子供とは思えぬ……一種子供じみた反論を繰り出してきた。


「ニュータイプの搭乗を前提とした兵装って、どうかなあ。しかも、フィン・ファンネルは大気圏内で使えないかもしれないよ? 重力下であんな物体が浮くとは思えないし。ファンネルを封じられたら、νガンダムの性能は発揮できないと思うなあ」

「ぐ、ぐぬぬぬ……なんてかわいくない子供なんだ! で、ではっ! 敢えて言おう、最強はV2ブイツーアサルトバスターであると!」

「確かにミノフスキードライブ搭載型で、理論上は亜光速まで加速できるらしいけど……アサルトパーツとバスターパーツで火力も防御力も十分。だけど、コストが高いから運用が凄く難しいんじゃないかなあ? V2のコアファイターを壊しちゃった人もいたし」

「くぅ! だって……だって、オリファーなんだぜ? そ、それでは、豊少年……君の考える最強ガンダムとは……な、なんだ……」

「えー、ボクわかんなぁい」


 その間もずっと、腕組み俯いた玲奈は、いづるの隣でTR-6インレがどうとか、クロスボーン・ガンダムX-1フルクロスがどうとか呟いていた。

 いづるには正直、どのガンダムも強そうに見えるのでピンとこない。

 そもそも、架空の兵器であるガンダムの性能を、娯楽作品であるアニメの中でランク付けするのは難しいことだ。多くの主人公が乗るガンダムは、圧倒的な強さをいつも見せつけているから。

 そうこうしていると、玲奈は崩れ落ちる真也を庇うように、ようやく結論を口にした。


「豊君、ガンダム最強は……? いいかしら?」

「えーっ? そうなのー? 玲奈ねーちゃんでもわからないの?」

「ええ。カタログスペックや設定だけを見ていては、ガンダムは楽しめないわ。増して、コストや運用状況、戦域など細かな点を詰めてゆけば、結論なんて出ないもの」


 それに、と玲奈は手にするバンシィ・ノルンを見詰めながら呟いた。


「本当に強いのはね、豊君……ガンダムではなく、ザクやジムよ! 量産型モビルスーツなのよ!」

「えっ……そ、そうなの? 玲奈ねーちゃん」

「そうよ……戦いは数よ、豊君! ガンダム一機を配備運用するコストで、量産機を揃えた方が本当はいい。兵器の運用とは本来、そうした側面もあるわ。勿論、ワンオフの高級高性能機を否定するものではないけど」


 なんてふたもない、と思わずいづるは苦笑してしまった。

 だが、豊は納得したような納得しないような、でもわかったような顔で「うん!」と大きく頷いていた。そんな彼はまだ、翔子にベッタリとくっついて離れない。

 やれやれ子供ってやつは……そういづるが肩をすくめていた、その時。


「ならば、阿室っ! ……量産機で最も優れたモビルスーツを決めるべきだと思わんか? ええい、この話の流れならっ!」

「異論はないわ、富尾君。真に戦場の主役は量産機……ガンダムとは違うのよ、ガンダムとは!」


 それから二人は、お茶を持ってきた海姫を含めた一同が呆れるまでずっと、ガンダム論議を繰り広げていた。玲奈は真也と、ヴィクトリータイプが量産型モビルスーツに当てはまるかどうかで議論を続ける。呆れながらもいづるは、心底ガンダムオタクな、ガノタな玲奈の横顔を見守り続けるのだった。

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