第19話「性者の帰還」

 国内でも有数の規模を誇る、秋葉原あきはばらのヨドバシカメラ。家電製品の取り揃えも豊富ながら、秋葉原店だけあってホビー関連が充実している。ゲーム機や幼児用遊具、果ては大人の趣味の玩具おもちゃなどなど。

 そして勿論もちろん、ガンダムのプラモデル……ガンプラの品揃えも別格だ。

 そんなヨドバシカメラの売り場へ日陽ヒヨウいづるたちが着くと、その中から阿室玲奈アムロレイナが子供のように飛び出した。


「見て、いづる君! 凄いわね……これが、本物のガンプラ売り場なのね」

「あれ、阿室さん。こういうとこでの買い物は」

「私、ガンプラはいつも海姫マリーナにパソコン操作を頼んでAmazonアマゾンで買ってたから。だから、凄く興奮するわ! 感動よ!」

「は、はぁ」


 笑う楞川翔子カドカワショウコ富尾真也トミオシンヤを前に、うっとりと玲奈は瞳を潤ませる。

 直ぐに彼女は、ずらりと棚に並んだ多くのガンプラの前へ進む。その背を追ういづるたちを、最後尾に続く来栖海姫クルスマリーナが見守ってくれていた。

 早速玲奈は、見上げるほどに積み上げられたガンプラの数々を物色し始めた。


「いい機会よ、いづる君。キミもガンプラ、どうかしら? あなたに、ガンプラを……!」

「え、あ、いやぁ……僕、結構ぶきっちょですよ? あんましプラモ、作ったことないし」

「安心して、大丈夫よ。あえて言わせてもらうわ、オススメであると!」

「因みに阿室さんは」

「よく作るぞ? ま、まあ……見せる人、いないけど。いなかったのだけども、今までは」


 そう言うと、玲奈は手近な店員を呼んで、二言三言ふたことみこと言葉を交わす。店員が快く笑顔で「いいですよ、どうぞ」と言うので、玲奈はすぐ手近にあったガンプラを手に取った。そして、その箱を丁寧に開けて中身をいづるに見せてくれる。


「見て、いづる君。これはHGのRX-78-2ガンダム、1/144サイズよ」

「あ、あれ……? 色が、ついてる」

「そうよ、今は大抵のガンプラはほぼアニメを再現したカラーが最初から着色されてるの。これが、ジオン脅威きょういの……じゃない、バンダイ脅威のメカニズムよ。接着剤も使わないわ」


 玲奈は気分によって、素組すぐみと呼ばれる組み立てだけを楽しむ日もあり、また気に入ったガンプラには塗装を施すという。静かに箱を元通りにして棚に戻すと、いづるはぐるりと周囲を見渡した。見える限りにガンプラが置いてある光景は、玲奈ならずとも圧巻である。


「難しく考えちゃ駄目よ、いづる君。ガンプラは自由なの。ラーメンと一緒よ? いい素材で手間をかけて作ったラーメンも美味おいしいけど、時にはカップめんが食べたい時だってあるわ。……そう、カップ麺。食べたこと、ないわ……カップ麺も今度、試さなくちゃ」

「あ、阿室さん?」

「あら、ごめんなさい。とにかく、今はどのガンプラも格段に作りやすく、素組みでも高いクオリティの物が多いの。どう? ……ね、私とガンプラ、作らない?」


 それもいいなと思っていたいづるは、ふと目に止まったガンプラへ手を伸ばす。

 それは、午前中にゲームセンターで遊んだ時に使った、あの一角獣ユニコーンのようなガンダムだ。見れば、角が開いた状態のものも売っている。


「このガンダムは、変身前と後とで別々なんですね」

「流石にこのサイズでは再現は難しいのね……でも、1/100のMGなら変身も再現されてるわよ。ただ、ガンプラ入門にMGはあまりオススメしないわね。ちょっと難しいもの」

「そうですか……そ、そうだ! 阿室さん、あの……僕がこれ買ったら、その……ガンプラ、作るの一緒に教えてくれますか?」


 我ながらあざといと思ったが、いづるは勇気を振り絞る。

 玲奈は満面の笑みで「ええ! 大丈夫、キミなら出来るわ」と承諾してくれた。玲奈と一緒にガンプラ作り……借りてきたガンダムのDVDとかを流しつつ、ゆったりとした休日。もしかしたらまた、玲奈の家で? ……もしも、もしもかなったら、玲奈の部屋で!?

 いづるが勝手に夢を膨らましつつ、角が開いた状態のユニコーンガンダムに決めた、その時だった。


「な、なら、私は当然これを買うわ。いづる君に教えるなら、私も似たガンプラを作れば参考にもなるもの。そ、それだけよ? まだ持ってないガンプラだし」


 玲奈が棚から取ったのは、黒いガンダムだ。心なしか、いづるのものと似ている……色違いのそっくりだ。そのことが不思議で、いづるはガンプラに気を取られて玲奈の赤面を見逃す。


「これはユニコーンガンダム二号機、バンシィ・ノルンよ。いづる君の一号機と……お揃いね」

「へぇー、ホントだ」


 バンシィというのは確か、北欧の妖精だった筈。そしてノルンというのは……いづるはそこまでファンタジーの知識はないが、不意に背後で声がする。


「わぁ、阿室先輩はそれにするんですか? バンシィ・ノルン……? バンシィは死を呼ぶ泣き乙女のことですよねぇ。ノルンは、運命の三女神で、複数形だとノルニルかなぁ」

「詳しいわね。翔子さんは賢いわ」

「エヘヘ、そんなぁ……因みにわたしはですね、えーとぉ」


 どうやら翔子もガンプラに挑戦してみるらしく、いづるを玲奈と挟んで立つや棚を見上げる。

 だが、彼女は玲奈がベアッガイさんというかわいらしいガンプラをすすめてくれたが、キッパリと断る。翔子には翔子なりに、趣味の基準というものがあるらしかった。


「それかわいいです! けどぉ……阿室先輩。わたし、やるからには勝ちたいですし。すっごく強いガンプラがいいです!」

「あら……それって」

「知ってますよぉ、ガンプラって作ったら戦わせるんですよね! レイジきゅん×セイきゅんみたいに……そう、あのうるわしい子たちみたいに。やだもぉ、わたしもガンプラバトルで半ズボンの似合いそうなカワイイ男の子と知りあったりなんかしちゃって……きゃっ」

「翔子さん……まだ、ビルドファイターズみたいなシステムは、ないわ……現実は、非情よ」


 それでも翔子は、よせばいいのに「これ強そうです!」と、デカい箱を手に取った。どうやら彼女はアニメの見過ぎで、ガンプラ同士をバトルさせる遊び方が本当にあるのだと勘違いしているようだった。

 翔子はノリノリでクタン参型さんがたと書いてある箱を手に「オールフェーン、なみだぁ~♪」と謎の歌を口ずさみながら行ってしまった。


「え、えと……バトル、しないですよね? ってか、できないですよね」

「そ、そうね。今は、まだね。でもね、いづる君! こ、ここ、こっ……これは秘密、いづる君にだから話すけど」

「はい?」

「わっ、私……なら、するわ。それも、結構頻繁ひんぱんに」


 ――ブンドド?

 聞き慣れない言葉にいづるは首を捻る。

 少し頬を赤らめうつむき、もじもじと玲奈は語り続けていた。


「ブンドドっていうのは、まあ、その……人にはあまり見せられない、ちょっと恥ずかしいことね。でも、私は好きだわ。疲れてる時なんかにね、自分を慰める効果もあるのよ?」

「自分を……! なっ、なな、慰めるっ!」

「そう、生まれたままの気持ちに戻って、自由に手と指で」

「生まれたままの……手と指で!」

「熱中すると思わず声が出ちゃうの。他人に聞かれたら恥ずかしい、そうわかってても声が」

「こっ、ここ、声が!」


 いづるはやはり、かなりのムッツリスケベであった。

 そして、そんなことはつゆ知らず、玲奈はブンドドなる行為をいづるに勘違いさせてゆく。


「阿室さん! そ、それって……その、じ、じじ、じっ、自慰……」

「G? そうね、Gゴッドガンダムでもするわ。モビルファイターならではの可動域にうっとりするの」

「自慰……しかも、もしかしたら……」

「……本当は、一人でするとね、いづる君。ふと我に返ると、ちょっと虚しくもなるけど」

「わかります! それ、凄くわかります! 賢者の心境ですよね! でも僕、自慰より……セ、セッ、セセ、セック――」

「Gセイバーは流石にガンプラを持ってないわ。欲しいのだけど、難しいのよね。ガレージキットとかだとあるのかしら?」

「あ、いや、その自慰、より……ファ、ファ、ファッ――」

「Gファルコン! そう、HGもMGもせっかくガンダムDXダブルエックスが出たんだもの、Gファルコンも欲しいわよね。噂じゃ、旧キットのGファルコンでもいけるらしいのだけど」

「イケる!? あ、あっ、阿室さん……僕は……でも、意外です。阿室さんも、オ、オ、オッ、オナ――」

「オ? ああ、オーライザーなら単品より00ダブルオーライザーを買ったほうがいいわ。GNソードⅢもついてくるし、お得よ?」


 いづるの中でどんどん、ブンドドなる謎の行為が桃色ピンクに染まってゆく。

 あられもない表情であえぐ裸の玲奈が、頭の中でガンプラを手に……いけない妄想は広がる。

 だが、そんな時に二人だけの幸せな勘違いワールドに声が割って入った。


「どうした、阿室っ! まだ選んでないだと? ええいっ!」

「あら、富尾君。やだ、キミいつからそこにいるの? はっ、恥ずかしいじゃない」

「ブンドドするなど、自分の都合で大人と子供を使い分けて! ……意外とかわいいところがあるのだな」

「……楽しんですもの、ブンドド」


 いづるの頭の中ではまだ、気恥ずかしそうな玲奈の語るブンドドが間違った認識で広がってゆく。ブンドドの本当の意味がわかるのは、まだまだ先のことになるとは知らずに。


「で? 富尾君もガンプラを買うのかしら?」

「当然だ……フッ、出来栄えで勝負だ、阿室っ! ……バンシィ・ノルン? 情けないガンプラと戦って、勝つ意味があるのか! しかし、いづる少年とペアルックとはナンセンスだ!」

「な、なによ……いいじゃない。ま、まあ、競う遊び方も楽しいけど。でも、いづる君たちは初体験だし、楽しくみんなでガンプラしましょ?」

「気に入ったぞ、阿室。それだけハッキリものを言うとはな……みんなで素組みもたまにはいいだろう。俺も、オリジンのザクⅡには前から興味があったのだ。安彦良和やすひこよしかず先生もまた、富野御大とみのおんたいと並ぶ偉大な方だからな」


 結局、その後もいづるはニッパーやデザインナイフを買い、玲奈に誘われるままフィギュアなども見てROBOTロボット魂の品揃えを眺めもした。だが、心ここにあらず……どうしても頭の中で、ブンドドにふける玲奈の姿が消えない。

 ――悲しいけど彼、思春期なのよね。

 因みに護衛の海姫は「スーパーロボット的なものを感じます」と、口ではガンダムは敵だとか言いつつ……HGクシャトリアを買っていたのだった。

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