第18話「スナイバル・ガノタ・嫌い」

 結局、日陽ヒヨウいづるたちはゲームセンターを堪能たんのうした。

 とりわけいづるには、初めてのゲームセンターではしゃぐ阿室玲奈アムロレイナの笑顔がまぶしかった。楞川翔子カドカワショウコ富尾真也とみおしんやと四人で、エアホッケーで対決したりクイズゲームをやったりと、随分遊んだ気がする。最後はみんなでプリクラを撮ったら、時刻はお昼になっていた。

 玲奈は昼食ちゅうしょくを既に決めていたらしく、一同を連れて再び電気街へと出る。


「見て、いづる君。私はさっきのプリクラ、携帯に貼ったわ。残りは家に帰ったら、ガンプラに貼ったりしようかしら」

「阿室さん、随分お気に入りみたいですね……楽しかったですか? ゲームセンター」

「この阿室玲奈、休日の中で休日を忘れたわ。それくらい面白かったぞ?」


 先ほどから玲奈は上機嫌で、一生懸命いづるに語りかけてくる。その表情はいきいきと輝いて、まるでどこにでもいる普通の女の子だ。

 そうこうしていると、四人たちが歩く先へ一軒の喫茶店が見えてきた。

 どうやら玲奈は、ここで昼食をと思っているらしい。


「わあ、かわいいお店ですね、阿室先輩っ! 喫茶、ガランシェール?」

「そうよ、翔子さん。来栖クルスのおじ様がやってるお店なの。さ、入りましょう」


 最後に一度だけ、不思議と玲奈は今来た道を振り返る。休日に賑わう往来へと視線を走らせ、小さく溜息。そうして彼女は、いづるたちを連れて店内へと入った。

 喫茶ガランシェールは、どこか昭和の純喫茶を思わせる落ち着いた店だった。カウンターの向こうでは「いらっしゃい! おや、お嬢様」とひげの紳士が笑いかけてくる。この喫茶店のマスターらしき、恰幅かっぷくのいい男性だ。

 玲奈はニ、三の挨拶を交わすと、運良く空いてる席を見つけていづるたちへ手を振る。

 昼時で混み合う店内は、擦れ違うウェイターたちの運ぶ料理が、行き交うたびにいづるの鼻孔をくすぐり食欲を刺激した。

 席についたいづるたちへと、人懐っこい笑みのウェイターが注文を取りに来る。


「まずは美味しい水を頂戴。みんな、何を食べてもよくてよ。作戦前の最後の食事ですもの」

「わぁ、阿室先輩のオゴリですかぁ?」

「こら、翔子っ! だいたいなんですか、作戦前って。最後の食事って」


 早速玲奈がガノタっぷりを発揮しているが、いづるにはよくわからない。しかし、どうやら彼女がお昼を御馳走ごちそうしてくれるらしい。悪いなと思いつつ、玲奈が渡してくるメニューをいづるは受け取った。

 真也は既にランチセットのメニューを読みながら「なんでもあるのね。できるものをね」と、勝手に注文しようとしている。

 ――五人?

 どういう意味かといづるが真也を見やると、彼は彼で玲奈を眼鏡の奥から見詰めている。

 真也の視線に肩を竦めた玲奈は、すっと静かに立ち上がった。


「付き合いが長いものね。富尾君にはお見通し、かしら? ……出てらっしゃい、海姫マリーナ。来栖海姫! そこにいるのはわかっているわよ」


 突然の玲奈の言葉にもびっくりしたが、いづるが驚いたのはその次だ。

 不意に店のドアが開いて、古風なベルがチリリンと音を立てる。そして、黒い帽子を目深めぶかに被った女性が現れた。黒いタートルネックのインナーに、この温かい中ロングコートを着ている。

 こちらをうかがうような、どこか暗い瞳にいづるは見覚えがあった。


「あっ! マ、海姫さんっ!? どうしてここに」

「あー、阿室先輩んちのメイドさんだぁ!」


 いづると翔子は驚きの声をあげたが、真也はどうやら知っていたようだ。そして、恐らく玲奈も最初から気付いていたのだろう。彼女が時々周囲を気にしていたのは、海姫の眼差しを感じていたのだ。

 海姫は説明を求める玲奈の視線を受けて尚、無表情でカウンターに座る。

 壮年のマスターは髭面ひげづらを笑顔にして、カップを拭きつつ愛娘まなむすめへ目を細めた。


「海姫、お嬢様を困らせてはいかんな。それと、たまには実家にも帰ってきなさい。みんな喜ぶからな」

「了解、マスター。……私の仕事はお嬢様の護衛もあるので」

「マスターはよせ」

「……はい、お父さん」

「お前もなにか食べていくか?」

「じゃあ、その……アイスクリームを」


 少し海姫に硬さが感じられたが、親子仲はいいようだ。

 海姫はカウンターから振り返って、すぐ隣のボックス席のいづるたちを……その中の玲奈へと向き直る。相変わらず静かな緊張感を身にまとっていて、海姫は表情に乏しい美貌が凍るようだ。

 海姫が口を開きかけたその時、やれやれと玲奈が笑いを零した。


「改めて紹介するわ。私の家のメイド、来栖海姫よ」

「……海姫です。お嬢様のお世話と護衛が、仕事です。お嬢様はとても手のかかる方で、小さい頃から一緒に育って、面倒を見ています」

「一言どころか二言も三言も多くてよ? 海姫」

「すみません、お嬢様。でも……友達ができてよかったですね。私も安心しています」


 ぷぅ、と玲奈が頬を膨らませた。途端に怜悧な美少女は幼くあどけない一面を見せてくれる。どうやら玲奈にとって海姫は、家族のようなものらしい。カウンターのマスターもウェイターたちも、みんな笑っている。


「ま、いいわ……海姫。隠れて私を護衛なんておやめなさい。なに? その格好……」

「変装です。いつものメイド服では目立ちますので」

「目立たないわよ、もう……ここ、秋葉原なのよ? メイドなんてそこらに沢山いるわ」

「はい……驚きました」


 いづるはなんだか、また玲奈の新しい表情が見れて、少し嬉しい。彼女は先ほどのプリクラを見せたり、ゲームセンターの話を海姫に一生懸命話していた。翔子も真也も、気付けば笑っている。そしてなにより、あの海姫の無表情が少し和らいだ気がした。

 だが、玲奈の次の一言で少し雲行きが怪しくなる。


「そうだわ、海姫。次はいづる君たちに案内してもらって、ヨドバシカメラというものに行ってみようと思うの。ガンプラを直接、見て触って、選んで買うのよ。どうせ護衛するなら、一緒に来るでしょ?」

「ガンプラを、買うのですか……?」

「ええ。海姫もよければ――」

「私はガンダムは嫌いです」


 一瞬で周囲の空気が凍る。

 玲奈は少し驚いた表情を見せつつ、どこか「やっぱりね」とでも言いたげに鼻から嘆息たんそくこぼした。いづるは初めて見る……ガンダムが嫌いだという人を。それはこの世界に少なくはないだろうが、まさか玲奈の身近にいるとは思わなかった。

 海姫は帽子を脱ぐと、それを両手で握りながら喋り出す。

 それは、意外な言葉だった。


「お嬢様がガンダムに首ったけなので、御屋敷おやしきでの私の仕事は毎日とどこおるばかりです。例えば、ガンプラのAmazonアマゾンへの注文。ゲームを遊ぶ時の機器の接続、そして対戦相手」

「……そ、それは、その……確かに、ちょっと貴女あなたを都合よく使いすぎたわ。それは謝るけど」

「それに、お嬢様……私はガンダムより」


 いづるは耳を疑った。

 同時に、翔子と一緒にずっこける。


「私はガンダムより、リアル系ロボより……が好きです」

「……やっぱり? 海姫、以前から薄々気付いていたけど」

「お嬢様に小さい頃からガンダムがあったように、私にはスーパーロボットがありました。マジンガーZ、ゲッターロボ、コンバトラーV、ライディーン、ガンバスター……どれも傑作です」


 いづるは思わず、カウンターで仕事をしてる海姫の父親、この店のマスターを見やる。髭モジャの男はツイと視線をそらし、わざとらしい忙しさで仕事へと逃げていった。

 そうこうしていると、真也が「ふむ」と唸って話に混じってくる。


「つまり、イデオンやダイターン3、ザンボット3も好きということだな? ならば問題ない、同志になれ! そうすれば阿室も喜ぶ」

「そういうお前は、以前からずっとお嬢様のライバルを自称する……名はたしか、富野信者とみのしんじゃ

「富尾真也だ! ……スーパー系が好きなのはいいが、海姫女史じょし。それがガンダムを嫌う理由にはならんだろう」


 真也の言うことはもっともだが、思わずいづるは隣の翔子に小声で話しかける。


「なあ、翔子。さっきから行ってるスーパー系とかリアル系とか、なんの話だ?」

「えー、知らないのぉ? いづちゃん、あのね。ロボットアニメにはスーパー系とリアル系があるんだって。あんまし深い意味のない種別だけど、二種類の作風があるんだよぉ」

「スーパー系っていうのは」

「ガキーン! って感じで必殺技出したりする、バリってる感じがスーパー系なの。大雑把には、現実では絶対作れない動力源のロボだよぉ」

「リアル系は? ガンダムもそうなのか?」

「炎の臭いが染み付いてむせたり、レイバー犯罪を取り締まったり、板野サーカスするのがリアル系、かなあ? ガンダムはリアル系の代名詞みたいなことになってるんだよ?」


 だいたいわかった。……ような気がする。

 だが、海姫は少し憂鬱ゆううつそうにガンダム嫌いの告白を続ける。


「幼少期から私はお嬢様のお世話をして、一緒に育ってきました。しかし……幼い頃のお嬢様が私になにをしたか……」

「あら、それは……そ、そうね。ごめんなさい、本当に。認めたくないものだわ。若さ故の過ちというものを」

無垢むくで無邪気なお嬢様は、なんの悪意もなく私にガンダムを」

「そ、そうよね、ちょっとよくなかったわ。……だから私、友達ができなかったのよね?」


 なんとなくだが、いづるは悟った。まだいづると出会う前、友達が一人もいなかった少女……阿室玲奈。完璧過ぎるお嬢様キャラが壁となり、さらに恐らく……ガンダム。そう、ガンダムを通してのコミュニュケーションが下手へただったのだ。

 いづるが予想した通り、海姫は幼い玲奈にグイグイとガンダムを押し付けられた日々を独白した。今となってはいい思い出、いづるたちにも可愛らしい話に聞こえるが、海姫は若干じゃっかんトラウマのようだ。


「……ヨドバシカメラにはご一緒しましょう。護衛ですので」

「わかったわ、海姫。よしなに」

「いえ、お気になさらずに。小さい頃のお嬢様は、接する人間が私たち家のメイドしかいなかったのです。大好きなガンダムを、お嬢様は一生懸命に私へ勧めてくれました」

「ちょっとでも、強引だったのかもね。いづる君……悲しいわね」


 ふと、寂しげな笑顔を玲奈がいづるに向けてきた。だが、いづるは視線で頷き語りかける。無言だったが、目と目を見詰め合う中でいづるは伝えたつもりだ。

 そういう幼少期も、これから取り戻していけばいい、と。

 その後も海姫は表情こそいつもの仏頂面ぶっちょうづらだったが、真也とスーパーロボット談義をして皆殺しの富野がどうとか語ったり、翔子とレジェンド声優の話をしたりと、お喋りを楽しんでいるようにいづるには見えた。そしてそれが、玲奈の安息になってることも感じ取れるのだった。

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