第17話「ガンダムたち、星の海へ」

 無数のモニターが映す色とりどりのビデオゲームが、物珍しげに周囲を見渡す阿室玲奈アムロレイナを照らしていた。ここは秋葉原あきはばらでも有数の巨大アミューズメント、いわゆるゲームセンターだ。

 誰もが思い思いのゲームで楽しむ中、玲奈ははしゃぐ自分を抑えきれないようだ。

 楞川翔子カドカワショウコと手を繋いで歩く姿に、日陽ヒヨウいづるも自然と目を細める。

 無邪気な子供のように笑顔を咲かせる玲奈が、どのゲーム画面よりも眩しく見えた。


「えっと、アーケード版をやってみたかったのだけども……!? そこっ!」

「ああーん、阿室先輩ぃ~、待ってくださいよぉ。ゲームとか詳しいんですかあ?」

「家で海姫マリーナに付き合ってもらって、家庭版でガンダムを遊んでるわ。……ま、まあ、その……海姫がいないとプレイステーション4を動かせないのだけども」


 海姫というのは、玲奈のお付きのメイドの来栖海姫クルスマリーナのことだ。

 どうやら玲奈はお目当てのゲームを見つけたようで、追いかける翔子と一緒に奥へ行ってしまった。ゆっくりあとを追ういづるの前に、二つ並んだベーシックな筐体きょうたいが姿を現す。

 ゲームの画面の中では、無数のガンダムが自在に宙を舞い、大地を駆け抜けていた。


「阿室さん、ひょっとして」

「いづる君! さ、私の隣に座って。一緒にこれを遊びましょう? ……本で見た、向かい合わせの筐体じゃないのね。繋がってるから四人でプレイできるけど。横並びというのは、ふふ、少し変な感じ」


 玲奈は、遊ぶゲームまでガンダム一色らしい。

 そして、そんな彼女の笑顔に笑みを返していたいづるは、突然背後でクククと笑う声を聴く。


「フッ、フハハ……ハーッハッハ! 我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわっ、な、なんです? どうしたんですか、富尾先輩」

「阿室、お前はこのゲームで俺と雌雄しゆうを決しようと言うのだな……それがわかるんだよ、阿室っ! 常にお前に敗北し続けてきた俺だが、こういう時あわてたらまた負けなのよね」


 不意に背後で、眼鏡に光を反射せて表情を覆いながら富尾真也が歩み出た。彼はチラリと椅子に座る玲奈を見下ろし……彼女と対戦することになる、隣の筐体に座る。


「見せてもらおうか……萬代ばんだいの白い悪魔と呼ばれた、阿室玲奈の実力とやらを!」

「萬代の白い流星、よ? ……まあ、好きで名乗ってる訳じゃないのだけど、みんながそう呼ぶから。さ、いづる君。私の隣に……こっち、来て」

「手伝うのだ、楞川っ! 俺はやるぞ……俺みたいな万年二位を増やさせないために、阿室を叩く! 徹底的にな!」


 なんだか知らぬが、富尾はものすごーくやる気なようだ。その横に座らされた翔子は、いつものゆるい笑みをにっぽりと浮かべて、一生懸命インストを読んでいる。

 こうしていづるは玲奈とチームを組み、真也と翔子のチームと対戦することになった。


「さあ、いづる君。好きなモビルスーツを選んで」

「選んで、と言われても……す、凄い数があるんですね。ええと」

「私は、そうね……F91がいいわ。F91ガンダムは阿室玲奈で行きます!」


 エントリーを待つ画面に、一機のガンダムが映る。兵器とは思えぬ曲線を多用した、今までの角ばって一種刺々しいデザインとは雰囲気を異にする機体だ。

 慌てていづるも、残り時間の中でモビルスーツを選ぶ。

 ふと、純白に輝く白無垢しろむくの機体があったので、それを咄嗟に選んだ。


「いづる君はユニコーンガンダムね」

「あ、これもガンダムなんですか? なんか、随分雰囲気が違いますけど」

「特定の条件を満たすと角が開いて、いつものV字アンテナになるわ。変形……いいえ、変身するのよ」

「そういうのもあるんですね。寝てる時の阿室さんみたいだ。……あれ?」


 自分の選んだユニコーンとかいうのの隣に、玲奈のガンダムが並んでる。

 だが、ちょっと違和感があっていづるは首を傾げた。


「阿室さん、そのガンダム……小さくないですか?」

「そうよ。よく気付いたわね、いづる君。F91はユニコーンが活躍した約30年後のガンダムなの。この時代、技術革新が進んでモビルスーツはダウンサイジングしてるわ。ユニコーンが20mメートル、F91は15m位かしら?」

「へえ……そういう設定や世界感、背景の進歩も描かれるんですね、ガンダムって」

「そうなの、そこがまた面白くて……いけない、始まるわ! 来るっ!」


 既にゲームはスタートしていた。

 いづると玲奈のガンダムは、天へと蒼い地球を仰ぐ星の海に放り出されている。そして、大小二つの機影を並べる二人へ、苛烈かれつなビームが降り注いだ。

 咄嗟にレバーとボタンを操作して回避する玲奈は、流石は経験者と言わざるを得ない。

 いづるはもたついて直撃をもらうも、どういう訳かシールドが開いたり閉じたりしてダメージを受け流した。


「慌てないで、いづる君。ユニコーンにはIフィールド……ビームを無効化するバリアがあるの。それにしても、この戦艦の主砲クラスの威力……まさか」


 そして、いづると玲奈の画面に天使が舞った。


「阿室さん、あのガンダムはなんです? 羽根が、まるで天使だ……」

「ウィングゼロカスタムよ。使っているのは翔子さんねっ!」


 ちらりと横を見れば、真也の隣で翔子がガチャガチャと夢中でレバーとボタンをいじくりまわしている。彼女のハチャメチャな操作とは裏腹に、読めない動きで無軌道に天使のガンダムは二丁のバスターライフルを交互に発射してきた。

 またしてもいづるのユニコーンが被弾し、ダメージこそないものの大きく体勢を崩す。

 そして、気にかけてくれる玲奈の声に真也の雄叫びが重なった。


「いづる君っ!」

「兄弟よぉ、今男の名前を呼ばなかったかい? 戦場でなぁ、友達や後輩の名前を呼ぶ時というのはなぁ、萬代の白い悪魔が甘ったれて言う台詞なんだよォ!」

「ッ! ……邪気が来たわっ!」


 画面に四機目のガンダムがやってきて、いよいよ混戦模様が激しくなる。

 防戦一方のいづるは、ひたすらに無秩序な翔子の遠距離攻撃から逃げまわった。

 そうこうしている間に、マントをなびかせる髑髏ドクロのついたガンダムが玲奈のF91に肉薄する。


「クロスボーンガンダムX-1! 富尾君、もしかして遊び慣れている? でもっ! 私とてガノタの女、クロスボーン・ガンダムのコミックも全部持ってるわ。原作通りに負けなくてよ!」

「全く……原作通りにやっていますって言うのは阿呆あほうの言うことだぁ!」


 どうやら真也は、このゲームで玲奈に初めての勝利をおさめるつもりらしい。

 だが、僚機りょうきであるいづるも不慣れなりに、射撃を試みたりして援護してみる。しかし、真也は流石の熟練者で、いづるの稚拙で単調な攻撃をスイスイ避けてゆく。

 まるで海賊の亡霊に取り憑かれたように、密着された玲奈のF91は苦しそうだった。


「絶好調である!」

「いづる君は翔子さんを! バスターライフルに気をつけて」

「は、はいっ! ええと、ダッシュとかガードとかは……」

「わー、なんだかわからないけどわたし……乗れてる? なんか面白い、です、ねえっ! 適当に動かしててもかなり……ふっふっふー、戦術レベル、ターゲット確認! 排除開始ぃ~♪」


 四人は四人とも口々に声をあげながら。一生懸命コンパネの上に手と指とを走らせる。

 ようやくいづるはコツを掴んできたが、相変わらず翔子が撒き散らすビームの雨あられが、玲奈との間に壁を作っていた。その弾幕の向こうで、彼女はどんどん真也に追いつめられていった。


「このX-1すごいよ! さすがF91の弟さん!」

「そ、そうなんですか? 阿室さん」

「クロスボーンガンダムの開発コードはF97、同じサナリィが作ったガンダムなの」

「とにかくっ、阿室さん! 今助けにいきます!」


 いづるがたどたどしく押し進めたユニコーンは、左右のライフルを構えてぐるぐる回り始めたウィングゼロカスタムの、その巨大な光の奔流をすり抜ける。

 そして突然ユニコーンは、真っ赤な光を各所から屹立させて変形、否……変身した。

 突然加速を始めるユニコーンを操って、なんとかいづるは玲奈と真也の対決に割って入る。

 劣勢の玲奈に放たれた、真也のトドメの一撃が炸裂した。

 ――咄嗟にかばった、いづるのユニコーンを貫いた。


「いづる君っ!」

「クッ、いづる少年!? 阿室を庇ったのかっ……だが、もう遅い!」

「いづる君をやったわね……富尾君っ! 貴方って人は!」


 その時、不思議なことが起こった。

 距離を殺され防戦一方だった玲奈のF91が、突然輝きを放つ。両肩から飛び出てきた放熱板フィンが、放射熱の余波を空間に刻み始めた。いづるにはゲーム画面の中のF91が、二機三機と増えていくよいうに見えた。


質量を持った残像M.E.P.Eだとでもいうのか! やりこんでいるな、阿室っ!」

「当たり前でしょう? 本気でいくわ……なんとぉーっ!」


 あっという間に玲奈は形勢逆転、無数に残像を虚空こくうに刻みながら真也の海賊ガンダムを翻弄ほんろうする。二人のガンダムは両方共、頭部の口にあたる部分が開いたかのように見えた。吼える二機のガンダムが互いを削り合う。

 一足先にゲームオーバーになったいづるが、呆気にとられながら二人の対決を見守った。


「終わりよ、富尾君っ!」

「オ・ノーレ!」


 玲奈の操るF91が、零距離で真也のクロスボーンガンダムにビームバズーカを叩き込む。いづるに続いて真也もまた、耐久力がゼロになってゲームオーバーとなった。

 その時、いづるの隣で玲奈が小さくガッツポーズをしながら笑いかけてくれる。

 思わずいづるは、その純真無垢プラトニックな心からの笑顔に呼吸も鼓動も支配された。


「やったわよ、いづる君! かたきは討ったわ。見てくれたかしら?」

「え、ええ……ゲーム、上手いんですね」

「勿論よ。でも、こうして友達と大勢で遊ぶのがとても楽しい。私、嬉しいわ」


 だが、その時ゲームの画面の中で、まだ玲奈の他にガンダムを操っている少女が一人。放心状態の真也の隣で、まだ翔子はガチャガチャと手元を見詰めて滅茶苦茶めちゃくちゃな入力を続けていた。

 そして、ウィングゼロカスタムが突然不穏な動きで二丁のバスターライフルを連結させる。


「でも、いづる君もすごかったわ。私を守ってくれたのね。だから、私も富尾君になんとか勝てた。F91でクロスボーンに勝てるなんて、夢みたい」

「え、ええ……あの、阿室さん。ゲーム、まだ続いてますけど……なんか、翔子のガンダムが」

「あれぇ? 変にいじったかなあ? 突然ウィングゼロが……な、なんか、必殺技? かな?」


 その時、最大出力でツインバスターライフルが火を吹いた。

 全てを飲み込むビームの濁流が、あっという間に玲奈のF91を、彼女のにこやかな言葉と共に飲み込んでゆく。


「やっぱり私って、不可能を可能に――」


 瞬間、画面の中でF91が大爆発した。

 見事に撃墜された玲奈は、視線をいづるからゲーム画面に戻して「あら」と目を丸くした。

 結果として玲奈といずるは奮戦むなしく負けてしまったが、自然と四人とも笑顔だった。真也は勝負がノーカンだと言い、翔子は鬼の首を取ったかのように有頂天だ……適当にガチャガチャやってただけのくせに。

 生まれて初めてのゲームセンターを堪能する玲奈の笑顔は、いづるにはとても華やいで見えた。

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