第12話「ガノタを継ぐ者」

 突如、阿室玲奈アムロレイナ日陽ヒヨウいづるの前に現れた、謎の男。彼は気安く玲奈を「阿室」と呼び捨てにして、妙に威圧的なプレッシャーをかけてくる。

 いづるには、その態度がなんだか不安に思えてならないのだった。

 だが、玲奈はいつも通り泰然たいぜんとして揺るがぬ態度で接している。


「そうね、紹介しておくわ。私のお友達の日陽いづる君よ」

「は、はじめまして」

「ほう? 驚いたな……本当に阿室に友達というものが」


 男は僅かに眉をピクリと動かしか。

 なんだかやはり、率直に言って気に入らない。

 玲奈に友達がいないのが当たり前であるかのような、そんな彼の言葉がいちいちいづるの鼻についた。友達だって、その先だって、玲奈には可能性があってもいいはずなのに。

 玲奈は気にした様子もなく、いづるにも男のことを紹介してくれる。


「いづる君、彼は生徒会書記を務める……富野信者とみのしんじゃ君よ」

「待て阿室っ! 迂闊うかつだぞ! ……何度も言っている、間違えるのもたいがいにしろ。俺の名前は富尾真也トミオシンヤだ。それと、訂正してもらおうか」


 ? いや、富尾真也か。

 真也は今にも噛みつかん勢いで玲奈に迫る。

 名前を間違えたことを、玲奈はどうやら悪いと思っていないようで、そのことに真也は腹を立ててるみたいだ。だが、様子がおかしい。

 真也は二人を交互に見て、声を僅かに尖らせる。


「富野、と呼び捨てはやめたまえ! 富野監督とみのかんとく、もしくは富野御大とみのおんたいと呼びなさいよ!」

「……というふうに、生粋の富野信者なの、彼。よろしくしてやってね、いづる君」

「こら、阿室っ! 言ったね……二度も言った! 誰にも言われたことないのに!」

「それは、誰にも言われようがないでしょう? キミ、友達いないもの」


 どうやら、玲奈の同類のようだ。

 だが、それはそれでいづるはなんだか面白くない。

 そして、富野信者とは? その意味はいづるにはよくわからないが、いわゆるガノタ、ガンダムオタクとはなにが違うのだろうか?

 なにより、玲奈を一方的に敵視するかのような言動が気になる。


「それで? 富尾君、私になにか御用? 生徒会の資料なら既にまとめてあってよ」

「あ、ああ。それなら構わん。俺は生徒会室を、責任者として施錠せじょうする義務があるからな」

「それはお疲れ様ね、よろしくして頂戴。さ、いづる君? 帰りましょう」


 玲奈は携帯をポケットにしまうと、鞄を持っていづると部屋を出ようとした。だが、その時彼女のポケットからなにかが零れ落ちる。

 なにかと思っていづるが拾おうとした時には、真也が手を伸べていた。彼は、小さなビニール袋の中に入ったそれを拾い上げる。


「なんだ? 阿室、落としたぞ。……ん? こ、これは!」

「ああっ! 阿室さん、あれ! あれっ! まずいですよ」


 真也が拾い上げたのは、まだ開封前の携帯ストラップだ。

 それも、ガンダムのストラップ。まだまだ素人のいづるが見ても、ガンダムの小さなフィギュアがぶら下がった、携帯ストラップだとわかる。

 それを手にして、真也の顔がいぶかしげに玲奈に向けられた。


「これは、お前のか? 阿室ッ!」

「あら。それは……」


 まずい。

 実に、まずい。

 玲奈はガンダムオタクということを、いづるたち以外に隠しているのだ。そしてそれがバレると、学園のマドンナというイメージに傷がつく。

 咄嗟にいづるは、頭をフル回転させて真也に詰め寄る。


「そ、それっ! 僕のです! 僕、ガンダム好きで!」

「ほう……お前のか、少年。はっきりと物を言う、気に入らんな」

「いやあ、落としちゃって。ハハハ、ハハ……」

「ならば返そう。しかし、あまりいい趣味とは言えんのでは?」


 妙な汗をかきながら、いづるは真也から携帯ストラップを取り戻す。

 だが、玲奈が毅然と声をあげたのは、そんな時だった。


「あら、いづる君……そうよ、それはいづる君のために用意したの」

「そ、そうですよね! 僕がガンダム好きだからですよね!」

「ええ。そのストラップはガンダム試作一号機しさくいちごうき、GP01ゼロワンゼフィランサス……ゼフィランサスはヒガンバナの一種で、花言葉は……清き愛」

「あ、愛っ!?」


 いづるは内心、焦ってしどろもどろになっていた。

 しかし、流暢りゅうちょうにガンダムを語る玲奈は止まらない。彼女はさらに、鞄の中からもう一つのストラップを取り出した。

 多分、ストラップだと思う……それにしては妙にデカいが。


「そしてこれが、私の携帯にあとで付けようと思っていた、ガンダム試作三号機しさくさんごうきのGP03ゼロスリーデンドロビウムよ! ランの一種で、花言葉は……わがままな美女!」


 一瞬、玲奈にピッタリだといづるは思ってしまった。

 わがままな美女、まさしく唯我独尊ゆいがどくそんな玲奈を形容するにふさわしい気がする。もっとも、彼女のかわいいわがままに振り回されるいづるの毎日は充実していたが。

 だが、得意気にストラップを……携帯に付けるストラップと言うにはいささか大きめなそれを手に、玲奈はドヤ顔で決めている。


「あ、あの……阿室さん。ばれます……ばれちゃいます」

「あら、なにかしら? 因みに翔子ショウコさんのストラップはGP04ゼロフォーを……これはレアよ。ガーベラ・テトラじゃなくて幻のガーベラで、花言葉は」

「てか阿室さん。そのストラップ、デンドロなんとか……あきらかに大きいですよね! 携帯電話より大きですよね! ポケット入らないですよね!」

「当然よ、デンドロビウムは全長140mメートルもの巨大MAモビルアーマーだもの」


 そんなやりとりをしていたら、プルプルと真也が震え出していた。

 彼は眼鏡で覆った顔に手を当て、クククと腹の底から不気味な声を漏らす。

 バレた……玲奈がガンダムオタクだということが、他の生徒にバレた。

 だが、そんないづるの心配の、さらに斜め上をいく方向へ事態が転がる。


「阿室……お前、まさか……」

「あ、いや、富尾先輩! これは、違うんです!」

「なにが違うものか、いづる少年は黙っていてもらおう。阿室……お前は、お前というやつは……!」


 だが、ぷるぷると震える真也の声は高まり響く。

 いづるの心配とは裏腹に、全然関係ない話へと進んでゆく。


「富野監督以外の作品を、まさか本当にガンダムだと思っているのか! 阿室っ!」

「あら、当然よ。ガンダムはどれも素敵じゃなくて?」

「くっ、そうか……SEEDシードとか00ダブルオーとか、ああいうのに飛びつくから! 女は!」

「勿論、富野作品も好きよ? その点では富尾君と意見は一致するわ」

「富野作品以外は否定しろ!」

「どれも純粋に好きよ」

「純粋だと! それはエゴだぞ、阿室っ!」


 なんだがいづるにはよくわからない。

 だが、真也は一方的にグヌヌとテンションをヒートアップさせてゆき、反対に玲奈はいつものように涼やかな微笑をたたえている。


「思えばいつもいつも、阿室っ! お前は俺の……っ!」

「キミが一方的に私をライバル視してるだけよ、富尾君」

「八歳と九歳と十歳の時と、十二歳と十三歳の時も俺はずっと! 負け続けていた!」

「ああ、いづる君。彼、私と小中高ってずっと一緒なの」

「勉強に運動、果ては文化祭の出し物まで! 俺は……万年二位の男っ!」

「私は自分のメイド喫茶より、富尾君が企画したイデオン喫茶の方が好きだったわ。嫌々やらされてるみんなの雰囲気、原作通りに感じたもの」


 玲奈のメイド姿……ちょっと見たい。そして、よく知らないがイデオン喫茶なるものは絶対に見たくない。

 いづるにもようやく、はっきりとわかった。

 真也は玲奈に勝ちたいのだ。

 そして、同じガンダム好きでも意見が対立しているのだ。その証拠に、ストラップを投げて返しつつ、真也は玲奈を指さし言い放つ。


「だが、阿室っ! ついにお前の弱点を握ったぞ……お前はぁ! ガンダムオタク! それも、富野作品以外も好きな、軽薄なガンダムオタクだ!」

「まあ……聞き捨てならないわ。ガンダムはどれもいいものよ」

「そうかな? ならば証明してみろ、この俺に! ガンダムが本当は富野監督のものだと、そう信じている俺に! 最近のガンダムの良さとやらを教えてみなさいよ!」

「……面白いわね。いづる君、明日は翔子さんも呼んで頂戴。視聴覚室を借りておくから、一緒にガンダムをみましょう」


 滅茶苦茶な話だが、いづるは半ばあきらめていた。

 ことガンダムに関して、玲奈がゆずるはずがないのである。何故なら、彼女は……真にガンダムを愛するガンダムオタク、ガノタなのだから。

 こうして翌日、玲奈が選んだガンダムを、四人でみることになったのだった。

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