第13話「ガンダム、みるよ!」

 日陽ヒヨウいづるは幼馴染の楞川翔子カドカワショウコを伴い、放課後の視聴覚室しちょうかくしつに顔を出した。

 昨日、阿室玲奈アムロレイナ富尾真也トミオシンヤとの対決を受けたからだ。

 多目的なレクリエーション用の教室は今、遠くで響く部活動の生徒たちの声が小さく届く。いづるが翔子と共に脚を踏み入れると、そこには既に振り返る姿があった。


「いづる少年か。そちらは?」

「あ、お疲れ様です、富尾先輩。これは幼馴染です。翔子、ほら」

「あっ、はじめましてっ! わたし、楞川翔子です。よろしくお願いします、えと……富野信者とみのしんじゃ先輩?」


 あ、と思った時にはもう真也はクイと眼鏡を片手の指で僅かに上げる。

 カツカツと靴音を響かせ、彼は二人の前に歩み寄ってきた。


「俺の名前は富尾真也、それ以上でもそれ以下でもない」

「す、すみません……翔子、謝れよ」

「え、えと、その、ごめんなさい!」


 あわあわと狼狽うろたえてしまった翔子をフォローしつつ、ちらりといづるは真也の顔色を伺う。

 どうやらそこまで怒った様子はなく、彼は鼻を鳴らすとテレビが備え付けてある方へ歩いて行った。視聴覚室には、映画鑑賞や映像教材の視聴のための大型テレビがある。勿論、Blu-rayブルーレイを再生する機器も揃っていた。

 真也は待ちきれないのか、それをチェックしつつ振り返らずにいづるたちへ話しかけてくる。


「しかし、君たち。なんだって阿室の友達なんてのをやってるんですよ? ……あの阿室に、友達が。にわかには信じられんな」


 なんて言い草だと思いつつ、内心いづるは思った。

 もしかしたら、真也は……この奇妙に壁を作ってたちはだかる先輩は、以前の玲奈同様に友達が欲しいだけなのかもしれない。

 そう思ったらなんだか、不思議とツンケンとした態度も微笑ましく見えてくる。


「えと、その……あ、あれなんです、なんというか」

「いづちゃんは、阿室先輩が好きなです! 告白して、友達でいて欲しいって言われたんです!」

「こ、こら! 翔子っ!」

「今でも虎視眈々こしたんたんと恋人の座を狙ってるの……そう、いづちゃんは下心のある子」


 翔子の言葉に振り返ると、真也は「ほう?」と片眉を釣り上げる。

 居心地の悪さにいづるは、自然と身を小さくたたんでしまった。

 だが、真也は腕組み言葉を選ぶように語り始める。


「いづる少年は阿室に恋を……ふむ。だが、よした方がいいな。阿室は、あれは……恐ろしい女だ。気をつけ給えよ、君は!」

「え? そ、そうですか? ガンダム好きなだけの、普通の女の子ですよね」

「そうでもあるが。だがな、いづる少年! あれは……あの全身からほとばしるオーガニック的なガンダム愛の感応波というもの、それが俺には恐ろしい」

「……え、えっと……意味、わかんないですけど」

「阿室は、富野作品ではないガンダムもいいと言うのだ! それをわかるんだよ、阿室っ!」


 なんだか一人で力説する真也は、どういう訳か両の拳を握っている。勝手に盛り上がってるようだが、いづるの気持ちは少し違った。

 玲奈は、天上人てんじょうじんを超えて現人神あらひとがみのような存在、誰もが憧れる学園のマドンナだ。

 だが、その実ただのガンダム好きで、それ故に友達を持てなかった普通の女の子なのだ。それがわかるから、いづるの恋心は彼女に寄り添い友人関係を続けている。


「いづる少年、ガンダムは……富野作品に限る。富野監督が作ってこそだと思わんか?」

「いやあ、僕にはよくわからないですけど。まだ、最初のガンダムしかみたことないし」

「そ、そうか……まあ、俺もいい機会だ。みせてもらおうか、富野監督以外のガンダム作品の面白さと言うものを!」


 そう言って真也が視線を滑らせる。

 その先へと首を巡らせたいづるは、隣で翔子が歓声をあげるのを聞いた。


「あっ、阿室先輩! お疲れ様でーす。ふふ、今日はどんなガンダム見せてくれるんですかあ?」


 そこには、颯爽さっそうと現れた玲奈が立っていた。

 手には、ディスクを持っている……恐らくガンダムのBlu-rayだ。


「待たせたわね、ごめんなさい。さあ、一緒にみましょうか……富野監督以外にも、素晴らしいガンダムを多くのクリエイターたちが作り上げているということを! ……キミは、ときの涙を見るわ」


 玲奈、のっけからノリノリである。

 彼女は肩で風斬かぜきりテレビへ近付き「ユニバースッ!」と、謎の掛け声と共にディスクを再生機にセットしようとした。セットしようとしたが、どうやら上手くいかないらしく、見兼ねた真也が手伝う。玲奈は異様なまでに機械音痴なのだった。

 だが、そんな姿を見ていづるの胸中を切ない想いが通り過ぎる。

 こうして並んでいると、玲奈と真也は美男美女、正しく絵に描いたような美形コンビだ。再生機へとディスクをセットしつつ、二人は「ポケットの中の戦争だと? ええい! 阿室っ!」「キミにはまずこれよ……富野信者君」「俺は富尾真也だ!」などと言葉を交している。

 正直、いづるには二人がお似合いのカップルにさえ見えていた。

 だが、そんな心細さに黙ってしまったいづるの手を、隣の翔子が握ってくれる。


「いづちゃん! 大丈夫だよ、いづちゃん」

「しょ、翔子……お前」

「いづちゃんに比べたらそりゃ、富尾先輩はイケメンでハンサムで美形で、攻めも受けもこなすハイスペックオーラを感じるけど! 生徒会書記で学年二位の学力に加えて、男子では最高の運動神経も持ってて女子たちの一番人気だけど! こうして二人が並んでるとこ見ると、もうこれは公式カプだと思えてくるけど!」

「……励ましてんの? それ」

「うんっ! わたし、いづちゃんのこと応援してるからね」


 鼻息も荒く、翔子がハスハスと話しかけてくる。

 そうだ、そうなんだといづるは改めて自分に言い聞かせる。

 玲奈の友達として、彼女に普通の学生生活の豊かさ、楽しさを体験してもらう。その中にきっと、いづるとの恋仲も含まれているのだ。そしていづるはまだ、玲奈との恋愛を諦めてはいない。

 そう胸中に結んで頷いた、その時……どうやらBlu-rayが再生され始めたらしい。


「さ、いづる君。……え、えと、その……私の隣に、来て。翔子さんも。ついでに富尾君も、適当なとこに座って」

「ガンダム0080、ポケットの中の戦争か……確かに俺は初めて見るが、阿室っ! このチョイスの意味、わからん。女はもっとこう、SEEDシード00ダブルオーみたいなのが好きではないのか?」

「あら、それは偏見ね。少し視野が狭くてよ? 富尾君」


 因みに、真也が言うシリーズを好きなのは翔子らしい。いづるにはよくわからないが、翔子は真也の隣に座ると猛烈な勢いでロックオン×ティエリアとかキラ×アスランとかをマシンガンのように語り出した。

 そんな彼女を静かにさせつつ、いづるも玲奈の隣に座る。

 大きな画面に、いづるの知らないガンダムが映像となって浮かび上がった。

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