何故、勇者は壷を漁ってしまうのか?

うみぜり@水底で眠る。

同情するなら仕事くれ。

背に腹は変えられず。

 北の大山脈から大陸を縦断する大河、コバルト河の中流から若干上流よりの平野部には、コバルト連合王国という実に安直な名前の国がある。


 あまりに典型的な美味しい土地に陣取ったこの王国は、そのまま典型的な農業大国となり、典型的な封建制と典型的な専制統治により栄え、それらの権威と武力でもって地方の富を吸い上げることで、典型的な中央集権を成し遂げた。

 そんなコバルト連合王国首都にして中枢である『王都シアン』は、まさにこの世の春を謳歌していた。

 

 しかし、光あるところにまた影あり。

 光が強ければ強いほど伸びる影もまた色濃くなる。

 王都シアンが典型的な大都市である以上、典型的な貧民街を抱えることもまた道理であり、必然であった。

 そんな王都に数多ある貧民街にして歓楽街の一つ、いわゆる暗黒街に片足一歩踏み込んだところにある『トリトン通り』では、今現在結構な数の『勇者』が日夜徘徊を続けている。

 

 トリトン通りのような歓楽街では消耗品の回転が速いため、道端の壷や樽には中々の確率でまだ手に取れる余りもの……否、が投棄、ではなく、されているからである。

 勇者たるもの壷や樽を見たら漁る事はいまや常識であり、誰もがこぞって今日も今日とて壷を漁り、樽をひっくり返し、時には人様のタンスにも手をつける。

 流石に人様のタンスに手をつけた輩はだいたい留置所に放り込まれることになるが、表にでている壷やら樽をあさる分には、最早誰も文句など言いはしない。

 故に、暗黙の了解として、それらはだいたい勇者のものとなった。

 今のこのご時勢、勇者が壷や樽を漁る事は最早当たり前のことであり、常識だからである。

 少なくとも、今この王都にいるような勇者であるならば、正に私を含め、だいたい皆が似たような事をしている。

 これもまた、必然であり、道理でしかないのだ。


 何故なら、王都くんだりで未だ管を巻いている勇者なんてのは……ようは無職の事であるのだから。

 

 

******

 

 

「相変わらず腑抜けた面だな、勇者よ」


 トリトン通りの片隅にある質素な公園で、私が樽から手に入れた大きなパンを頬張り、拾った新聞を読みながら優雅に昼食を楽しんでいたところ、そう声が掛かった。

 勇者は山ほどいるので、勇者だけでは特定個人への呼び掛けとしては些か言葉不足なのだが、それが知人ともなれば話は別である。

 そんな知れた声の行方に従い、視線を向けると、そこにいたのは正に知人の黒騎士、ヴェイロンであった。 

 黒騎士とは仕えるべき家や紋章を持たない騎士の事であり、ようは無職の事である。

 彼らは鎧の傷や錆が目立たないように、装備品を上から下まで全て真っ黒に塗りたくっているため、年柄年中黒尽くめなのだ。


「ふぉふうほはへふぉはふはほふ……」

「飲み込んでから喋れ阿呆が」

「んぐ……ん! そういうお前も相変わらず暇そうであるな」

「貴様にだけは言われたくない台詞だな」


 禍々しいデザインのフルフェイスヘルム越しに舌打ちを漏らして、ヴェイロンはそう悪態をついた。

 基本的にこの男は兜をはずさない。

 信じがたいことではあるが、真夏でもそのままだ。

 何か呪いでも掛かっているのかもしれない。

 

「こんなところで油売ってていいのか、ヴェイロンよ。この前、第七騎士団の入試があるとか何とかいってたではないか」


 私の問い掛けに一度だけ鼻を鳴らして、ヴェイロンは自慢気に胸を張る。


「舐めるな、朝一番で推参したわ」

「ほう。して、結果は?」

 

 しかし、私がそう問いかけると、今度は途端に背中を丸めて、忌々しげに舌打ちを漏らした。


「門前払いだ。新卒の白騎士共が大勢いたのでな」

「まぁ、ホワイトカラーが相手では仕方なかろうな」 

 

 白騎士といえば、王立士官学校卒のエリートである。

 基本的に失職者か、ノンキャリアかのどちらかである黒騎士に勝ち目などない。

 仮に私が騎士団の試験官だったとしても、結果は同じであったろう。

 ヴェイロンには気の毒であるが、火を見るよりも明らかな結果といえる。 


「呼集に応えた騎士に何たる仕打ちだと、履歴書片手に試験官に抗議したのだが……『では、お尋ねしますが、この履歴の空白期間は何をなさっていたんですか?』などと答えづらいことを言いおってからに……」

「まぁ、しかし定番の文句ではあるからな。それを詰ることもできまいよ。私が試験官でもきっと同じ事をいったであろう」


 というか、尋ねない事はありえないだろう。

 誰だって、経歴のハッキリしない者を懐に入れたいとは思わない。

 それが権威を持った大きな組織ともなれば、尚のことだ。


「全く、侭成らん世の中だな」

「それをいうなら勇者だって似たようなものだぞ」

「貴様も相変わらず仕事がないのか」

「ああ、私は丙種勇者であるから余計にな。どこかで大きな欠員が出ない限り、暫くはこのままであろうよ」

「では、俺も貴様も、お互い当分はこの苦境に身を置くほかないということか……」

「不本意ながら、そうなるであろうな」


 ハァ、と二人揃って溜息を吐く。

 勇者も騎士も現状人手が余っている以上、どうしてもこうなってしまう。

 我等がコバルト連合王国は未だ躍進中の大国であるが故、周辺諸国に子分や友人は増えても、喧嘩相手は年々減ってきている。

 そうなってくると必要な軍備というものは当然減るわけであり、各騎士団の予算もまた、年々縮小傾向にある。

 騎士団の単純な暴力装置としての機能は既存の団員と国軍の兵士で十分以上に賄えるため、大半の新規団員に求められる能力は最早腕っ節ではない。

 平たくいえば、今の騎士に必要なものは外面の良さとオツムの出来であり、そのため、余計に白騎士のようなフレッシュで頭脳派のエリートのほうが重宝されるのである。

 だからといって新規の戦闘員が不要なわけでは決してないのだが、まぁ昔より枠が少ないことは確かであり、その少ない枠に不名誉の塊である黒騎士が容易に滑り込めないこともまた確かであった。

 

 勇者も勇者で昔は良かったのだが、今となっては最早ただの穀潰しである。

 勇者が増えすぎて魔族も魔王もすっかり数を減じてしまったため、一部の大手勇者パーティ以外はだいたい皆私のような有様なのだ。

 その上、勇者は一応、神託によって選ばれて就く職業であるため、仕事の斡旋も渋られがちである。

 まぁ、そんなものは体の良い言い訳であり、実際は「実質ノンキャリアのお荷物なんてうちじゃいらねぇよ」と言外に言われているだけなのだが。

 特に私のような対魔族戦特化の丙種勇者は、いよいよ時代に取り残されつつある。


「大の男二人が、何を真昼間から不景気な面を並べているのですか」


 そう、おもむろに声を掛けてきたのは、これまた知人の盗賊、クリスであった。

 盗賊とは根無し草のごろつきの事であり、ようは無職の事である。

 真っ当なパーティに所属しているのなら、最近ではトレジャーハンターだのスカウトだのといった南海帝国風の洒落た名前がつくのだが、クリスは昔ながらのフリーランスを貫くケチなコソ泥であるため、未だタダの軽犯罪者とうぞくである。

 もっとも、当局にしょっ引かれずにこうして市井をうろついている以上、刑法上は絶妙なグレーゾーンに身を置いていると言える。盗賊と十把一絡じっぱひとからげで呼ばれる連中は、だいたいこんなものである。

 

「クリスか……いいだろう、貴様には特別に栄誉ある、」

「お金なら貸しませんよ、騎士様」

「友を裏切るのか貴様」

「そういう台詞は前に貸したお金返してからいってください」


 そういって、クリスは北方エルフ特有の男なんだか女なんだか良くわからない顔を顰めて、小さな溜息を吐いた。

 実際、我々はクリスの性別を良く知らない。

 少し長めのボブカットの金髪と大きな碧眼のタレ目は一見女性を連想させないこともないが、線の細い童顔の男なのだと言われれば、不思議とそうではないかとも思えてくる。

 そんな、どうにも甲乙付け難い面立ちをしているのである。

 といっても、北方エルフは皆似たような感じなので、別にクリスが特別珍しいというわけでもない。


「それはそうと、今日は随分と羽振りが良さそうではないかクリス。何か実入りでもあったのか?」

「おや、わかりますか勇者様」

「そりゃブーツが新調されているからな」

「ほう、言われてみれば、確かに……良く気づいたな勇者」

「いや、いつも足元ばかり見ているだけだ」


 勇者なんて稼業をやっていると、足元を調べながら歩き回ることは最早職業病である。

 それこそ、別に私に限った話ではない。

 だが、ヴェイロンが気づかなかったのは、単純に視界の狭いフルフェイスヘルムをつけているせいではないかと私は思う。


「実は勇者様のご指摘通り、臨時収入があったんですよ」

「だったら、渋らず俺に金を」

「ほほう、それは良かったな。博打にでも勝ったか?」

「おい」

「はい。ちょっとカードで勝ちましてね。でも正直、助かりましたよ。お陰でやっとブーツが新調できましたからね。前から気になってたんですよ、これ」

「俺を無視するな貴様ら」


 ヴェイロンの呼び掛けを黙殺し、クリスは若干自慢気に、新調したブーツを見せてくる。

 盗賊はどんなに困窮しても、足元にだけは気を使う。

 そこが盗賊の命だからである。

 しかし。


「見て下さいよ、この洗練された美しいフォルム。流石にオーダーメイドの一品物にはかないませんが、それでもこのシンプルながら機能美を追求したシックなデザインはどうですか。素材への拘りといい、一級の職人芸を感じさせる逸品ですよ。ほら、アッパーからしてバジリスク革なんですよ、すごいでしょ。でも、それだけじゃあ足にフィットしませんからね。実はインナーとの隙間に防腐加工を施したウーズの粘液が詰められてまして、これがいい具合にフィット感を生み出すだけでなく、断熱材や緩衝材としての役割も果たしているんですよ。元がウーズですから凍りつくこともありませんし、何より冬は暖かく、夏は涼しいのが嬉しい所ですね。通気性も配慮して細かくメッシュが入っているところも心憎い。あ、無論それだけじゃないんですよ、靴底もほら、こんな風に」


 クリスのそれに対する拘りは、少しばかり常軌を逸していた。

 

 備えあれば憂いなしという言葉もあるが、私がクリスを見て思い出すのはそれよりも、本末転倒という言葉である。

 とはいえ、私もヴェイロンもすっかり慣れているので、クリスが一度靴自慢モードに入った場合、落ち着くまでは適当に相槌を打ってやり過ごすことにしている。

 基本は「さすがであるなぁ」、「しらなかったぞ」、「すごいのだなぁ」、「センスがいいな」、「そうであるかぁ」の五パターンである。

 我々はこれらを密かに「合魂の型」と呼び、一方的に言葉を捲くし立てる輩と相対した際の秘伝としている。


「ところでクリス。貴様、わざわざ俺達に声を掛けてきたと言うことは、なにか用事があったのではないのか?」

 

 いよいよクリスの早口が聞き取り辛くなったところで、ヴェイロンが強引に舵を切った。

 こういうところがこの男の強いところである。

 話の腰を折られてクリスは若干憮然とした表情を浮かべたが、ヴェイロンの指摘も尤もであるため、こほんと小さな咳払いをしてから、改めて我々に向き直った。


「はい。実は、とある仕事をしてもらおうと思いまして。いや、仕事というより、お手伝いといったほうがより適切なものなんですけどね」

「南海帝国風にいえば、アルバイトといったところであるか?」

「まぁ、そんなところですね」


 我々は三人揃って毎度仕事と金に飢えた無職であるが、クリスだけは少しばかり事情が異なる。クリスは無職は無職でも、元から決まった仕事など無いも同然の盗賊であるが故、あらゆる意味で立ち回りが敏捷はしこいのである。

 世間の景気が良ければ良いなりの、悪ければ悪いなりの小遣い稼ぎを見つけてくるのが彼ら盗賊なのだ。

 これがより大きな規模になると商人になれるのだろうが、そんな大規模にシノギを回せるほどの元手も無ければ伝手もないのが我々であり、だからこそ、無職に甘んじているともいえる。

 それでも、小遣い稼ぎ程度とはいえ稼ぎの手段をみつけてくるだけ、クリスは我々よりは遥かにマシな無職である。

 

 まぁ、それはともかくとしてこれは渡りに船だ。

 一時的とはいえ、仕事にありつけるのはありがたい。


「私は是非ともやらせてもらおう。どうせ他には壷を漁るか、樽をひっくり返すかくらいしかやることもないしな」

「俺も金になるなら基本的には何でも構わん。ただし、騎士の名誉を汚すようなものであるのならば……」

「じゃあ騎士様には頼まないので、勇者様だけあっちのお店で一緒にお茶でも、」

「話くらいは聞かせてもらおうか」

 

 こうして、今日も今日とて盗賊の振った得体の知れぬシノギに身を投じる。

 現状、余った勇者と騎士の需要は、世間では盗賊以下であった。

 

 それはもしかしたら、この世界が平和である証なのかもしれない。


 平和の定義は何かといわれたら、たかが勇者の私には、皆目見当もつかないのだが。

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