第2話 裏表の激しい勇者のハーレム

「おはよう、みんな!」

「あ、光弥君! おはよう!」

「光弥久しぶりだな!」

「光弥君今日も格好いい!」

 馬鹿が来た。いや、訂正しよう。大馬鹿が来た。

 桐生光弥と俺は小学生の頃からの腐れ縁。何の縁かは知らないが、高校生の今に至るまでクラスが同じだなんて、魔族以上の災難だ。きっと悪縁に違いない、縁切バサミを所望する。

 ヒーローだかヒーターだか知らないけど、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた光弥はよく学校を休む。何でも、街を徘徊して魔物退治と称して魔族に喧嘩を売っているらしい。喧嘩を売ったは良いが、相手にした魔族の半数は取り逃がし、そのことに気付けていないのが問題だ。結果的に苛立ち、八つ当たりする魔族の後始末を俺がする、と。呆れて笑える。

「おい、桐生。休んでいた間のノート見せてやろうか?」

「えー! 私のノートの方が見やすいよ!」

「抜け駆けは駄目よ!」

「桐生、ほら使えよ!」

 同じクラスというだけでも耐えがたいのに、どうして席が隣なのか。

 そりゃあ、見た目だけは整っているし、称号持ちかどうかは疑わしいが勇者ってことになっているし、誰にでもある程度優しいし、人気者にはなるだろう。

 だからって、なぜ俺の隣の席なんだ。滅多に来ない勇者殿が学校に来ると、人だかりが出来る。群がる。俺のスペースにも侵食してきて凄く邪魔だ。

「みんなありがとう! でも、ノートは大丈夫だから、心配しないで。由影に貸してもらうからさ」

 だから嫌なんだ。こいつは、俺に関わることも俺の許可を取らないし、俺の都合も気にしない。昔からそうだ。当然のように好意を受け取れると勘違いしている。

「由影! またノート見せてよ!」

「……はい」

 鞄からノートのコピーを取り出して渡す。毎回だから慣れた。突き放しても良いが、勇者殿の取り巻きが黙っていないだろう。中学で光弥が勇者を名乗り、活動するようになって有名になり始めた頃でさえ、腹に据えかねた俺が光弥に関わらないでほしいと告げると、しばらく取り巻きからの嫌がらせの嵐に見舞われた。当の本人は俺の言ったことなんて気にも留めず、無視して寄ってきやがるって言うのに。もうあんな面倒くさいのは勘弁してほしい。

「流石由影! いつもありがとう!」

 無邪気な笑顔で礼を言う。怒るのも馬鹿馬鹿しくなる。余計に腹が立つ。本当に、昔のまま。明るくて、我が強くて傲慢で、何も変わらない、俺の嫌いな勇者殿。


「宇野君、今、見ていましたね」

「えー、何のことかな?」

 昼休み、空き教室にて、俺は雪村翠に詰め寄られている。本当に運がない。

「しらばっくれなくてもよろしい」

 面倒くさいのに捕まった。

 俺は見てしまったのだ、彼女が光弥の体操服の臭いを嗅いでいるところを。そして狂喜乱舞しているところを。

 雪村翠は光弥の従姉だ。俺はあまり遊んだことがないが、小さい頃、俺がいないときはいつも、こいつが光弥と一緒にいた。光弥と同時期にスキルと称号を与えられたらしく、一緒に行動しているのをよく見かける。学年が一つ上だから、学校ではそう一緒にはいないのだが。

「貴方という人は、本当にムカつくんですよ。昔から私の可愛い光弥のまわりをチョロチョロと目障りな! だいたい、光弥には私さえいれば良いんですよ。幼馴染みだからといって光弥に近づかないでくださらない? 光弥が悲しむから生かしていますが、でなければ即刻排除しています。血の繋がりもない、赤の他人が、光弥と話せることに感謝しなさい! 可愛い可愛い私の光弥! どうしてこんな、地味で、弱くて、穢らわしい、こんな男に構うの? 本当は魔女もガンナーも要らないのよ! 私がいればそれで良いじゃない! あぁ! 光弥! 光弥に会いたい、光弥に会いたい、光弥に! 会いたい!」

 完全に目が逝ってる。雪村先輩って穏やかで優しい先輩として評判なはず、だったのに。

「いや、雪村先輩。俺は別に光弥に近づこうなんて……」

「貴方に光弥を呼び捨てにする資格などありません。五回は産まれ直してらっしゃい。それに何ですか? 近づこうなんて思ってない? 当たり前でしょう! 思った時点で罪です。殺します。あとその言い方! 光弥に近づくのが嫌なんですか? 光弥を拒絶しようなんて、おこがましいにも程があります!」

 じゃあ、どうしろと?!

 延々と続くマシンガントーク。大半が光弥に会いたいということと、光弥の素晴らしさを語っている。俺には理解できない。分かったのは評判と違ってこの人は怖いってことだけ。

「聞いているのですか?」

「はい! 聞いています!」

 結局、昼休みは潰され、予鈴が鳴ってようやく解放された。疲れた。


 今日は夜から閉店までバイトだ。流石にこの時間帯になるとお客さんも少ない。いないわけじゃないけど、いつもより楽だ。

「本当に怖かったんですよ」

「いやぁ、ヨッシー、よく耐えたね。偉い偉い。僕だったら即刻逃げてるよ」

 営業時間が終わって掃除中、先輩に昼休みの恐怖体験を話したら爆笑された。横で聞いていた龍之介さんも噴き出していた。そりゃあ、あのお淑やかな剣士様がヤンデレだってのはインパクト大だろう。でもそこまで笑わなくても良いと思う。……本当に怖かった。

 雪村先輩から、彼女の本性について他言しないように言われた。特に光弥に知られないようにと何度も鬼の形相で念押しされている。そうでなくても別に光弥に話すつもりもないし、それ以上の興味もないのだが、彼女にとっては死活問題らしかった。俺としても、もう関わりたくないというのが本音だから、わざわざ光弥に話して接点を増やすなんてことはしない。


 店内の清掃も終わって、帰り道。今日も一日頑張ったな、と自分を労っていると、何やら前方が騒がしい。

「沙江、今日は俺んちに泊まれよ」

「えー、どうしようかなぁ」

「待って、待って。僕の家も空いてるよ」

「沙江可愛い。俺とホテルに行かない?」

「沙江ちゃんのために、とっておきのスイーツ用意しているよ」

「うふふっ。みんな優しくて素敵。大好き」

 ……またか。

 魔法使いサエ、炎の魔女サエ。東堂沙江は勇者殿の仲間で、ファンからそう呼ばれている。男嫌いであらゆる男を見下す一方、魔物に襲われている人がいれば男であろうと助けるという、いわゆる「ツンデレ魔法使い」と名高い。

 だが、俺は知っている。この女、男嫌いどころか、男好きじゃねぇか。

「あら、誰かと思えば、モブ君じゃない。何? あたしの魅力に誘われてきたの? 残念。あんたはあたしの趣味じゃないのよね」

「いや、ただバイト帰りなだけだから」

 前にもこんなことがあった。その時は驚いた。でもいつもより生き生きしてるし、本人が良いなら、それで良いんだろう。 俺の知ったことではない。

「そうそう、光弥にこのこと、言うんじゃないわよ。絶対あたしのものにするんだから」

「ハイハイ。分かってますよ」

 これ以上絡まれないように、足早に団体様御一行の横を通り抜ける。

 こんな猛獣に狙われて、今だけは同情するよ、光弥。鈍感で本当に良かったな。


「本当にごめんね、宇野くん」

 うるうると瞳を潤ませて謝る早瀬浅葵。

 今日は土曜日。バイトも休みで、本屋に行こうとしていたところ、小さな女の子にぶつかった。それだけなら良かった。服にベッタリと付いたアイスクリーム。何てベタな……。そしてその子の後から来た姉らしき人。よく見ると早瀬だったというわけだ。何てベタな……。

 今、俺は早瀬の家に来ている。服を洗ってくれるらしい。断ろうとしたが押しきられた。早瀬の家に着くと服を剥ぎ取られ、代わりに家族の誰かのものらしいTシャツを着せられた。俺にアイスを付けた妹ちゃんは帰って早々に自分の部屋に籠ってしまった。

「ごめんね、あの子、男の人苦手で……」

 早瀬が入っていった洗面所から、そう言いながら出てきたのは同い年くらいの男子。ご兄弟だろうか、なんて現実逃避しそうになる。

「……もしかして、早瀬?」

「え、うん。そうだけど」

 それがどうしたの? と言わんばかりに普段の早瀬浅葱らしく小首をかしげるが、男子。

 早瀬浅葵は勇者殿の仲間の中で、剣士と並ぶ実力派だ。可愛い顔で大きな銃器を使いこなし、楽しそうに魔物討伐をこなす。その上、性格も良いし癒される、とファンが多い。

 それが、男の娘。

 いつものツインテールは雑に後ろで一つに結ばれ、服装はさっきのふんわり可愛いワンピースから着古したようなTシャツとジャージに。野暮な眼鏡もかけて、完全に別人。

「あぁ、いつもは女の子の格好しているから驚いちゃったのか。妹が男性恐怖症でね、兄の僕も普段の姿じゃ近づけなくなっちゃったんだ。それでどうにか出来ないかなと思って、女装し始めたんだ」

 同性愛者とかってわけじゃないから安心して、と言う早瀬。なんだ、ただの妹思いな兄じゃないか。さっき引きかけた自分が恥ずかしい。

「あれ? じゃあ、どうして外でも女装しているんだ?」

「あー、実は、光弥くんのことが好きなんだ。あ、それまでは女の子大好きだったんだよ! ちょっと一目惚れしちゃっただけで、男の子は光弥くんしか恋愛対象にならないから!」

 顔を真っ赤にして弁解する早瀬。男と分かっても顔立ちはやはり可愛らしいが、しっかりと男子としての己を主張しているのが何とも物悲しい。

「別に俺は誰が光弥を好きだろうと、気にしないし、興味ないよ。個人の問題だから」

 そう俺が言うと、早瀬は笑顔になった。何だか嬉しそうだ。

「宇野くんって良い人だね。良かったら、僕と友達になってほしいな。こうやって、本性さらして気楽に話せる人がいなくて……」

「まぁ、良いけど」

 それから服が乾くまで話をしてみたが、早瀬は勇者殿の仲間内では一番良い子だと思う。ヤンデレか男好きか男の娘か、なんて究極の選択。不毛でも、俺はまだ早瀬を応援したい。他人事である。

 早瀬に、光弥には男であることを黙っていてほしい、と言われた。いつか自分の口で言いたいらしい。それが良いと思う。本人が言うのが一番だろうと俺も了承した。


 さて、こうして俺は、勇者殿の三人の仲間の秘密を知ってしまったわけだが……。

「正直に言って、知りたくなかったし、どうでも良い」

 俺は第七区域の守護者として、この街の人間の存続のために奔走するだけだ。

「ホーリーブレード!」

「やるじゃない。あ、べ、別にちょっと見直しただけなんだからね!」

「光弥、頬から血が出てるわ。はい、このハンカチ使って。お疲れさま」

「光弥くん、とっても格好良かった! 私ももっと役に立てるように頑張らないと」

 少し離れたビルの非常階段から、勇者殿と愉快な仲間たちの様子を眺める。アイツらは達成感に満ち溢れているが、どうせ討ち漏らしがあるだろう。

 それより、もっと気になるのは、

「お前ら、猫かぶりすぎだろう……」

 今日も俺は勇者殿の後始末に明け暮れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る