第5話「蓮乗院久遠&百済継一&藤森明日菜」

※本編の数年前


明日菜「わたくしが副隊長に――ですか?」

 羅仙界を守護する『霊神騎士団れいじんきしだん』は、大きく分けて七つの部隊で構成されている。

 その内の一つ、第二霊隊だいにれいたいの詰所。

 隊長・百済くだら継一けいいちの言葉を受け、同隊隊員・藤森ふじもり明日菜あすなは意外そうに聞き返した。

百済「ああ、君が適任だと考えている」

明日菜「お、お言葉ですが……、副隊長ともなると隊長に次いで責任ある立場――、わたくしに務まるとはとても……」

 昇格に値すると見なされたこと自体は喜ばしいものの、それに伴う重責に対する不安が拭えないといった様子だ。

百済「自信がないか? 霊力の高さでいえば君に並ぶ者はいない。実力不足はありえないだろう」

明日菜「実力……といいますか、覚悟が足りないのではないかと……。このようなことを口にしている時点で副隊長など……」

 隊員の命を預かり、そして導く存在――、今まさに弱腰となっている者を誰が認めるだろうか。

百済「覚悟……か。確かに彼は勇ましく折れない闘志を持っていた――」

 百済は前任の副隊長に思いをせる。

百済「しかし、覚悟で命は守れなかった。勇敢に戦い――それでも力及ばず、隊員共々散っていった」

明日菜「あ……」

 任務中、喰人種から予想外の襲撃を受け、本来必要な規模の戦力が揃わないまま交戦し、その小隊は壊滅。

 隊長にとってこの上なく心苦しい事件だった。

百済「彼には命を捨てて戦い抜く覚悟があったのだろう。だが、彼が守りはずだった民は果たして無事でいるのか」

 一方では、自らを犠牲にしていくつかの命を救ったかもしれない。

 他方、今生きてさえいれば救うことのできた命が失われていく。

百済「騎士を志す者はみな問われる――『王家の為、民の為、その命を捧げる覚悟はあるのか』と。少なくとも私は君に死ぬ覚悟を求めていない。騎士の使命は、死して守ることではなく生きて守り続けることだ」

明日菜「隊長……」

百済「明日菜。君ならば覚悟を決めるまでもなく、その実力をって脅威を退け、隊員を、民を、自分自身を守り抜けると――そう信じている」

 『自分が死ななくていいと聞いて安心した』――他の騎士の前でそんなことを言えば鼻で笑われるに違いない。

 それでも、明日菜は隊長からの信頼に応えることを優先した。

明日菜「――承知いたしました。不肖ふしょうながら、副隊長の任、拝命します……!」

 決断と呼ぶには足りない単なる判断の下、百済の前で膝を突く明日菜。

百済「よし。では、このことを久遠様に報告するとしよう」


 第一霊隊詰所・蓮乗院久遠の執務室。

久遠「おめでとう、藤森君」

 久遠は騎士団長兼第一霊隊隊長だが、特に説得を試みるまでもなく、あっさりと百済の人選――明日菜の副隊長就任を認めた。

明日菜「きょっ、恐縮です……!」

  それだけ百済への信任があついということだろう。

百済「私の意思は既にご理解いただいているようでありがたく存じます」

久遠「騎士のかたについて、今さら私などが貴方に口出しすることはありません」

 久遠の方が高い霊力を持ち、団長も務めているが、年の功は百済にある。

 外見こそ青年のそれだが、百済は羅刹としてもかなり高齢だ。まだ力がおとろえる段階ではないものの、自分の階級が上であっても敬意を払うべき相手とは見なされていた。

 もっとも騎士団において百済より上の階級といえば団長ぐらいしか存在しないが。

久遠「守るべきものを守れるだけの力を備えている――、百済隊長が選任された以上間違いはないかと」

百済「先代の騎士団長から受け継ぐ奥義を譲ってくださったのも、やはり同様のお考えがあったからでしょうか?」

 霊神騎士団には、歴代の団長が受け継いできた奥義が存在する。

 団長交代にあたって、当然継承者は久遠となるのが筋であった。

 しかし、王家や騎士団関係者との話し合いを重ねた末、異例となる騎士団長ではない者の奥義継承が実現したのだ。

 そのようなことをした理由は、久遠が元々習得していた戦技が継承され続けてきた奥義をも遥かにしのぐ性能を誇っていた為。

 より強力な技を使える者が、儀礼的な意味しか持たない奥義を会得していても民を守る上では役に立たない。

久遠「はい。私のような若輩が奥義の継承権を貴方になどとはおこがましいと考えなかった訳ではありません。ただ――、より多くの命を守る為には不遜ふそんであろうとも必要なことだと判断しました」

 しきたりを厳守せよという者たちとの折衝せっしょうには時間を要したが、実戦で使わない――誰の命も救わない奥義を生み出すことは避けるべきだった。


百済「――明日菜。お前より意気込んでいる者が不服に思うこともあるかもしれない。そんな時は、自分を生かしてなお残った余力で彼らをも守ってほしい」

明日菜「は、はいっ……!」

 百済と共に詰所を出た明日菜の顔は少々赤らんで見える。

明日菜「わ、わたくしが隊長の副官……。そこまで、わたくしのことを……」

 新任の第二霊隊副隊長は、何やら考えを飛躍させていないか心配になるような表情をしていた。

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