第3話「月詠雷斗&蓮乗院惟月」

 羅仙界らせんかい――羅刹の世界はそう呼称されている。由来ははっきりしていないが、羅刹界ではいまひとつ語感が良くない為ではないかという説が有力だ。『仙』の字が入っているのは、羅刹は高尚な種族なのだと考えている者が多いからかもしれない。

 そんな羅仙界の首都・霊京。そこには、一番街を中心として放射状に二番街から七番街までが配置されている。

 一番街から南に位置する五番街には、広大な敷地面積を誇る大貴族の屋敷があった。


 蓮乗院家・大庭園。

 緑に囲まれた華やかな空間で、優雅にティータイムを過ごす羅刹が二人。

惟月「そろそろ危険度S級でも歯応はごたえがなくなってきたのではありませんか?」

雷斗「その中で奴がどの程度の位置付けだったかによるが――」

 長くつややか黒髪を持つ少年が蓮乗院れんじょういん惟月いつき。曇りなき銀髪の青年が月詠つくよみ雷斗らいとだ。

 惟月は蓮乗院家の次男で、雷斗はその盟友。

 故あって戦う力を持っていない惟月に代わって喰人種の討伐を行っているということもあり、邸内ていないには雷斗専用の別殿べつでんが用意されている。

 危険度とは、喰人種それぞれが持つ戦闘能力を大まかに判定したものだ。

 当然S級が最も強いのだが、最上級であるが故に、特定の一体を倒したとしてもそれより遥かに格上の個体がいないとは限らない。

 しかし雷斗は言葉とは裏腹に悠然とした態度を崩すことなくティーカップに口をつけていた。

 現状の力を過信せず、さらなる強敵の存在を認めつつも、それに打ち勝つ意志と自信は揺るぎない――そういうことなのだろう。

惟月「その様子でしたら、なおのこと喰人種に遅れを取る心配はなさそうですね」

 惟月と雷斗が言葉を交わす中、一人の使用人がティーテーブルに近づいてくる。

使用人「惟月様、雷斗様。おかわりをお持ちいたしました」

惟月「ありがとうございます」

 惟月は惟月で、自家じかに仕える末端の者が相手でも礼を欠くことはなかった。

 そうして穏やかな時が流れていたが、突如庭園の地面から巨大な影が出現する。

使用人「こ、これは……」

惟月「結界が破られた様子はなし。通過できるような性質も見られない。おそらく敷地内で育ったのでしょう」

 現れたのはムカデ型の霊獣。羅仙界において『霊獣』という言葉は、羅刹化し霊力を得た動物を指す。本能的に獲物を食らおうとするが、これは必ずしも『喰人種』と呼ばれる存在ではない。

 基本的に人語は通じず、普通の動物とそれほど変わらない知能だ。

使用人「も、申し訳ございません! わたくし共の手入れが行き届かないばかりに……!」

 使用人は惟月の前にひざまずく。

惟月「いえ、この家の者は、屋敷の管理以外にも多くのやくについていますから、手が回らなくとも無理はありません」

 霊獣が背後に迫っても、雷斗はなんら動こうとしない。

雷斗「おのが務めをはかりにかけたすえのことだろう。いるようはない」

 澄ました口調ながら、その言葉に見受けられるのは気遣いだった。

使用人「雷斗様……」

 絶大な力をゆうし、冷厳れいげんな気をまとった貴公子が、たかが一介の使用人に慈悲をかけるなどとは想像もしていなかったようだ。

 惟月はともかく、他の者は大抵そうした思い違いをしている。

 霊獣は、雷斗に飛びかかり食らいつこうとしたが――、触れることもないまま灰となって消えた。

 雷斗はただ紅茶を飲んでいただけ。

 並の霊獣では至近距離で浴びる雷斗の霊気に耐えられなかったのだ。それが皮膚ひふと装束の表面に帯びている、ごくわずかな量であっても。

惟月「こちらは大丈夫です。お戻りになって構いません」

 うやうやしく頭を下げた使用人は、惟月の言葉に従う。

雷斗「……喰人種がどうであれ、少なくとも今の力では――」

 雷斗が話を再開しようとした時、惟月のふところで電子音が鳴り出した。

 それを聞いて惟月が取り出した機器は、『携帯型けいたいがた霊子情報端末れいしじょうほうたんまつ』。

 通常は略して『霊子端末れいしたんまつ』と呼ばれており、通話や演算といったものを含め様々な機能を備える、羅刹必携の品だ。

惟月「はい」

 霊気を纏った指先で画面に触れ、通話を開始する。

惟月「……! それは――。……いえ、その点についてはむしろ理にかなっているといえるでしょう。――はい。やはり、そうなりましたか。そちらは引き続き様子を見ておいてください。――ええ。よろしくお願いします」

 驚いたような、喜んでいるような、妙に意味深な表情で受け答えしたのち、惟月は霊子端末を置いた。

 通話相手の声までは雷斗に聞こえていない。

雷斗「……随分と重大なしらせのようだな」

惟月「はい」

雷斗「朗報か?」

惟月「まだ、なんとも」

 いつにも増して神妙な顔つきになり、語り始める惟月。

惟月「私の両親が亡くなっていることは既にご存知だと思いますが、その死因についてはまだでしたよね。いずれお話しするつもりではいたのですが、そろそろ潮時しおどきかもしれません」

 潮時――よく誤用されている言葉だ。

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