第12話

「あれぇ、鈴木さんじゃないですか」

 少し甲高い声でそう言ったのは、美奈子だった。隣には山田ともう一人。あれはたしか、同じチームだった後輩くんだ。

「何してるんですか?今日、たしか都合悪いって」

「あ、うん。そのはずだったんだけど、ドタキャンされちゃって」

 萌はしどろもどろに言い訳をする。ドタキャンは事実だったが、都合が悪いと言ったのはその予定が決まるずっと前だった。

「ちょうどいいじゃん。付き合ってよ」

 山田はこれ幸いと話をそちらにもっていく。この状況では断る理由なんて、全く思いつかなかった。萌は、仕方なくわかったと返事をする。

「このメンツじゃ、中野さんの好みなんてわかんなくてさ。助かるわ」

 たしかにそうだろう。彼らは祥子と密な繋がりはない。

 美奈子は一瞬だけ不服そうな顔を見せたものの、すぐに明るく懐いてきた。

「ほんとありがたいです。どの辺のお店が良いですかね」

「そうだなぁ。祥子さんはシンプルなものが好きだから。あっ、こことか」

 萌は手近にあった看板に書かれていたブランド名を見つけて、そこを指差した。


「それにしてもさ、わざわざこんなとこまで買い物に来たの?」

 目的地へと歩きながら、萌は疑問を口にした。

「俺ら三人の家からは、結構近いんだよ」

「あ、そういうこと」

 山田の回答に、萌はすぐに納得した。萌の家からは確かに遠いけれど、それが全員に当てはまるわけもない。

「山田が会社にいない休日ってあるんだね」

 萌はからかうようにもう一つの疑問を投げかけた。

「たまにはいいだろ。あそこで缶詰めになってばっかじゃ、世間から置いてかれるからな。たまには息抜きも必要なんだよ」

「息抜きねぇ」

月に何日も休めないくせが、せっかくの休みも会社の用事で潰している。それはいいんだろうか。

「そんなこといって山田さん、今日の休み取るために、またタクシーですよね」

「それはいつものこと。気にしない」

 後輩くんが心配そうに言うのを、山田はあっけらかんと返した。

「よく体力持ちますよね」

「丈夫なだけは取り柄だからね」

「仕事人間。カッコいいですね」

 さりげなく美奈子が、山田を褒める。が、彼はそれをあっさりと聞き流して、到着した店を確かめた。

「ここ?」

「そ。デスクにもいくつか置いてあるよ」


 萌が先陣切って店内を進む。

シンプルで機能的、それが売りのブランドらしい。見れば確かに余計な装飾や、華美な色合いのものは見られない。

「何でこんな無地に近いもののくせに、高いわけ?」

 山田は近くにあった商品を手にしながらそう呟いた。

「使いやすいらしいよ」

 萌はそう答えると、祥子が好みそうな時計を見つけた。

「これとか良さそうじゃない?」

「仲良しの鈴木が良いって言うなら、良いんじゃない」

 投げやりな回答に少しばかりムッとしたが、彼らに祥子の好みがわかるはずもなく。結局は萌が選ぶことになるに違いない。

「もう少し見てみるわ」

 萌はそう言って奥へと進んだ。


 ドンっ。

 品物にばかり目がいっていたせいで、目の前に人がいることに気付かなかった。

「すみません」

「いや、こちらこそ」

 ん? 声の感じで相手を特定した萌は、はっと顔を上げる。

「大樹」「萌」

 二人の声が重なった。

「何でここ」

 大樹は憐れに思えるほど、うろたえている。その様に萌は神経を逆撫でられた。

「たまたま会社の人と会ったから、一緒に買い物中」

 萌がそう言うと、大樹は店内を見やり、そして表情を険しくした。

「山田さんと一緒なわけ?」

「うん、偶然ね」

 はっきり言って、今の大樹に文句を言われる筋合いはどこにもなかった。自分を棚に上げて、とはこう言うときのことを言うのだろう。

「ダイちゃん?」

 彼の後ろから聞こえてきたのは、ちょっとハスキーな感じの声だった。そして顔を出してきたのは、ギャル風のちょっとばかり若作りをしている感じの女だった。

萌は相手を見た瞬間、固まった。

最悪。それ以外、何も考えられなかった。

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