第11話

 週末、萌は一人でウィンドウショッピングをしていた。一緒に過ごすはずだった大樹にドタキャンをくらったからである。

「ごめん。ちょっと予定が入っちゃってさ」

 いつものごとくそう言ってきたのは、昨日の夜中のことだ。多分理由はいつもの通り。それをわかっていたのに、怒り狂うことがなかったのは、香菜に言われた言葉が意外に堪えていたことと、彼に関する事実を突き止めてしまったからだろう。

 


 結婚話が出てからというもの、大樹はかなり積極的になった。実家にも連れていかれたし、彼の両親にも会った。

 お父様は一流企業の役員、お母様は専業主婦。

 絵にかいたようなエリート家族だったけれど、思ったよりもずっと親しみやすくて驚いたというのが感想だ。相手の方も、息子が初めて紹介した彼女とあって、喜んでくれていたと思う。またいつでもいらっしゃいと言ってもらえて、萌は素直に嬉しくなった。

 萌の実家は少し距離があるために、本決まりになったら行こうという話になっている。というより、萌が彼を連れて帰ることを避けたといった方が正しいだろう。まだ不信感が払拭出来ていないのに、大樹を結婚相手として紹介するのはためらわれたのである。


 いつだったか、二人で部屋で過ごしていたとき、大樹がやたら具体的な話をしてきたことがあった。

「結婚式の理想とかある?俺はこだわりないから、萌の好きにしてよ」

 大樹は、二人で一緒に買った結婚情報誌をパラパラめくりながらそう言った。

「女の子が主役なんだし」

「ううん。私も特に無いんだよね。人並みに出来ればいいや」

 正直な思いだった。本当に何の思い入れもない。ただ、それなりの形で挙げられれば十分だと思う。

「萌らしいわ」

 大樹はそう言ってくつくつと笑う。指先は一ページずつ丁寧に先へと進めていた。

「でもやっぱり、結構するんだね」

 端の方に出ている式場データという部分に記載されている参考価格を見ながら、萌はふうっと息をついた。

 派手に遊び回っているわけではないが、一人暮らしのOLの財政はそんなに豊かではない。半額くらいなら出せない額ではなさそうだが、貯金は全て吹っ飛ぶだろう。

「節約しなきゃだね」

「今から頑張ればどうにかなるでしょ。俺に任せて」

「いや。自分の分は自分で払うし」

「何でよ。これから家計が一緒になるんだから、どっちが払ったって同じでしょ」

 頼もしい風に聞こえたけれど、少し前の言葉が気になった。

 俺に任せろと言うわりに、今から頑張るとはどういうことだろう。一人暮らしの萌ですらそこそこ貯金はあるというのに、もしかしたら…。

「ねぇ、大樹。こんなこと聞くのはどうかとも思うんだけどさ。貯金って、ある?」

「あ、ああ。まぁ多くはないけど。でも今から頑張れば、このくらいならすぐ貯まるって」

 彼の会社とそこから察する給料を考えれば、その通りだろう。おそらくだが、優に萌の二倍以上は貰っているはずである。が、だからこそ引っかかる。

 お母様いわく、生活費としては家にお金を入れていないらしい。車だって親のモノだ。

 では彼の給料は一体どこに消えているのだろう。

 考えるまでもなく出てきた答えに、萌は言い様のない嫌悪感を覚えた。


「どうした?」

「あ、ううん。何でもない」

 そうは言ったものの、異常なイラつきが全身を駆け巡った。彼が、あの女に貢いでいることは何となくわかっていたけれど、その額は想像以上のものにのぼるのかもしれない。

 ムカムカしてきて、萌は無言で冷蔵庫に向かった。無意識に扉を乱暴に開けて、入っていた炭酸水をがぶがぶと飲みこむ。勢いに任せてぷはっと息を吐くと、いくらかだが気持ちがすっきりした。


 気にすることじゃない。お金目当てで結婚するわけじゃないんだから。


 萌は自分にそう言い聞かせたけれど、お金目当てのような形で彼にまとわりついている女がいるのは事実なのだ。それがなんだか釈然としなくて、どうしても気持ちが不安定になる。

「体調悪い?」

 急にいなくなった萌を心配するかのように、大樹が向こうから首を伸ばした。

「仕事の疲れが出たんじゃない?少し寝れば?」

 彼は帰るつもりはなさそうにそう言った。

「何か欲しいんなら買ってくるよ」

「大丈夫。ちょっと喉が渇いただけだから」

 なんだかみじめな気持ちになった事を認めたくなくて、萌は空元気でそう答えた。



 空は快晴。あまりの良い天気につられて、いつもは来ないような場所までついつい来てしまった。

 どちらかといえばファミリー層が多いこの辺りは、まずもって来ることがない。萌が好んで着る服は仕事でも使えるオフィスカジュアル系だが、このモールに入っている店の多くはママ向けのわりとラフな服が多いからだ。ただ、最近おしゃれな雑貨屋が新規出店したらしいから、なんとなく足をのばしてみたのである。

 それがどんなに間違った選択だったのかは、これからのことを考えれば明らかだった。

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