「ちょっとチクッとするよ」(10歳)

 昔、母の日記を読ませてもらったことがある。

 そこには、三歳の私を予防接種に連れて行ったことが書かれていた。

 順番待ちの時から大泣きして、おまけに注射だと分かると恐怖で嘔吐。

 仕方なく母が列から外れて、予防接種をあきらめ、お昼ご飯を食べに中華料理屋さんに寄ると、注射をしなくて済むと分かった私はご機嫌で冷やし中華を食べていた。

 そんな内容だった。


 そんな幼い頃から注射が大嫌いな私。

 大嫌いというよりは恐ろしい、かなあ。

 できれば一生、したくない。

 注射だけではなく、針や棘などちくりとするものすべてが恐怖。


 でも、注射が怖いです! と言っても人生でそれを避けて通れるわけじゃない。

 おまけに私は子供の頃に肺炎で何度か入院したこともあるし、持病もある。

 病院とは切っても切れない縁がある。そんな縁いらないけど……。


 そういうこともあって、注射をしなければいけない場面というのは結構あった。

 だからと言って大人しく注射をされていたわけではない。

 全力で抗っていた。


 保育園の予防接種は、周囲が引くレベルで大泣きした記憶があるし

 小学校や中学校になると泣くのは恥ずかしいが、本当に嫌で嫌で逃げ出したかった。覚えていないけど、ずる休みとかしたかもしれない。覚えてないけど。


 そんな注射恐怖症の私は、九歳の頃に肺炎にかかった。

 二週間くらい市民病院に入院することに。

 

 肺炎で入院と言えば、点滴である。

 今の点滴は違うのだけど、当時の点滴って針をずっと刺しっぱなしにしなきゃいけないんだよ。

 つまり、二週間ずっと針が刺さったまま……こうして文字にしただけでも恐ろしい!


 実際には、何日かに一度は点滴の針は交換していたけれど。

 でも、針の交換イコール刺し直すわけで。

 それならもう刺しっぱなしでいいです! と思っていた。


 針の交換以外にも、針を刺し直す時がある。

 それは、針が血管からずれてしまった時だ。

 ずっと刺しっぱなし故、手を動かしたり、トイレに移動したり、ずっと点滴と一緒。

 だから、どうしても針が血管からずれてしまうのだと看護師さんから聞いた。


 ……最悪だよ。

 なんで針、ずれるんだよ! 大人しくしとけよ!

 こっちは大人しくお前を受け入れてやってるのに!

 そんなふうに逆切れしたくなるほど、点滴の針はよく血管からずれたのだ。


 ずれると点滴をしている手の甲がパンパンに腫れてしまうためすぐに分かる。

 しかも、ジンジンと痛い。

 もちろん自分で気付くし、母がお見舞いに来てくれている時はすぐに看護師さんを呼ばれてしまう。


 そんなある日。

 母が帰った後で針がずれ、手の甲が腫れてきた時があった。

『手の甲を隠していればバレないって!』

『そうだよ。隠していなよ!』 

 私の心の中には悪魔しかいなかった。


 そんなわけで、一切の迷いも躊躇もなしに腫れた手の甲を隠し

 それで針を刺し直されることから逃れることを選択。


 看護師さんは何度も来るんだから隠しきれるわけがない、とか。

 どんどん腫れてきて大事になったらどうするんだ、とか。

 そんなことは考えない。


 針を刺し直されることだけが嫌なのだ! 大事になるとか知ったこっちゃない!

 刺を刺し直されるくらいなら、手の甲が腫れることなんて耐えてやる……!


 当時、本気で思っていた。

 バカすぎる小学三年生。


 病室の前を看護師さんが通るたびにビクビク。

 腫れた手の甲が見えたらただじゃすまないからね! 針持って追いかけてくるよ!(当時のはなちょこビジョン)

 

 しかも、針がずれたのがちょうど消灯の一時間くらい前。

 このまま今日は家族は誰も来ない。

 このまま消灯まで持ち込んで見せる。


 私がそう意気込んだとき。

「はなちゃん、どうかした?」

 そう言って病室に入ってきたのは、隣のベッドの子のお母さん。

 やばい! まだ大人がいた!


 私が手の甲を隠していることを不審に思ったらしく、お隣ベッドのお母さんはこちらを覗き込む。

 そして「ええっ?! どうしたの?!」と驚いた。

 私もあらためて手の甲に視線を落とす。

 すると、予想以上に腫れていて痛々しい手になっていた。

   

 そして、お隣のベッドのお母さんにすぐさま看護師さんを呼ばれ、私は針を刺し直すことになったのだ。

 当時は、「余計なことを!」と思った私。もちろん口には出さないよ!

 本当に怖がりのバカなガキでごめんなさい。 

   

 看護師さんには、「こんなになるまでなんで放っておいたの?!」と半ばあきれたような顔で叱られた。

 針を刺し直すが嫌で、とは言えなかったよ。


 そんなこんなで、私は肺炎で入院したはずなのに、戦っていたのは肺炎のウイルスではなく、針だった。

  

 ちなみに、良い大人になった今でも注射が大嫌い。

 病院で採血なんかがあるときは、「赤ちゃん用の針でお願いします!」と言っていた。

 しかし、最近では「細い針でお願いします」と言うようになったのだ!

 うん、これは成長だな(違う) 

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