脱力家族
花 千世子
ポケットの中の爆弾(4歳)
保育園の頃、同じクラスにちょっと不思議な女の子がいた。
彼女をMちゃんとする。
Mちゃんはかわいいけれど、不思議な雰囲気のある子だった。
同じ年齢なのに、お姉さんみたいだなあと思っていた。
対して私は、単純で極度の怖がり&極度の痛がりの泣き虫の子ども。
つまり、Mちゃんとは対極の存在である。
そのため、Mちゃんとはあまり接点がなかった。
嫌っているとかではなく、遊んでいるグループが違う、という存在だ。
そんなMちゃんとまともに話したのは、綱引きの日だった。
運動会ではなく、赤組と白組に分かれて運動場で綱引きをするだけの日があったのだ。
そんなイベントにちょっとワクワクしつつ、私は下駄箱へ向かおうとした。
その時、Mちゃんに話しかけられる。
「ねえ、はなちゃん」と。
なんだろう? と思って立ち止まる私。
するとMちゃんは私を手招きしながら言う。
「はなちゃん。ちょっとこっちに来て」
私がそばに寄ると、Mちゃんは手に持っていた物をこちらに見せてきた。
Mちゃんが持っていたのは、ティッシュだった。
ティッシュを袋状にして何かをくるんでいる。
「これあげる」
Mちゃんがそのティッシュを差し出してきた。
なんとなく私はそれを受け取ってしまう。
そして、受け取ったものをよくよく観察。
袋状にしたティシュ隙間から、中につつまれていた物が少しだけ見えた。
たくさんの黒い粒。
薬のような、小さな木の実のような。
どちらにしても私は見たことがない物だった。
なんだろう?
そう思って首をひねる私に、Mちゃんは言う。
「それ、爆弾だよ」
ばくだん?
私は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
Mちゃんはずいぶんと大人っぽい笑みを浮かべて、続ける。
「それ開けたらダメだよ。爆発するから」
Mちゃんはそれだけ言い残すと、運動場へと歩いて行った。
下駄箱に私とそれから、爆弾だけが残される。
私はちらりと手に持ったティッシュを見た。
この黒い木の実のようなもの。
言われてみれば、なんだか爆弾っぽい……! 危険な色と形だ!
そんなことを考え、私の背中が凍りつく。
そう、当時の私はあっさりとMちゃんの言葉を信用してしまったのだ。
とても危険な物を受け取ってしまった。
そう思った時にはMちゃんの姿は見えなくなっていた。
でも、『返す!』と言ってどうにかなるものなの? 受け取ってもらえない気がする。
それに、なんでMちゃんは爆弾なんか持っているの?
さまざまな疑問が浮かぶが、答えなんか出ない。
手に持った『爆弾』を今すぐどこかに放り投げたいという衝動に駆られる。
だけど、そんなことをしたら、中が開いて爆発し、この保育園が吹き飛んでしまう。
私は保育園が爆発するところを想像して、目の前が真っ暗になる。
ちなみにこのティッシュの中身は、ホッカイロの中身だったと思う。
しかし、当時、ホッカイロを使ったこともなかった私は、この未知の物を爆弾だと信じてしまったのだ。ちょろいな、四歳児。というか私が単純なのか。
綱引きが始まる、と保育士さんに言われた。
私は爆弾をしかたなくポケットにしまい、運動場へ。
もう、綱引きどころではない。
綱引きをした記憶がない。
だって頭の中は爆弾でいっぱいだったのだから。
気づけば私の赤組は勝利していた。
周囲のチームメイトは喜んでいるが、それどころではない。
私のポケットには、とても危険な物が入っている。
これをどうしたら良いのかまったく分からない。
保育士さんに相談すれば、一発で解決しただろう。
だけど、当時はそれをしなかった。
そういうことが思いつかないほど、パニックになっていたのだ。
そして誰にも爆弾のことを打ち明けられないまま、帰る時刻となる。
ポケットの中の爆弾をどうして良いのか分からないまま、帰り支度をし、迎えに来た母と歩き出す。
母の顔を見たら安心してしまい、涙が出てきた。
母が「どうしたの?」と聞いてくる。
私はとうとう打ち明けることにした。
「ねえ、お母さん。これ、爆弾だって。どうしよう」
私がそう言ってティッシュにくるまれた例のものを取り出す。
それを見た母は、私から爆弾を奪う。
「こんなゴミ、捨てなさい」
それだけ言うと、母は運動場の隅にあったゴミ箱に爆弾を捨てた。
そうか! 開けずに捨てれば爆発しないんだ!
お母さんって頭いいなあ。
私はそう思って、母をとても尊敬した。
恐怖から開放され、スキップして帰った。
平和って、素晴らしい!
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