答えは出た

「……いや。ダメだろ」

 帰らなくていいというのは嬉しい限りなのだが……。流石に。

「流石に男女で一夜を過ごすって言うのは」

「ばっ! そんなんじゃないよっ! ただむっくんが心配で……」

 すごい勢いで顔が真っ赤になっていっている。

「そうかもしれないけど……」

 踏ん切りがつかない。何もしないっていうのは誓えるつもりだが。それでも気恥しいに変わりはない。

「じゃあ、やめとく?」

 やめとく=帰れ。ということだよな? それはそれで嫌なんだよな。

「いや、やめない。泊まる」

 神に誓う。やましいことはしません。これでOKだ。

 そう言い聞かせ、俺は緋里の家に泊まることにした。

***

 緋里には変わりないが、俺には贅沢と思える一般の人なら間違いなくしている行為を行う。

 いわゆるお風呂だ。

 最初に緋里が、続いて俺が入った。俺が上がる頃には布団が敷かれていた。

 な、な、なんと……、隣り合わせに。広さ的に考えて仕方ないことかもしれないが……、とってもいやらしい気分だ。

「絶対何もしないでよ?」

「わかってるよ」

 電気を消してから緋里がそう言うので、俺は強気で答える。なんてたって神に誓った身だからな。

 そうして互いにそっぽを向き、布団に潜り込む。

「そこは嘘でもするとか、わかんないとか言ってよね」

 小声でそう呟くのが聞こえた。漫画やアニメなどではここで「なんて?」とか聞き返す場面かもしれない。

「神に誓ったからな。今日はしない」

 だが俺はそんなこと言わず、本心で答える。

「今日か。そっか」

 声のトーンが上がった気がしたが、理由はわからない。なんだってんだよ。

「なぁ、そろそろ答え教えてくれよ。昼間、寝たのは悪かったからよ」

 暗闇に慣れてきた目でぽーっと天井を眺めながら訊く。

「どうしよっかなー」

 先ほどと変わらぬテンションでそう言っている。長年の付き合いからいくとかなりチャンスと伺える。

 ということで更に訊いてみる。

「漢字を分解すんだろ?」

「そうだよー」

 俺は頭の中に3枚のチケットを映し出す。諸島とか後ろについてるのはとりあえず無視することにする。

「1枚目は白豪。白を分解すると日とか一とか口か。それで豪は口くらいか?」

 緋里は黙ったまま続きを待っているようだ。

「門にありて、口にない

 心にありて、体にない

 ていにはありて、帝にはない。だから、口は無いのか。ってことは白豪諸島は違うってことか?」

「正解! これで二択になったね」

 隣の布団から聞こえる優しい声と漂う甘い香りが俺の下半身の欲望を刺激する。

 だが、耐える。神に誓ったんだ。ってか、誓わなきゃよかった……。心底そう思う。

「んで、次はなんだっけ」

「羽草群島だよ」

 先ほどのいやらしい考えで折角記憶していたものが霞む。

「そうか。これを分解か」

 何か間にもう一つあった気がするんだが、まぁ良しとするか。

 俺は頭の中で漢字分解を始める。羽は……。

「あれ。羽って分解できなくねぇ?」

「んー、どうかな?」

 含み笑い答える緋里。ふん、この答え方は分解できないやつだな。

 昔から緋里は俺のミスに対して絶対笑う。だから、今回もそうだ。羽が分解できるかもって考えた俺の考えはミスってんだ。

「分解できないんだな」

 はぁ、と隣から短いため息が聞こえた。

 そう簡単にはいかねぇーよ。

「どんだけお前と一緒に居たと思うんだよ」

「へっ!?」

 間抜けな声が返ってくる。あっ、声に出てたパターンだ。どこから声に出てたんだろ。気になる。が、その前に暗号だ。

「草の分解は……。日に十ってとこかな」

「う、うん……」

 何か照れたような声がする。まぁ、いいか。

「日はさっきので無かったから可能性は十の方か」

 てか、これどうすりゃいいんだ。わかんねぇ。

「分解したのはいいけどそこからどうするんだっけ?」

「自ずと出てくるって言ったじゃん?」

 素っ気ない返事が返ってくる。

 何なんだよ。照れたみたいになったり、ムスってしたり。

「自ずとなんて言われてもわかんねぇーよ」

「自分で考えれば」

 え、そんな怒るようなことしたっけ?

 楽しそうな様子は欠片もなく、冷たくツンケンな声音で返されるので、そんな風に考えるも思い当たる節はどこにもない。

 埒があかない。そう思い俺は寝返りを打ち、緋里の方へと向き直る。

 そして、体を乗り出し緋里の顔を覗き込む。

「どうすりゃいいんだよ」

 そう訊くも緋里は何度もエサを待つ雛鳥のように口をぱくぱくさせて答えてくれそうにない。

「んだよ、何か言ってくれよ」

 更に顔を近づける。

「おっ!」

「きゃっ!」

 2人の声がシンクロする。互いの鼻頭がちょんと触れ合ったのだ。

 これには流石に驚く。

「わ、悪い」

 そう言うも緋里から返ってくるのは沈黙だった。

 これはミスったな。答えてくれないかもしれない。

 そう思った矢先、「何もしないっていったじゃん」とか弱い声が耳に届いた。

「こ、これはだな。事故だ。だから誓いは破っていません。ごめんなさい!」

 天井を仰ぎながらいるかどうかも定かでない神様に両手を合わしながら言う。

「誰に言ってんのよ」

「いや、一応神様?」

「神様って何よ」

「ごめんって」

 体勢を戻し、囁くように呟いてから再度訊く。

「分解してからどうすればいいんだ?」

 しばらくの間沈黙が流れる。緋里は答えるか答えないかを迷っているのか、はたまた答える気が無いのか。今の俺にはどちらか分からない。

「……」

 背中越しにいるはず緋里の吐息のような声がした。しかし、それはこもりすぎて何を伝えたかったのか察することも出来ない。

「なんて言ったんだ?」

 悪いような気もするが聞き返す。

「だから、それを暗号文の漢字に組み合わせるの」

 やけになった風に答える緋里。

「そっか。わかった、ありがとう! やっぱり緋里はすごいな!」

 それだけ言うと俺は脳内を暗号解明にシフトする。

 十を組み合わせるんだろ。門に十……、なんてあるっけ。

 それで口に十か……。あった! 田んぼの『田』だ。

「口には田があるぞ!」

 興奮気味に声を荒げる。ってことは……

「答えは羽草群島か!」

「馬鹿なの?」

 ふふっ、と短い笑い声をあげた後そう吐く。

 笑うってことは機嫌直ったんだな。よかったよかった。女子って生き物はよくわからんな。

「何が馬鹿なんだよ」

 それにしたって馬鹿って失礼極まりないな、おい。

「馬鹿だから馬鹿って言ってるの」

「何がってつってんだろ!」

 馬鹿を連呼され、少々頭にきて怒りを含んだ声で言い返す。

「暗号文思い出せば」

 蔑むように冷たく言い放たれる。そんな言い方する必要あんのかよ。

「門にありて、口にない

 心にありて、体にない

 ていにはありて、帝にはない。だろ?」

 そこまで言って気がついた。口に……じゃん。

「てことは、羽草は違うってことか?」

「そーだよ。だから馬鹿って言ったんじゃん」

「もっとわかりやすく言えよな」

 楽しそうに言う緋里に力無く言う。

「じゃあ必然的に答えは摂淵島か。分解すると……耳だけか?」

 そう呟くのに対して緋里からの言葉は返ってこない。

 仕方が無いので1人で続ける。

「門に耳は……、『聞』だ! それで口に耳はなくて。心に耳? んなもん無いぞ?」

 隣から盛大な笑い声が上がる。

「耳を左側に心を右側にもってきてみて」

 耳を左で心を右? んな……できた!

「『恥』か!」

「そうよ。ほんとダメダメね」

 弾みのある声に戻って本調子を取り戻したようだ。

「ほっとけ。それで、なんだっけ……。体にはないか。体に心……おぉ、ほんとにねぇ!

 それでそれで呈にはあるんだよな。これムズイだろ」

 1人でそう呟く。

「アンタには絶対わかんないわよ」

「なんだと!!」

 茶化す緋里に言い返す。言い合ってる時間も案外悪くない。そう思えるようになってきた。引きこもっていた俺に楽しみを社会を取り戻してくれた。解いて良かったな。解き終わってもないのにそう思えてきた。

「オリンピックにある聖火の『聖』よ」

「……、おぉ!! マジだ。すげぇ……」

 心から感心する。

「帝に耳は無いな。絶対見たことないもん」

 絶対俺1人じゃ解けなかった。ほんと感謝だな。

「答えは摂淵島ってことだな」

「そうよ」

 心の中のモヤが綺麗に晴れた気がした。

「ありがとー!!」

 そしてこの達成感を伝えたくて隣にいた緋里を反射的に抱きしめた。

「えっ……」

 緋里の声はそれで途切れた。驚きの余り声が出せてないのだ。

「ほんっと、緋里がいないと一生解けて無かった。マジでありがとう」

 強く抱擁し、耳元でそう囁き離れる。

 緋里がどんな風に思ったかは分からない。でも、溢れ出てくる感謝を伝える方法が馬鹿な俺にはこれしか思い浮かばなかった。

 それから布団に戻り、そっと目を閉じた。

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