Let's 謎解き

 暗号文とのにらめっこが続く。ヒントらしいヒントはどこにもない。

「頭の悪い俺にどうしろってんだよ」

 暗号解読開始から既に30分が過ぎ、嫌気がさしてくる。

 てか俺がこれ解く義理とかなくね?

 そんな思考がめぐり、謎解きを中断する。

「あーあ、無駄に腹減った気がする」

 最小限の大きさで言葉を発するとベッドの上に転がる。

 くしゃあ、という紙を踏んだような音がした。いや、実際には押し潰したのだ。

 何だよ、ムカつくな。

 エネルギーを消費しないために言葉には出さず心の中でぼやく。

 俺は転がったその場から動くため右方向へ体の向きを変え、その正体を確認した。

 茶封筒だ。

 そこまでして俺に関わってくんのかよ。

 偶然とは思えなかった。誰かに意図的に意識を暗号へと向けられている、そんな風に思った。

 ちっ、と軽く舌打ちをすると再度暗号を手に取る。

『門にありて、口にない

 心にありて、体にない

 ていにはありて、帝にはない』

 謎でしかない暗号に俺は頭を捻る。

「門にはあって口にはない……か」

 門って一括りに言われてもさ、いっぱい種類あるじゃんけ。それに門にあって口に無いもんなんて数え切れない程あるだろう。

 俺の無い頭では無理だ。

「って、これって協力無しなんて書いて無かったよな?」

 黄ばんだ古紙を持ち上げ顔に近づける。

「正しき道ってのは書いてあるな……。でも、協力なしとは書いてない」

 よしっ、と思い俺は古紙をテーブルの上に置き立ち上がる。

 代わりに10円玉を数枚握り、部屋を出る準備を整える。と言っても鍵を手にするだけなのだが。

 いつもなら絶対にしない2度目の階段。1回目よりさらに早い段階で息が切れる。

 赤く錆びた階段を降りるたびに鳴る、かこんかこん、という音と春の生暖かい風の音が不協和音を織り成す。

「もう1回上がらねぇーとなんて、死にそう」

 1人で恥ずかしげもなく弱音を吐く。

 そして階段を降りたところにある電話ボックスに入る。

 手にした10円玉をモノ惜しげに見つめてから公衆電話に入れる。そして0から始まる彼女の自宅に電話をかける。

「あっ、もしもし」

『もう、むっくん! そろそろ携帯買ってよ!』

 電話の向こうから甲高い女の声がする。名を福島緋里ふくしまあかりという。

「あぁ、また今度な。それよりも今から俺んち来れるか?」

『はぁー!? 今から!?』

「そう今から」

『なんで?』

「大事な用があるから」

『んー、分かった。準備してから行くから20分後くらいにつくと思う』

「わかった、ありがとう」

 息付く暇もなく俺は電話を切る。

 緋里とは幼馴染みで俺が家出るって言ったら一緒に近くまで出てきてくれたイイヤツだ。

 それにしてもあいつよく来れたな。今日平日だぞ。大学か専門学校通ってるよな……。

 そんなことを考えながら俺は計4度目の階段を上がる。

 3段目から肩で息をしないといけないレベル。そんじゃそこらの爺さんよりよっぽど弱いよな。

 貧弱な体を鼻で嘲笑わらいながら手すりにしがみつくようしにて登りきる。

 鍵を開け部屋に入り、ベッドに転ぶや直ぐにドアがノックされ、俺の名前を呼ぶ声がが耳をかすめる。

「まじかよ。休憩させて……」

 呼びつけておいてなんだが体は悲鳴を上げつつあるように感じられた。

「はいはい」

「呼び付けたくせにー、何そのゲッソリした顔!」

 緋里どう見えたかわからないが俺の顔はいつもと違うようだ。

「悪い悪い。階段の登り下り頑張ったから」

 そう告げるや緋里はあからさまに膨れっ面になった。理由は不明だが、こんな言葉をぶつけられる。

「しっかりしてよね! おじいさんじゃないんだから! それにそんなむっくんより昔のむっくんのがカッコ良かったよ……」

「昔は昔だ。今じゃない」

 昔のこと言われたって……、嫌になるだけだ。

 俺は黙ったまま緋里を部屋に入れる。狭く汚い部屋に緋里は何一つ文句をつけず入る。

「で、大事な用って?」

 黄のパステルイエローのワンピースに身を包んだ緋里はベッドの傍に腰を下ろし訊く。

 俺はベッドに横になりながら気だるげに答える。

「暗号、解いて欲しい。緋里、推理小説好きだろ?」

「はぁーえぇ!? ムリだよムリムリ! 推理小説は好きだけど推理なんてできないよ!」

 緋里は顔の前で手をパタパタさせながら言う。

「大丈夫だって。俺も解けねぇーから」

 布団で声が篭るのがわかる。その声を耳にすると途端に説明するのがめんどくさくなり、暗号文と3枚の孤島行きチケットを渡す。

 緋里はもぅー、と言いながらも暗号と3枚のチケットに釘付けになっていた。

 それを横目で確認しながら「頼んだ」とだけ告げ、重くなってきた瞼を下ろす。

「えっ、ちょっと……。寝ないでよ!?」

 そんな声が耳に届くも眠気に勝るものはない。だから、おやすみ。

 そこから外の音がぴしゃっとシャットダウンされた。

***

 目が覚めたのはそれから約2時間後だった。

「おはよ」

 怒りを含んだ声だった。

「おはよ。やっぱり怒ってる?」

「当たり前でしょ!! 急に大事な用があるとか期待させるような事言って呼び出して!? それが暗号解いてとか訳の分からない内容で、その上むっくんは私が来た途端寝ちゃうし!? そりゃあ誰だって怒るわよ!!」

 目も鼻も剥いて怒りを吐露する。

「ご、ごめんって……」

 こうなると手つけられないんだよなー。

 やばいな。

 そんな感情が胸中を渦巻く。

「もうっ! 次やったら許さないんだからね」

 意外とあっさり引いてくれたことに驚きが隠せないでいると次の言葉でそれが理解出来た。

「それよりも……、私わかっちゃったの。暗号の答え」

 自信に満ちた笑顔だった。誇らしげにない胸を張る。これ言ったら怒られるんだけど。

「マジで!?」

 それよりも暗号解けたっという言葉が衝撃だった。呼んだのはいいものの、多分解けないだろうとタカをくくっていた分驚きは大きかった。

「答え、教えてくれよ!」

 興奮を全身で表現したように言う。

「い・や・よ」

 色っぽくーー本当は全くもって色っぽくないのだがこう言っておかないとあとが怖いーーそう告げる。

「なんでだよ!」

「むっくんが間に解いたからよ」

 寝てる、という単語をこれでもかというほど強調してくる。

「そ、それは……。悪かったよ」

「本当にそう思ってる?」

 疑いの目で見てくる。

「あぁ、本当だっ!!」

 ここがチャンス! そう思い言葉に力を込める。

 緋里はじっくりとそれを聞き遂げる。小汚い部屋には若干の西陽が差し込んできている。

「んー、わかった。じゃあ、ヒントを上げるよ」

 緋里は人差し指をピンっと立て、そんな発言をし、続けた。

「しっかり聞いててよ。ヒントは……、チケットの中にある」

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