Key letter
リョウ
謎の誘い
レベルの低い公立高校を卒業した俺は、進学することもできず、就職することもできずにいた。
季節は春だってのに俺の周りはまだ冬だ。
部屋にこたつだって残っている。
「ふわぁ〜」
カーテンの間からは溢れんばかりの陽射しが部屋に入り込む。
電子時計の文字はとうにお昼を過ぎていることを教えている。
しかし、俺は起きる必要もない。更に言うならば、起きてお腹が減るくらいなら寝てた方が全然マシだ。
まぁそれで床ずれなんてことになったらそれはそれで問題なのだが。
テレビもつけなければ、携帯があるわけでもない。金がない俺にとってそんな贅沢品を持つこと、あるいは使うことは不可能に近いことなのだ。
「一攫千金、狙いてぇー」
乾いた喉からそう発する。かさかさになった唇の皮を人差し指でいじりながら、それを徐々に剥いでいく。
勢いよく剥げば血が出る。それにならないようにするのが時間つぶしにはもってこいなのだ。
「今日は……飯食べる日か」
3日に一回が俺の食事だ。それ以外は毎食コップ一杯の水道水。
たった一ヶ月も経ってないのに体はげっそりとし始めている。
親の元に居ればな。常日頃思うことだ。
ただそれは叶わぬ願い。
「勉強も仕事もしないやつに家にいる資格はない!」
そう言われ追い出された結果がこれだ。今いるアパートだって、水道以外何も通ってない格安アパート。
細くなった脚で立ち上がり、部屋から出る。
部屋番号の202という文字が錆れ、ほとんど原形を留めていない。
築何年だよ。と思いながら、外の非常階段を下りる。
錆びつき、赤茶色になった手すりに体を預けながら1歩1歩丁寧に下りていく。
やっばい。階段下りるだけでこんなに疲れるなんて……。
大きく乱れた呼吸を整えながら思う。
慣れない足取りで最寄りのコンビニまで歩く。最寄りといっても歩いて15分ほどかかる。しんどい、という感情が支配していくなか俺は歩き続ける。3日ぶりの食事を求めて……。
やっとの思いで辿りついた時には汗でびっしょりになっていた。
そして、コンビニの中はこれでもかという程冷房ががんがんに効いている。
かいた汗が一瞬で吹き飛ぶ。す、涼しい……。
自宅にはこういった機器がないため、コンビニに来た時に味わえるこれは楽しみの一つでもあるのだ。
「おっと。飯だった」
当初の目的を忘れかけていた俺はそれを思い出し、独りでにつぶやく。
がま口財布をポケットから取り出し、中を確認する。所持金678円。
ため息が漏れる。仕方がない。いい年超えて千円札一枚もろくに持ってない。悲しくなる。
俺は弁当が陳列されている場所へ移動すると値札とにらめっこを始める。
「三食おにぎりが512円。牛丼が……498円。って全部高い……」
所持金の少なさと物価の高さを嘆きつつ、俺は泣く泣くカツオのおにぎりと 鮭のおにぎり二つを手に取りレジへと向かう。
「108円の品二つで216円です」
優しい笑顔を向けてくれる50代くらいのおばちゃん店員。
俺は五百円玉と16円を支払う。
「三百円のお釣りね。ありがとうございました」
お釣りを受け取ると、足早にコンビニを出る。本当はもう少し涼んでいたいのだが、食事を買うとお腹が鳴って仕方がないのだ。
ここに来てすぐの頃。まだ街はひんやりとしていた。弁当を片手にもう少しここで温まって行こうと思ったのだが、ぐぅぐぅと腹の虫がうるさく恥ずかしい思いをしたことがある。だからすぐに出るのだ。
そんな羞恥の思い出を脳裏にかすめながら自宅へと戻った俺はカーテンを開け、窓を開け空気の入れ替えをする。
新鮮な生暖かい春の風が部屋を吹き抜ける。
それを身体で感じながら俺はおにぎりの包装を破る。
指示された番号順に破っていく。上手いことできてるよな、と思いながら手についた味付き海苔をペロッと舐める。
味付き海苔が口いっぱいに広がるのを感じながら、おにぎりにかぶりつく。パリッという快音を鳴らす。
そんな時だ。ドアがノックされる。
「すいません。
聞き覚えのない声が玄関の外から聞こえる。
せっかくの食事を邪魔しおって。
腹立たしい気持ちが込み上げてくる。
俺はそっと音を立てないように玄関へ近づき、扉に設置してある覗き穴に左眼を当てる。
運搬会社の制服を着た男性がインターフォンのない家の配達に戸惑っているのがよくわかった。
「はい」
俺は開けると軋む音がする玄関を開ける。 その音にその男性は一瞬嫌な顔をするが、俺が出てきたことに自然と安堵の表情をこぼす。
「こちらの封筒があなた宛に届いております」 明朝体で書かれた俺の名前が簡易な封筒には似合わない。
「は、はぁ……」
気の抜けた返事をする。ここに来てはや半月。訪れる者はゼロだった家に人が来たかと思えば身に覚えのない配達物が届く。
何だってんだよ。
そう思いながらも言われるままにサインをする。
「では、私はこれで」
深々と礼儀よく頭を下げるとその男性はさっさと階段を下りていった。
普通に生活してたらあれくらいの速さで下りれるのだろうか。
そんなことを考えながらまた軋み音を響かせ、扉を閉めた。
部屋に戻ると俺は直ぐに食事を再開させた。
封筒のことも気になりはしたものの、先決は食事だ。口いっぱいに広がる香ばしいカツオの風味。眼前にカツオが泳いでいるのが容易に想像できる。
「うん、やっぱりこれだよな。白米とこのカツオの絶妙な塩加減が最高なんだよ」
お茶、もとい水道水で流し込むことは絶対にしない。もったいない。
次に鮭のおにぎりに手を伸ばそうとする。体が自然と長い間空腹だった腹を満たそうとしてくる。
しかし、俺はその欲望をぎゅっと堪える。
「鮭のおにぎりは……夜に置いておくんだ。夜に……、夜に置いておくのだ……」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと唱える。
不意にベッドの上に投げていた先ほど届いた封筒が目に止まる。
「一体何だったんだ……」
俺の至福の時間を邪魔しやがって。という言葉を飲み込み封を切る。
触り心地は至って普通。ゴツゴツとしたものもなく、一箇所だけ特別出っ張っているということもない。
だから逆に不安になりつつもあるのだが。
封を切った封筒を逆さにし、シェイクする。
紙が擦れる音とともにぱらりと数枚の紙が落ちる。
黄ばんだ古紙に鮮やかな色にプリントされた三枚の縦五センチ、横十二センチ程の長方形の紙が宙をまう。
俺はまず三枚の長方形の紙を手に取る。
何かのチケットのようだ。"
「どれも聞いたことないな……」
ボリボリと音が出るほど頭を掻きながら三枚のチケットを順番に見ていく。
そしてもう一枚封筒の中に入っていたことを思い出し、それを探す。
「どこに落ちたんだよ」
己の愚業にため息をつきながら床を這う。
しかし、全然見当たらない。机の上へ見当たる範囲すべての床にはなかった。
残る可能性は俺が実家から持ってきたこのベッドの下しか考えられない。
ホコリがたまっているだろうからできれば見たくなかったが仕方ない。
嫌だという気持ちを抑えつつ、体を屈め覗いた。
「……あっ、あった」
手を伸ばせばギリギリ届く範囲のところにそれはあった。
しかし、それに至るまでにはホコリの海を乗り越えなければならない。
俺は一旦、元に戻り着ていたTシャツを脱いだ。
そうして剥き出しになった腕を見て頷くと、再度体を屈めベッドの下を覗き込み、手を伸ばした。
腕にホコリが絡み付いてくる。
「うげー、気持ち悪っ」
ぼそっと吐く。それによりホコリが鼻に侵入してくる。俺は一気にむせかえる。
ベッドの下から顔を背け、咳き込む。
「あぁっ!!」
怒気のこもった叫びを上げ、更に手を伸ばす。
人差し指の指先がホコリとは違う何かに触れる。
よしっ。心の中でガッツポーズを決めながらもうあと少しだけ手を伸ばす。それによって限界が来る。
「これっ……以上……はっ、……む、無理」
ベッドの外枠に肩がかすれ、痛みが襲ってくる。
俺は顔を
黄ばんだ古紙が手元に返ってくる。
伸ばした腕はホコリまみれ。深く大きなため息をつき、台所へ向かう。そしてそこでホコリを流し落とす。
「水道代かかるんだよな、これ」
実家にいた時には何も思わず使っていた水がこんなにも貴重に感じるとは……、人は変わるもんだな。
「って、それよりも」
腕についた水滴を拭き取ると、古紙を見る。
達筆に書かれた文字がある。とても綺麗な字だ。誰が見ても読み間違えることのない綺麗な字。
「門にありて、口にない。
心にありて、体にない
なんだこれ?
大きく書かれた文字は何やら暗号らしい。
「これとチケット、何の関係が?」
疑問を口にしたところで、大きく書かれた文字に気を取られていて気づかなかったがその下に小さく文字が書かれていることに気づいた。
「なになに……、正しき道に進みけれ。そこに真実の宝が眠る」
正しき道……。宝……。
ますます頭がこんがらがる。
「暗号に正しき道? それに宝?」
つながりが読み取れない。
糖分とってないからな、と言い訳をしてしまう次第だ。
「俺ダメだな」
とにかく嫌になってくる。
そう思い俯いた瞬間、俺の頭に
「もしかしてっ!」
声を張り上げる。
そしてもう一度真剣に古紙を見つめる。
「わかったぞ。これは……、この三枚のうち正しいチケットを使って宝探しに行くってことなのか?」
言っているうちに自信が無くなり、声がデクレッセンド状態になる。
それでもいい、それを信じてやってみる。時間つぶしにはなるだろう。
まだ到底本気で行こうなんて思えない。誰かに騙されてる可能性のが高いのは事実だからな。
「門にありて、口にない
心にありて、体にない
まずはこれを解くところからだ。
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