理由
「乙木は母親に逃げられてからはずっと部屋にこもっていた。そしてそれからは自己防衛本能なのか丸一日の記憶を全て消してしまうようになった」
既に乙木は床について寝ていた。
僕は篠宮総司さんと二人で話をしていた。
どうやら乙木は総司さんの娘で間違いないとのことらしい。
それを乙木は覚えていた。
乙木はある日を境に記憶を1日しか保てなくなったらしい。
それは数年前に母親捨てられた日。
そのショックを消そうとしても乙木はその記憶を消すことができなかった。そして乙木はだんだんとボロボロになっていった。
そこでやっと自己防衛本能が働いたのだろう。
その日を含む、それ以降の記憶は全て寝てしまえば忘れてしまうようになってしまったらしい。
「それでも君は、乙木を守りたいと思うかね」
「はい、関係ないです」
好きだとか恋だとかなんかそういうのはまだまだわかんないけれど、あの時守りたい、守らなきゃって思ったのは本当の気持ちだったから。
「なら10年後にまた来なさい…10年たったって君の気持ちが変わらないならば君に娘を守ってもらおう」
これが今日二つ目の約束。
◇◇◇◇◇◇◇
「亡くなるまで私は気付けなかった。いや、もしかしたら気づこうとしていなかったのかもしれないな」
「やはりコック長は…」
「洋介くんは気づいていたのかい?」
「はい、実はコック長とも約束していたんです」
3つ目の最後の約束は本人に見届けてもらうことはできなかった。
乙木のお母さんとの約束だ。
「彼女はなんと?」
「絶対に10年後、乙木を迎えに来い。ただそれだけです」
「なんだ、それじゃあ私と全く同じじゃないか」
なんだかんだ夫婦なのかもしれない。
「実はこのメモを渡してくれって頼まれたんだよ…」
差し出したメモは『コック長から洋介くんへ』と書いてあった。
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洋介くんへ
このメモは誰にも見せないでください。
このメモを読んでいるということは私との約束を果たしに来てくれたってことなのね。
12年前私は彼女を捨てた。
言い訳させてもらうつもりはないのだけれど、あの時の私はおかしかった。
子育てをすることに不安というよりも恐怖を抱いていた。
かつて私が虐待されていたように、私もあの子に手を出してしまうのではないだろうかと。
あの子を守るという言い訳を作って私は子育てを投げ出した。
でもそのあと聞いたの。
私があの子を捨てたことせいで記憶喪失を患ってしまったことを。
その罪滅しのつもりで私はコック長になり、あの子を見守ることにしたの。
だからこそ仕事には厳しく、特にあの子に食べさせるご飯だけは私自身が作りたかった。まあ厳しすぎて『首切りコック長』なんてあだ名もつけられていたようだけれど。
あなたには私の分まで彼女のそばにいて欲しい。
それが私との約束を果す補いだよ。
本当の願い。
「乙木の結婚式を見せて欲しいという願いを叶えられなかった私の最後の願い」
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