生徒副会長は百合属性かよ……

 翌日。


 衛は制服に着替え、学園に向かう。本来ならば土曜日なので休みであるのだが、衛はまだ完全に転校手続きが終わっていないため、休日である土曜日に終わらせようとする学園側の配慮である。しかし、意外にも制服を着ている学生が多く見られた。寮のエントランスでも、商業都市でも、バス停でも制服を着ている生徒がいた。


 それらを横目に見ながら、衛は学園に足を運ぶ。昨日通っただけあって迷うことなく学園に行くことができた。と、正門の前に人影がふたつ見える。一人は昨日見たカティエナで間違いないだろうが、もう一人は初めて見た。


 カティエナにくっつきそうな距離で背中に隠れている。青みがかった髪に、エメラルド色の瞳、そして幼さを残した童顔が特徴的である。しかし、童顔の見た目に反して身長と胸が中学生であることを否定していた。隠れていてもわかる身長の高さに、今にもはち切れそうな勢いのある胸が意識をそちらへと自動的に誘導されてしまう。


「おはようございます。今朝はゆっくりできましたか?」

「ああ。おはよう。おかげで早めに眠ったからか、今朝は目覚めがいいな」

「それは何よりです」


 カティエナが挨拶をしてくる。衛もそれに返事をした。が、それはすぐに違和感へと変わった。先ほどから後ろで見ていた少女が、衛のことを威嚇し始めた。「フシャーッ」と猫が威嚇しているような声を出しながらこちらを睨んでいる。どう反応しようか困っていると、カティエナが少女の頭を軽くトンと叩いた。実際には痛くないのだろうが、叩かれた頭を抑えながら涙目でカティエナを見ていた。何だ、この生き物。


「いきなり威嚇するのはダメって言ったじゃないですか」

「だってぇ!このケダモノ、会長にいきなりタメ口で話してきたんですよ!そんなのは副会長であるあたしが許すわけないじゃないですか!」

「彼とは既に昨日会っていますよ。それに私公認でタメ口で話しているんです」

「は!さてはうちの会長を脅迫して言いくるめましたね!?エロ同人みたいに!!」

「何てことを大声で言い放つんだ、このロリガキ!!」

「なあ!?誰がロリですって!?あたしは見た通り、高校生だ!バカにすんな、ケダモノ!!」

「だ・か・ら、人から誤解を招かれることを大声で言うなって言ってんだよ!!」

「男なんて所詮は人間の皮を被ったケダモノの集団でしょう!!何で男なんて不浄な存在がいるのかしら!?」

「黙れ、クソロリ野郎!!大体、何で男をそこまで毛嫌いしてんだよ!!」

「そんなのあんた達男が―――」

「はいはい。喧嘩はそこまでですよ」


 衛と少女との言い争いの仲裁に入ってきたのは、紛れもなく生徒会長であるカティエナであった。困ったような、怒ったような表情で衛達を睨んでくる。見た目は可愛いのだが、何故か威圧感が目の底から込み上がっていた。これには男である衛も怖気づいてしまう。衛達が静かになると、カティエナはニッコリと笑みを浮かべて口を開いた。


「申し訳ありませんでした。この娘は少し男性が苦手なだけですので。それとユリアナもです。あれほど私が釘を刺しておいたというのに」

「そ、それは……流石に無理がありますよ。やっぱり男と行動するのなんて」

「仕方がありませんよね。以前まではお嬢様学校だった美浜学園を、共学にしてしまうのですから。まだ男性も少ないですしね」

「ここって元々はお嬢様学校だったのか?」

「ええ。私や彼女も、そしてこの学園通っている女性の大半は、有名な名家が多いんですよ」


 それは初耳である。通りでアトランティスにある学園でも聞いたことがない学園だとは思ってはいたのだが。以前まではお嬢様学校であること。それを考えると、そこに在学している女性との大半は男に慣れていないわけで。彼女のような反応はある意味合っているのである。


 と、二人のやり取りを何となく見ていると、あることに気がついた。カティエナの苗字は確か『ドール』だったはずだ。ドール家は世界でも知られた有数の名家であり、ドール家が経営する会社は実に100を超えるとも訊いたことがある。そりゃあ、寮のエントランスが高級ホテルのような内装になっていてもおかしくはない。


「てことは、彼女もその名家の一人娘なのか」

「そうですよ。名前はユリアナ・ヴィクトリア。あのヴィクトリア女王とは接点はありませんが、ヴィクトリア聖祭を毎年主催している名家の一つなのですよ?」


 ヴィクトリア聖祭。起源は19世紀のイギリス。女王ヴィクトリアを称えるために開かれた世界でも類を見ない三大聖祭の一つである。かつては彼女の血を引いている名家が主催者として執り行われていたらしいのだが、今から10年以上前に何者かによって暗殺されてしまい、その血が途絶えてしまったのだ。そこで白羽の矢が立ったのが、ヴィクトリアの名を引くユリアナの家だったらしい。


 彼女がこの学園に通えているのも、その名前があったからこその賜物なのだろう。彼女の努力もあるのだろうが、その大半はやはり聖祭を執り行っているから故のものなのだろう。


「勝手に人の自己紹介を……。まあ、会長だからいいんですが。今日のところは会長に免じて許しますが、次からは絶対に許さないからね!」

「……俺は別にお前の名前を訊きたいわけじゃなかったんだが」

「お、お前って言わないで!あたしにはユリアナって言う立派な名前があるの!ち、ちゃんと名前で呼びなさいよ!」

「教える気がないのかそうじゃないのか、はっきりとしてくれよ……」


 名前を教える気がないのなら、お前呼びをしても仕方のないことだろう。まあ、名前はカティエナに教えてもらってしまっているのでその上で彼女も名前で言えと言ったのだろう。なんて身勝手な。


 しかし、衛はそれとは別にまた違った疑問を抱いた。見ている限りではあるが、カティエナとユリアナの距離が明らかに近い気がする。と言うか、ユリアナの腕がカティエナの腕に絡みついているように見える。カティエナはあまり気にしているような素振りを見せなかったので、今まで気付かなかったが。


「なあ、ひとつ訊いてもいいか?」

「何でしょうか」

「何でユリアナはカティエナにくっついているんだ?」

「な、か、かかか、勝手に決まってるでしょう!あたしが好きで……その、う、腕を、つ、掴んでいるわけ、ない……じゃない……」

「……なるほど。わかったよ」


(まさか、俺の通う学園の生徒副会長は百合属性かよ……)


 明らかに動揺をしているし、目も右往左往に泳ぎまくっている。忙しそうである。だが、それを敢えて口に出すことはしない。ユリアナの顔が可愛らしさを残しながらも、鬼の形相でこちらを睨んでいた。可愛い顔であのような顔ができると、どれだけ器用なのかと驚かされる。


「さあ、お話はそこまでとして、まずは転入手続きを済ませてしまいましょう。その後はアトランティスの商業都市を案内しますよ」

「それはありがたいな。……こいつも一緒なのか?」

「はい。ショッピングモール内は彼女の方が詳しいですからね」

「嫌なら案内しないわよ?あたしだって本来は予定が入っていたのを、後回しにしてるんだから」

「……素直にユリアナの厚意を受け取っておく」

「な、何いきなり素直になってんのよ……」


 そのためにわざわざ先に入っていた予定をずらしてくれていたなんて。彼女は素直に自分のことを出すことが苦手なのだろう。では。


 衛達は休日の学園内に入る。部活動をしている生徒がいるが、それ以外の生徒はこの校舎内には衛達だけなのだろう。衛はカティエナとユリアナの後を追いながら生徒会室を目指した。

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