雷撃の風

カティアとお呼びしても構いませんよ?

 転入手続きを終えて、入間から寮と寮部屋の番号も教えてもらった。衛はそれらを頼りに商業都市を彷徨っていた。時刻は午後4時半過ぎ。日は既に傾き始め、空も海もオレンジ色に染まり上がっていた。商業都市は闘技場に向かった時とは違い、今は学生達がそこら中に見えていた。とは言え、仮にも同じ学生服を着た学生に場所を訊ける勇気は衛にはない。そのため、彼は自力で寮の場所を探す他なかった。


 しばらく歩くと、先程よりも学生達が多く行き来している通りを見つける。モニターを確認すると、その先に目的地である男子寮を差すマークが見えた。歩き回った甲斐があったのかどうかはさておき、ようやく目的地に着いたのだ。衛はその通りを歩き、男子寮の前で足を止めた。


 『皐月寮』。それが衛が新しく入居する寮の名前である。衛は早速寮の中へと入っていく。寮の中はどこぞの高級ホテルのような造りをしており、エントランスには受付とスーツを着た男性の姿があった。衛は入間に言われた通り、まずは受付の方へ足を歩んでいく。


「すみません」

「はい。えっと……あなたは」

「新しくこっちの寮に入居することになっている桐ヶ谷衛なんですが……」

「はい。お待ちしておりました。お話は担任である入間様から伺っております。こちらが桐ヶ谷様の部屋のカードになります。お荷物も届いておりますので」


 何とも寮とは似つかわしくない男性の対応なのだろうか。入った時から違っているとは思っていたが、こうも違っていると違和感がとてつもなくある。そんなことをいちいち気にしていると、こちらが疲れそうな気がしたので気にしないことにした。


 渡された鍵の番号と部屋の番号を一つ一つ確認していく。2階、3階と上がっていき、同じ番号の部屋を見つけた。その鍵をカード挿入口へ入れる。カチリと鍵の開く音がして扉が開く。流石アトランティス。扉は自動で開くようになっているようだ。中に入ると、ベッドと机以外には何も置かれていない簡素な部屋になっている。その奥には衛の荷物であろうダンボール置かれている。


 さらにその奥。そこには金色の髪をした少女がベランダでくつろいでいた。手には湯気が立っているティーカップを持ち、蒼い瞳で衛の方を見つめていた。まるで、何かを見透かしているかのようである。


「あら。予想以上に早い登場ですね。もう少しだけゆっくりできるかと思ってましたが」

「……ここって男子寮、何だよな?」

「はい。ここは間違いなく男子寮ですよ。そして、ここは桐ヶ谷衛、あなたの部屋ですよ」


 男子寮に女子がいること。そして、彼女が衛のことを知っているということ。衛の脳は整理以前に、話が全く追いつかない。見も知らずの女の子が自分の部屋にいるという事実。その事実を受け入れるのに、数秒かかった。


「あんた、誰?」

「あら。上級生にそのような口答えはいけませんね。まして、それが生徒会長だって知っての口答えですか?」

「生徒……会長?」

「あなたは敬語が苦手ですか?」

「そうだな。出来れば使いたくないな」

「仕方ないですね。私も堅苦しいのはあまり得意ではないですし」


 少女は立ち上がり、衛の方へと近づいていく。そして、衛の周りを一周するようにして衛のことを見回す。彼女が通るたびにふわりと柑橘系のシャンプーの匂いが漂ってくる。その匂いと近くで見られていることで、恥ずかしさが込み上がってくる。しばらくして彼女の顔が衛から離れる。


「自己紹介がまだでしたね。私はカティエナ・ファラン・ドールと言います。美浜学園の生徒会長をしています。敬語が苦手だと言っていたので、私のことは気兼ねなくカティアとお呼びしても構いませんよ?友人の皆さんは私をそう呼んでいますので」

「いや。別に敬語が苦手って人の名前にさん付けできないってことじゃないんだが……」

「そうなのですか?」


 カティエナはきょとんとした『はてな』を浮かべたような顔をしていた。一体、彼女の中の敬語とやらはどのような定義になっているのだろうか。訊きだしてみたいのだが、そこまで踏み入れる気はない。


「さて、私はこれでおさらばとしますね」

「結局、何しに来たんだよ」

「そうですね。強いといえば、桐ヶ谷さんがどのような人かを見に来た、とでも言っておきましょうか」

「は、はぁ……」

「それでは


 カティエナは先ほどいたベランダに行くと、そこから飛び降りた。しばらくそちらを見ていたが、今いる場所が4階だと気が付くと、慌ててベランダに駆け込む。しかし、既にカティエナの姿はなくなっていた。いくら生徒とは言え、アトランティスの生徒であり、ましてや生徒会長である。そこまで心配する必要はないだろう。


「さて、俺はシャワーを浴びて寝ようかな」


 そう言いながら、背伸びをする。その流れで空を見上げてみると、本州ではあまり見ることのできなかった星たちが、綺麗に輝きを放っていた。東京ではこんな綺麗な星は見ることができなかったな。『眠らぬ街・東京』とはよく言ったものだ。こんなに綺麗な星たちを見ることができなかったのだから。


 しばらく星を眺めた後、衛はベランダを離れて窓を閉めた。それからシャワーを浴びて、何も敷かれていないベッドに布団を敷いて、そのまま倒れこむようにして横になった。眠気に襲われるのはそう遅くはなかった。

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