君に勝つには、これしかないから……

「あら。よくここまで来たわね。あんたのことだから逃げ出したのかと思ったわ」

「そんなことできるわけないだろう。俺のこれからの学生生活がかかってるんだからな」


 闘技場スタジアムには既に水無月の姿があった。白を基調とした学生服に身を包みながら、黄金に輝く大剣を握っている。華奢な体には不釣合いな大剣である。水無月はその剣を床に突き刺して口を開く。


「ここまで来たらどっちかが勝つまで逃げ場なんてないわ。ここであんたとの差ってやつを見せてあげるわ!煌け、『レーヴァテイン』!!」


 彼女の持っていた黄金の剣が更に輝きを増したと思いきや、剣から具現化された炎が放出されている。彼女のガーネット色の目が更に真っ赤になっている。能力を使っている間は目の色が変わるようだ。


「レーヴァテインか……。炎を司る聖剣……」

「よく知っているじゃない。でも、その知識があったところであんたに勝ち目ができたわけじゃないわよ!」

「やってみないとわからないだろう」


 衛は鞘から日本刀を抜き出す。至って普通の日本刀であるため、特にこれといった能力があるわけではない。水無月が衛の剣を見ると、あからさまに馬鹿にしたような目で見下してきた。


「やってみる?そんなちっぽけな剣でこの私を倒すことができるっていうのかしら?」

「やってみせるさ。相棒こいつでな!」


 お互いに構えの体制に入ると、カウントらしきものが浮かび上がる。5から始まったカウントは1つずつ数字が減っていく。そしてカウントが0になった時、闘技場内に甲高い音が鳴り響いた。それと同時に水無月が床を蹴って衛との差を一気に詰めてくる。


「はあ!!」

「ぅぉおお!?ぁ……ぶねえなぁ!!」

「危ないも何もないでしょう。勝負は既に始まっているの。逃げずにかかってきたらどうかしら?」


 挑発をかけてくる水無月。普段なら挑発に乗ることはないはずの衛も、今は勝負とあってあっさりと挑発に乗ってしまう。衛は日本刀を構え直して、今度は衛から水無月との差を詰めていく。水無月はレーヴァテインを持ち上げて衛を待ち構える。そして二対の剣が交わり、闘技場内に金属音が鳴り響く。と、咄嗟に何かに気づいた衛は剣を弾きながら、後退していく。


「その炎、もしかしなくても本物?」

「流石にその距離でレーヴァテインを受け止めたら気がついてしまうわね。そうよ。レーヴァテインから放出される炎は全て本物よ。空気中の物質を変換、具現化させて造っているのよ。それとレーヴァテインが放出する炎の最大熱量は約3000度を越えるわ」

「あのまま受け止めてたら相棒こいつは溶けてたんだ」

「そういうこと。最初から普通の武器で挑んできたのが運の尽きだったのよ!」


 再び水無月が衛との差を詰める。一度は懐に入られたが、その攻撃を剣で何とか防いで一歩下がる。衛は既に防戦一方の状態だ。勝算が全く見えてこない。防ぐのがやっとである。どこかに隙はないのか―――。


「しつこいわね。ここまでしぶとく抵抗してきたのはあんたが初めてよ。どうせこのまま時間が経過するだけなのだから早めに諦める方が正しいと思うわ」

「……諦める、か。確かにその方が早いかも知れない」

「そうよ。だから―――」

「でも、俺は諦めが悪い性格でね。だから降参する気は全くないよ」

「……そう。これだけは使う気になれなかったのだけど、諦めが悪いのならこちらが諦めさせる場面を作るだけよ!弾けよ!『華炎弾フローラル・ブレッド』!!」


 水無月が叫ぶと彼女の周りに魔法陣が出現し、そこから無数の炎の弾が飛んでくる。衛はそれを見のこなしと剣さばきで防いでいく。しかし、弾の量があまりに多すぎて体の至るところを弾が掠っていく。火傷している部分や血がにじみ出ているところもある。体力も相当奪われていく。


「どうかしら。これなら諦めることができるでしょう?」


 勝ち誇った声で水無月は衛に話しかける。もう、ここまでか―――。そう思っていた時、衛はふと気がついた。彼は水無月を見て確信する。これなら、行ける―――!


「いや、俺は諦めないよ。さっきも言っただろう。俺は諦めが悪いって。俺は何度だって死にたくなった時があった。だけど、今までこの性格のおかげでここまでこれた。俺は、性格じぶんを最後まで信じる!」


 衛は無数に飛んでくる火炎弾に突っ込んでいく。剣で防ぐことも、避けることもせずに進んでいく。炎は全く当たらない。当たる気配がない。それを見た水無月は火炎弾の攻撃を止め、レーヴァテインを握ろうとした。ここだ―――!


「駆け抜けろ!『瞬足スレイプニル』!!」


 叫んだ瞬間、光に匹敵するほどの速さで衛は水無月の背中側に立っていた。水無月自身も何が起こったのかわからず、その場で立ち尽くしていたが、手に持っていたレーヴァテインが炎の塵となって消え、水無月もその場で力なく膝から崩れ落ちた。


 上空のモニターには『Winner 桐ヶ谷衛』と表示されていた。……勝ったのだ。アトランティスに来てまだ初日。非公式の形だが、それでもアトランティス来日初日から初陣を飾ることができた。しかし、衛の表情はとても浮かない顔をしていた。倒れている水無月のところへ歩み寄る。足元はふらついていて危なっかしいが、何とか自らの足で水無月のもとへ歩いていけた。倒れている彼女を仰向けに直す。規則正しい息をしている。気絶しているだけのようだ。


「ごめんな……。俺が君に勝つには、これしかないから……。こんな弱い俺を、許してくれ……」


 彼女の顔に手を添えようとしたが、衛は体の力が一気に抜け、同時に意識が朦朧としてきた。まただ。また、が襲ってきた。


 衛はそのまま水無月の上に倒れこみ、意識はぼんやりとした画面から真っ暗な画面へと切り替わったのだった。

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