それでも、戦闘を行いますか?Yes・No
水無月との勝負まで後1時間を切った。衛は先ほどの私服から一転、美浜学園の制服へときっちり着替えた。どうやら闘技場へ入るには、学生は制服でないといけない決まりになっているようだ。衛が通う事になっている美浜学園の制服は、黒いワイシャツに白いブレザー、ズボンも白一色である。ネクタイは学年ごとに別れており、衛は二年生のためネクタイの色は緑色である。ちなみに女子は、黒いワイシャツに白いブレザーとスカート、ネクタイの代わりにリボンを付けることになっている。
衛は闘技場に向かうために先ほどマナミと通った道路を一人で歩いていた。季節はまだ春。桜も綺麗に花を咲かせながら、その花びらを雪を散らせるかのごとく、舞い踊らせていた。実は今日が入学式であり、今はその間のホームルームの最中らしかった。本来なら水無月とともに教室に向かって自己紹介をしていただろうに。その夢は彼女の誤解のせいで儚く散っていった。
「くよくよしててもしょうがないな。それより今は水無月との勝負だ」
そう。今は目の前のことに集中しなければならない。水無月が振ってきた唐突の勝負。アトランティスがそのような場所だというのは大まかには知っていたが、まさか転校初日からこんなことになるとは思いもしなかった。
「これが運命の悪戯ってやつなのか?……どうなんだよ」
ポツリと衛が手にしている相棒に話しかける。もちろん返事が返ってくるわけではない。だが、親が蒸発してしまった衛にとっては相棒が唯一の家族のようなものである。
衛がアトランティスに行くことが決まった日、衛の祖父から受け取ったものである。どうやら屋敷の押し入れに入れられた状態だったようだ。刀自体は錆びれていたりしているが、アトランティスに行けば錆等は直に直っているだろう。
改めて衛は相棒を鞘から抜いてみる。アトランティスに来る前は錆がひどかったのだろう。抜くことすらできなかったのだが、アトランティスに来てからは簡単に抜くことができた。錆も消えており、刃こぼれしていた剣先も綺麗に研がれたあとの状態になっていた。
しばらく歩くと商業都市に差し掛かる。先ほども歩いてきたので特になんとも思わないが、強いて言えばやはり平日だけあって学生の姿はないことだけである。アトランティスにある商業都市は、例えるならば大規模なデパートとアミューズメント施設を合わせたものである。商業都市の入口にはファーストフード店が連なり、そこを抜けると洋服店やゲームセンター、それからショッピングセンターなどが並んでいる。
それらを横目に通り過ぎて海の上に造られた歩道を歩く。出迎えてくれたのは潮風である。海から出てくる特有の磯の香りを腹一杯に溜め込みながら、目的地である闘技場へ向かう。しばらく歩くと闘技場の入口に到着した。衛は建物の中には入り、関係者通路と書かれた扉を開けた。
中は真っ直ぐに続く廊下があり、その先には扉があるのだが、その手前に機械が置かれている。入間が言っていたのだが、闘技場に入るには認証を行う必要があるらしい。最近はやはり人の目より機械の方がよっぽど性能がいいのだろう。長い廊下をひたすらに歩き続け、ようやく扉の前に到着した。すると機械が勝手に作動し、モニターには次の文章が映し出された。
『アトランティスの闘技場で戦闘を行う場合、命の保証が確保されない場合がございます。それでも、あなたは闘技場で戦闘を行いますか? Yes・No』
……なるほど。そうきたか。アトランティスの戦いの模様は無料動画サイトで多くアップされているが、それらを見る限りでは死者が出ているような戦闘は少なかった。だが、実際には死者が出る可能性も秘めている、ということだろう。それもその筈だ。衛も試合映像は何度も見たことがあるのだが、映像によっては対戦相手が負傷しているのにも関わらず、攻撃を止めないものがあったり、相手が降参だと言っているのに、攻撃の手を止めないような試合も数多くあったからだ。それでも責任は学園側ではなく、出場する生徒に委ねられるのだろう。
こうなってしまえば衛が出す答えはただ一つ―――――。
衛は迷うことなく『Yes』を押した。
「ほぅ。今や公式戦以外で命知らずの戦いをやろうという勇敢な生徒が、まだこの学園にいたなんてねぇ」
「―――っ!?」
衛が驚くのも仕方ない。いきなり後ろから声が聞こえれば誰だって驚くに決まっている。衛が後ろを見ると、そこには今の時代には馴染みがあまりない和服を纏った女性、あるいは少女が立っていた。片手には扇子を持っており、それを広げて口を隠していた。
「そんなに驚く必要はないだろうに」
「いきなり話しかけられたら、そりゃ誰だって驚くだろうよ」
「ふむ。そういうもんか。それより、お前さんは美浜の生徒で間違いないな」
「ああ。そうだよ。といっても、今日が転校初日なんだけどな」
「あっはははは!!この子は面白いなぁ!まさか、美浜の
少女は肩をカタカタと震わせながら必死に笑いを堪えていた。こいつ、初対面のくせして失礼すぎるだろう。衛は少しだけイラっとした。少しだけ―――。大事なので二回言った。それはさておきこの礼儀知らずな少女をどうしてくれようか―――と考えていると、後ろから見知った顔が現れ、あろうことか手に持っていたファイルで少女の頭を引っぱたいた。叩かれた音が廊下に響いている。
「痛いじゃないかぁ。バカにでもなったらどうしてくれるんだよぉ」
「ほう。それは好都合だったな。実は今、私が密かにつくっている新しい薬があるんだがな。バカにつければ綺麗サッパリに更生できるような画期的な―――」
「わ、わかったわよ。あんたの実験台だけは絶対にお断りだからね!」
「素直に私の奴隷に成り果てたメス豚と言えば楽になれることを」
「な!?あんた誤解されそうなことを言わないでくれない!?いつ、誰があんたの奴隷になったのよ!?」
「む?違っていたか?私はてっきりそうなのかと―――」
「あんた鬼畜すぎるでしょう!?」
明らかに話に置いていかれている衛を無視して二人で会話続ける入間と少女。どうやら少女は学生ではないことがわかった。まあ、例外としては衛のような教師になりふり構わずタメ口で話すのもいるが。
「入間先生。誰です?この和装ロリ」
「ろ―――!?ほら!まっちゃんの所為でロリとか言われちゃったじゃない!」
「日頃の行いが原因だろうに。紹介が遅れたな。このチビは
「え?このロリチビが?」
「ロリチビゆうな!ああ。さっきまでのミステリアスな私が台無しじゃない!同責任とってくれるのよ!」
「どうと言われても困るだけなんだが……。とりあえず桐ヶ谷。君はもう準備をした方がいい。水無月がもうスタンバイをしている」
「あ、ああ。了承した」
結局、まともな話がないまま和装ロリこと、佐原紘子とそれを相手する入間摩耶を置いて準備することにした。……なんか周りには面倒な性格をした女しかいなくないか?女難の相を持つ衛の抱える悩みの種が一つ、増えた。
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