あんたの実力、見抜いてやるわ!
「んん……」
「どうやら気がついたみたいだな」
聞き覚えのある声がしてきた。衛には本州に友人がいても四季島には友人など一人もいない。そのためこの声の主が誰だかを簡単に見抜くことができた。
「い、入間……先生……?」
「全く転入早々から正門の前に倒れているとはな。私が教師になって以来はじめての出来事だぞ」
「ああ……そうか。俺、正門でまなみと話してる時に……」
そこまで言って衛はハッとなる。周りをぐるりと見渡す。いつも間にか知らない場所に運ばれていたようだ。更にマナミの姿はない。代わりに正門の前にいた緋色の少女が扉の前にもたれかかっていた。こちらの視線に気付いたのか、少女はこちらの方を見た。怒気は感じられないものの、それでも彼女の視線は鋭かった。
「状況は説明しておいた方がいいだろうな。まず、ここは救護室だ。君が正門の前に倒れていたのでな。ちなみに報告してくれたのはそこにいる水無月だ」
「そうよ。感謝しなさいよね」
「あ、はは……。まあ、ありがと、ね」
ここは素直にお礼を言ったほうがいいだろうと思った。倒れていたのも水無月って少女の原因でもあるが。
「それはそうと桐ヶ谷。転入早々に不純異性交遊に勤しんでいたらしいな」
「別に勤しんでないし。それにあれは単なる事故だし」
「な……なぁっ!?た、単なる事故ですって!?私の胸を触っておいて……!!」
「俺だって触る気は全くなかったんだよ。それに胸を触られたところで減るもんなじゃないだろう」
「桐ヶ谷。お前にはデリカシーのひとつやふたつはないのかね……」
「減るわよ!!だ、誰にも触られたことなかったのに……」
女性二人に反論される。特に水無月の最後の一言は掠れた声だったため衛には聞こえなかった。ただ、寝起きだから脳が覚醒していないのもあると思うが。
「ちなみにマナミには帰ってもらったよ。あとの案内はクラス委員長の水無月に任せようと思っていたのでな。だが、彼女の機嫌がこうも悪いとなると」
「そりゃあ気分も害しますよ。こんな変態男子と一緒にいろなんてこっちが願い下げですよ!」
「桐ヶ谷、君は一体何をどうすればこうなるんだ」
「俺が訊きたいくらいだよ。何でマナミといただけで変態呼ばわりされないといけないんだよ」
「幼女を目の前ににやけてるだけで理由は十分でしょう!」
「それだけ訊くとただの変態だな」
「あんたも納得しないでくれますかね!?」
転入早々、クラスの担任と委員長に変態呼ばわりされる始末。よく学生生活はスタートが肝心だと言われることがある。衛はクラスの上位に位置する人たちにいきなり悪印象を与えてしまった。今の状況だと入間はまだしも、水無月の方は嫌われたままとなってしまう。とりあえず、まずは彼女の誤解を解かなければならないのは目に見えていた。
「あれは単に話していただけだ。俺はロリコンでも何でもない」
「嘘つき!幼女相手に笑ってるなんてロリコン以外の何者でもないないじゃない!」
「じゃあ、お前は子供相手に笑ってるやつをなりふり構わずロリコン扱いするのかよ」
「そ、それは……」
「つまりはそういうことだ。これでわかっただろう。俺はロリコンじゃないんだよ」
「わ、わかったわ。今はそういうことにしておいてあげるわ」
なんとなく誤解が解けていないような気がするが、それでも理解はしてもらえたようなのでそれで何よりである。とりあえずは何とか変なレッテルをつけられずに済みそうだ。だが、そう簡単にはうまくいかない。
「あの子の件は終了だけど、私の胸のことについてはどう思っているのか訊きたいわね」
「だから、あれも事故だって言ってるだろう。第一、お前は俺のことを誤解していたから何とかしようとした結果なんだよ」
「その結果が私の口を塞いで、挙句胸を触って黙れですって?そんなこと出来るはずないでしょう!」
「だから誤解だって言ってるだろ……」
水無月は完璧に感情的になってしまっていた。何度事故だの誤解だの言っているが、彼女は衛の話をまともに聞こうとしてくれない。それどころか彼女は更に感情的になり、最後なんかは自分の有利になるようなことを言い始めている。これでは話をつけるどころか取り付く島もない状態である。
「じゃあ、どうすればお前は俺を許してくれるんだ?」
「本来なら許したくないけれど、お前がそこまで許して欲しいのなら仕方がないわ。ここはアトランティスなのだし、転入早々のお前には悪いけれど、この島に則ったもので勝負をするわよ」
「島に則った勝負?」
「そうよ。この島の中央に闘技場があるのは知っているわよね」
「ああ。さっき軽く案内してもらったしな」
「それは都合がいいわ。今から3時間後、その闘技場で私と勝負をしなさい!私に勝てばあなたの許しを承諾致します。ただし、私が勝った場合は何でも言うことを訊いてもらうわ!それでいいかしら?」
「そうだな。それでもいい気がするが、それだと俺のほうがリスクを背負っている気がするよな?」
「私の条件に何か不満でも?」
「どうせならさ。ここは公平にしたいからさ、勝った方が負けた方の言うことを何でも一つ訊く。それとプラスに、俺が勝ったら俺の言ったことが誤解だったと釈明する。それならどうだ?」
「あなたがそれで納得するのならそれでいいですわ。どうやら、相当自信がある様子ですし」
「なら決まりだな」
衛と水無月はお互いに睨み合った後、同時に入間の方へ顔を向ける。入間はしばらく唸っていたが、納得したのだろうか。小さく頷いた後、衛と水無月の顔を一回ずつ見渡して口を動かした。
「お互いがそれでいいのなら承諾をしてやろう。本来ならば申請がないといけないが、どうも水無月の機嫌がすこぶる悪いからな。ここは勝負して白黒はっきりした方が両者ともに納得するだろう。それならば、私は申請書を学園に提出するからな」
入間もそれに納得した様子で、体を翻して学園の校舎へと向かった。と、途端に入間の足が止まった。そして衛の方へ振り向くとこう言ってきた。
「桐ヶ谷。まだ君の寮を紹介してなかったな。寮までは私が案内してやろう。ついてこい」
そう言って再び歩みを始めた。衛は水無月を横目で見る
「あんたの実力、私が直々に見抜いてやるわ!」
そう言い捨てて、彼女は不機嫌そうに入間を指さしてついていくように促した。相当嫌われているようで、ちょっとショックである。衛は入間の後についていき、寮を案内された。そこで勝負までの準備を済ませておくようにも言われた。
今から3時間後、衛はこれからの学園生活の運命をかけた勝負が開かれようとしていた―――。
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