アトランティスを案内いたします!

「……さて、一体どうしてこうなったのだろうか」

「ふふーん♪」


 これは果たして案内されていると言えるのだろうか。どこからどう見ても腕を組んで歩いているカップル……ではなく、お兄さんとその子供にしか見えない。腕に触れている感触は人間そのものであり、入間が言っていたアンドロイドのような硬そうな感触は全くない。それよりか、本当にアンドロイドは疑わしいほどである。匂いも女の子特有のシャンプーのような甘い匂いがしており、顔に浮かべる表情も豊かである。


 果たしてどうしてこうなったのか。それは遡ることほんの数十分前のことである―――。


「あなたが桐ヶ谷衛さんでよろしいんですね?」

「あ、ああ。俺が桐ヶ谷衛だ」

「なるほど……。ちょっとだけこちらに顔を向けてくれませんか?」

「りょ、了解した……」


 入間に言われた通り、衛はアンドロイドであるマナミのもとへ行った。そこまでは良かったのだ。悪かったのはそのあとである。衛は彼女の顔をじっと見つめる。衛は気恥ずかしさがあったものの、マナミはそんな仕草を見せることなく、じっと顔だけを見つめてきた。やがて彼女が顔に添えていた手を退けると、目を瞑る。


「認証、確認。情報、取得。これより、アトランティス内の案内をします」


 目を開けたと同時に彼女の口から無機質な声が口から発せられた。先ほどまでの抑揚のある声ではないことに改めて彼女はアンドロイドなのだと衛は嫌でも認識させられた。


「どうかしました、桐ヶ谷さん?なんか険しい顔をしているんですが」

「え……あ、ああ。大丈夫だ。何でもない」

「そうですか」


 無意識に険しい顔をしていたらしい。マナミの心配そうな顔で心が妙に痛い気がした。しかし、愛美の顔は既に暗い表情からぱっと花が咲くような勢いで明るくなった。


「ところで桐ヶ谷さんはアトランティスがどのような場所なのかは知っていますか?」

「そうだな。俺が知っているのは三つの学園があって、真ん中には闘技場スタジアムがある。それで、それぞれ闘技場と学園の間には商業都市がある、てところだな」

「なるほど。基本的な概要は聞いているのですね」


 マナミは頷いきながら話を聞いてくれている。どうやら衛が持っている知識はこの島では基本情報としてでしかないらしい。それもそうだろう。四季島の詳しい概要は、今言った情報以外は全く情報開示されていないのだ。ネットの間では『学生を使った極悪非道な実験を行っている』だとか『少子高齢化を阻止するために男女が交流できる場を設けている』だとか、そんな噂がいろいろされていた。実際、今言ってきたことは全くの嘘ではあるが。


「では、ここで質問です」

「唐突だな」

「いいじゃないですか。こうでもしないとここアトランティスのことを知る機会は減ってしまうんですから」

「それはそうだが……」

「そうとわかれば私の質問に答えるだけです!まずは、そもそもアトランティスがどのような由来かは知っていますか?」

「ゆ、由来?それは流石にわからないな」


 衛は歴史が得意なわけではない。更に言ってしまえば勉強自体も得意なわけではない。なので、この手の質問には答えることができない。


「すまん。俺は歴史が苦手なんだ」

「そうですか。それではこちらで勝手に進めてしまいますね。アトランティスの由来はギリシャ神話のアトラスという神様のことなのです」

「待ってくれ。その話って長くなるのか?」

「そうですね。ザッと2時間くらいは余裕でしますね」

「そ、そうか。アトランティスの由来はいずれ聞くとして、俺を学園まで案内しれくれるんだろう?」

「そうでした。危うく本来の目的を忘れるところでした」


 にへへと衛に屈託のない笑みを見せつけてくるマナミ。果たして自分が童顔であることを知っているのだろうか。アンドロイドに恋をする気は全くないが。


「それではアトランティスを案内いたします!」

「おう、頼むよ」

「それはそうと……」


 マナミにアトランティス内を案内することは決定したが、彼女の視線は衛の顔に向けられず、彼の下に向けられていた。彼女の視線を追うと、その先には衛の手があった。


「どうしたんだ?」

「その……手を繋いでもらっても構わないですか?」

「え?何で急に」

「私アンドロイドなんですけど、実は上にもアンドロイドがたくさんいるんですよ。そこで甘えられればいいんですけど、アンドロイドの私たちがそんなことを許されるはずがないんです。なので、人間であれば少しは甘えられるのかな、と。それに私は姉だけじゃなくて兄が欲しかったんです。桐ヶ谷さんならその、甘えられるかなと思ったのですが。……ダメ、ですか?」

「……」


 上目遣いで目を潤ませながら衛のことを見る。唐突の手を繋ぎたいという告白。正直、どう受け止めればいいのかわからないが、彼女が言っていることが本気なのはわかった。アンドロイドでもそんなことを思ったりするんだな。衛はそう思った。だからこそ、彼女の、アンドロイドであるマナミの思いには答えるべきなのだろう―――。


「わかったよ。手を繋げばいいんだろ?」

「ほ、本当ですか!?迷惑じゃありませんか?」

「本気で言ってるのにここで断ったら男として最低だろ?」

「あ、ありがとうごさいます!」


 マナミの顔は太陽のように輝いていた。それくらいに嬉しいのだろう。彼女は嬉しそうに衛の手を握り締めた。アンドロイドなので触った手からは冷たさしか伝わらないが、何故かそれが暖かく感じられた。


 その後、マナミは更に守るに甘えてきた結果、腕を組みながら歩いていくことになってしまったのだ。今は商業都市を回っているため、人の目が痛い。しかし、今日は平日とあって学生の姿はあまりないのが幸いだった。


 学園までは商業都市を抜ければもうすぐそこである。

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