ようこそ、アトランティスへ

 いつの間にか寝ていたようだ。体の浮遊感を感じながらジェット機で飛ばすこと数十分。行くときには見えていた本州は既に見えず、代わりに真っ青な海が出迎えてくれていた。眠気を帯びている眼を軽く擦ってひと伸びする。よく眠った気がした。


「目が覚めたか?」

「あ、はい。おかげさまで」

「全くだな。とても気持ちよさそうに寝ているのだからな。こっちとしては不思議なくらいだ」


 それはそうだろう。女性は衛のことを預かっている身である。学園の関係者かどうかは定かではないが、少なくともアトランティスの関係者であることには間違いはないだろう。


「窓の外を見てみろ」


 と、途端に話題をかけて女性がそう言ってきた。衛は言われるがまま、窓の外に視線を移す。そこには、綺麗な青い海とともに綺麗なY字型の島が見えてきた。島の半数は街が占めているのだろうが、所々に緑色も見て取れる。少なからず森林があるのだろう。人工島とは思えない。


「さあ、そろそろ着陸準備に入るからな。しっかりと捕まっていろよ」

「はい」


 流石にシートベルトはしっかりとしているが、念には念を、と言ったところなのだろう。しばらくするとジェット機が下降態勢に入っていく。体が再び浮遊感に襲われる。エレベーターが下がっていく時に感じられる感覚が体を覆う。ジェット機が一気にアトランティスに向けて下降していく。眼下にあった雲を突き抜けて、アトランティスが少しずつ近づいてきている。


 もうすぐだ。もう少しで憧れであったアトランティスに到着するのだ。そう考えると、心臓の鼓動が一層速く脈を打っているように感じられた。


 着陸時には何も問題なく、無事に衛はアトランティスに到着することができた。ジェット機が止まると、女性に誘導されるがままでついていく。しばらく歩くと、空港を抜けて賑わった街並みが目の前に広がっていた。


「ここが……アトランティス、か」

「そうだ。では、改めて」


 女性はそう言って咳払いをひとつ。そして―――。


「ようこそ、四季島アトランティスへ。我々は歓迎いたします。桐ヶ谷衛」

「あ、は、はい……。こ、こちらこそ……」


 いきなりの歓迎の言葉に戸惑ってしまう衛。出会って数秒で頭を叩かれた女性にこうも丁寧に改まれて歓迎の挨拶を言われると、何かくすぐったい気持ちが先行してしまう。


「名前がまだだったな。私はこの島の住人であり、君がこれから通う美浜学園の教師を担当している入間摩耶いりままやだ。以後、お見知りおきを」

「はい。わかりました。入間先生」

「素直でよろしい。では、ここからは一人で頑張ってもらうとするか」

「え……?」


 歓迎の挨拶も束の間。入間は衛に紙切れをひとつ渡してきた。不思議がりながらもその手紙を見ると、紙には何やら大まかな地図が書かれており、星マークには赤い字で「目的地」と書かれていた。


「なんすか、これ?」

「ああ、それは美浜学園までの案内図だ」

「大雑把にも程があると思うんですが」

「私だって教師だ。いつも忙しい中で君を迎えに行ったのだ。これくらいは許してもらいたいものだな」


 何故か多少ではあるが、胸を張っている。こんなので果たして教師が務まるのだろうか。これは言わないように心の中に仕舞っておいたほうが良さそうだ。


「さて、私は学園に向かうとするか」

「おい。同じ場所に行くんだったら、俺も一緒に連れて行くのも先生の務めってものじゃないのか」

「ほほう。私に対していきなりのタメ口か。いい度胸をしているな」

「だったら連れて行けよ」

「それは無理な話だ。私が愛用している車はあいにく一人用でな。君を乗せられる場所はないのだよ」

「……なにそれ」


 一人用の乗用車とか初めて聞いた。本州ではそのような車は一代も見たことがない。アトランティス専用車なのだろう。


「ちなみに案内は向こうにいるアンドロイドに任せているから安心しろ」

「あ、アンドロイド?」


 ケータイ端末か何かかよ。そう突っ込みながら指さされた方を見ると、そこは幼さを残しながらも清楚が感じられる女の子が立っていた。


「あの子がそうなんすか?」

「そうだ。名前はマナミだからな。それじゃあな」

「あ、おい!まだ話は終わってねえぞ!」


 入間は足を止める様子なく、その場から消えていった。残された衛は渋々先ほど言われた女の子の方を向く。髪の色は綺麗な川を連想出来そうなほどに綺麗な水色に、大きく開かれた目はエメラルド色に輝きを放っており、肌の色は真っ白で健康的な肌色をしている。春の時期にはあまり似つかない真っ白なワンピースを着ているのは仕様なのだろうか。そう考えていると、女の子はこちらの視線に気がついたようであり、衛に向けて大きく手を振っていた。


「行くしかないか」


 衛は女の子の方に足を向けて、ゆっくりと歩いて行った。

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