アトランティスの四季祭

七草御粥

アトランティスと美浜学園

業火の華

いざ、アトランティスへ

 空港来たのはいつ振りなのだろう―――。

 桐ヶ谷衛きりがやまもるは羽田空港に足を運んでいた。目的はただ一つ、太平洋上に浮かんでいる人工島「アトランティス」へ向かうためである。


 アトランティス―――。かつて大西洋沖で存在したと言われている幻の島、そして王国の総称である。それを模範として日本が主要国からの支援を受けながら、造り上げたのがアトランティスと呼ばれる人工島「四季島」である。島が開港された当初は島の名前はそのまま四季島とされていたが、外国からの留学生を迎え入れようという方針がされたため、受け入れやすくするように愛称を付けることになった。その時に選ばれた候補の中に「アトランティス」の名があったのだ。


 しばらく空港で待機をしていると、ジャンボ機が連なっている飛行場の倉庫らしき場所から明らかに浮いていそうな小型の飛行機が現れた。まるでハリウッドの俳優が愛用していそうな自家用ジェット機の形をしている。いや、明らかにジェット機なのは見て取れた。衛はそれを確認すると、手短にまとめたであろう荷物を持って飛行場に向かう。


 しばらく歩いていくと、関係者以外立ち入り禁止の紙が貼られた扉が見えてきた。その前にはスーツを着た警備員らしきサングラスを掛けたマッチョが立っていた。


「すみません。こちらは関係者以外立ち入り禁止となっています。お引取り願います」


 声は意外と可愛かった。もっと野太い声が喉の奥から出てくると思っていたからだ。意外と優しそうな声であった。


「俺、これからアトランティスに向かいたいんだけど。それってここから行かないといけないんだろ?」

「そうですが、何か証明書などの書類、または証明できるものを持っていますか?」


 しまった。衛は焦りを感じている。それらしき書類は一式家に置いてきてしまった。空港に行けば誰かしら迎えに行ってくれるだろうと思っていたからだ。しかし、いざ行ってみると、迎えのひとつもないのだ。なんて理不尽なのだろうか。


「通してやれ。そいつの言っていることは本当だ」


 すると、突然後ろから凛とした声が聞こえてきた。どうやら大柄な男の奥からしたようだ。大柄の男が体を後ろに捻らせる。衛も自然と顔がそちらに向く。扉の前には、ロングヘアを一本に束ねたスーツに身を纏った若い女性が立っていた。凛とした瞳は海底を彷彿とさせるような濃い青い瞳ブルーアイをしており、光に当てられて黒光りしている黒い髪は、現代の学生たちに見習って欲しいと言わんばかりに黒一色に染まっていた。


「で、ですが、書類がなければ中には……」

「だったら、これでどうだ。彼に送った書類と全く同じものだ。顔写真も載っている」


 大柄の男の言葉を遮って、女性は手に持っていた書類を男に突き出した。男はそれに目を通すと、書類を女性に返して道を開けてくれる。


「失礼しました。では、中に入ってください」


 深く頭を下げながら男はあっさりと衛を通してくれる。そこまで下げなくてもよかろうに。こちらにも落ち度はあったのだから。そう考えて歩いていると、突然頭に硬い感触のした何かがぶつかった。否、ぶつけられた。あるいは、殴られたとでも言ったほうがよいのだろう。若い女性が手に持っていた書類の入っているであろうファイルで叩いてきたのだ。その音は空港内の倉庫にまで響いている。あまりに大きな音だったので、外から何事だと作業着を着たおっちゃん達がこちらを見ている。正直、かなり恥ずかしいに越したことはない。


「いって……!いきなり何するんですか!?」

「いきなりも何もあるか、バカ野郎!時間通りに来ないと思って様子を見に来てみれば、書類がなくて中には入れない、と。大体、一般人が入れない場所を集合場所に指定していたのだからそれを見越して書類は持ってくるものだろう」


 あ、それ、今初めて知りました。


 衛は基本的に流し読みをするタイプである。そのためよく見落としがちになってしまうのが難点である。まあ、よくよく考えれば流し読みをしなければいいだけの話なのだが。そう考えていると、再びあの衝撃が頭の芯から貫通した。音が大きい上にかなり痛い。再び周りのおっちゃん達から注目を集めることに。それはもうアイドルを目指せるのではないかと勘違いさせるほどまでに、である。そう、サニー事務所に入れるほどには。


「全くお前という奴は。適当に流し読みをするからこうなるのだろう。反省したのならば、今度からは注意をするのだな」

「は、はい……」


 ここは素直に返事をするしかなかった。もう痛い経験をするのは懲り懲りだ。衛はそれ以上何も話すことはなく、ただ女性の後ろをついていくだけである。まるでこれから身柄を警察署に送られる容疑者の気持ちである。いや、実際の経験はないのでわからないが。


 しばらく歩くと、先ほど目にしたジェット機がジャンボ機に負けず劣らずに堂々と鎮座していた。初めて見たが、ジャンボ機ほどではないものの、それでも明らかに大きかった。


「さあ、これに乗りたまえ。君のために学園が用意したジェット機だ」


 いやいや、学園どんだけ金持ちなんだよ。衛は学費等払った覚えはない。そもそも、これから向かう学園は入学金や学費は全て学園側が負担しているため、彼は無償で学園に通う事になっている。もしかすると、他の生徒は全員金持ちであったりとかするのだろうか。そうだとすれば、衛は明らかに浮く存在なってしまう。イジメがないかを心配してしまうほどに、である。


「何ぼぉとしている。さっさと乗れと言っているのがわからないのか!」

「は、はい!?の、乗りますんで手に持っているファイルで叩くのだけは止めてください!もう痛い思いはしたくないです!」

「だったらさっさと乗ればいいじゃないか」


 眉間の間に手を添えて大きくため息をひとつ吐く女性。どうやら衛は彼女にとっては大変な手荷物状態になっているようだ。失礼な。


 ジェット機に衛と女性が乗ると、ジェット機は離陸態勢に入る。最初は滑走路に移動をするだけなのでゆっくりとしたスピードで移動をするが、滑走路に到着してから数分すると再び動き始める。次第にスピードが速くなっていき、体が後ろにまで持って行かれそうになるくらいのスピードが出ると、ジェット機は一気に上昇していく。ジェットコースターに乗っている気分になる。ジェット機はぐんぐんと上昇していき、雲を突き抜けた頃には日本は遥か下に見えていた。


 ここから目指すは四季島。通称・アトランティス。ジェット機は衛を乗せて四季島へと向かっていった。

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