第9話 ハプニング
まるでテレビのドラマで見るような取調室よりは、幾らかましな狭い部屋で、部屋の中央に古びたデスクと、折り畳み椅子が2脚デスクの向こうに於いてあり、手前にがっしりした肩を見せて、黒田警部が座っていた。
私と戸田が部屋に入ると、「どうぞ」と言うように、デスクの向こうの椅子の掛けるように手で示し、立ち上がって「黒田です」と名刺を差し出した。
私は、軽く頭を下げて、黒田の名刺を受け取ると、自分の名刺を手帳の間から抜き出して黒田に差し出した。
「初めまして、佐々木です、お忙しいところ申し訳ございません」とまず持参したポリパックの入った段ボール箱をデスクの上に置いた。
「これが電話で話したポリパックです。私は素手でさわっていませんので」
「分かりました」黒田はデスクの上の箱と私と戸田を交互に目を向けながら、一寸無言でうなずくと、段ボール箱の蓋を開けて中身を確認した。
「一寸待ってください」と黒田は言うと、ポリパックの入った箱を抱えると部屋を出て行った。
「大丈夫ですかね」戸田は部屋を出て行った黒田の後姿を目で追って、不安そうに聞いた。
「何が」と私、「何がって、マリファナを多少は吸ったんですから」
「今は吸っても、所持もしてないんだから、心配することないだろう」
「そうですかね」と口の前に手を持って行って息を吹きつけ、吐き出した呼気を花ですってにおいを嗅いだ。
「そんなことしたって無駄だよ、心配するな」
「やあ、すいません。一寸、今、テレビの情報で、偶然と言うか、飛んだ事故が発生したんで・・・・・・・・・・・」
小走りで廊下の外から足音と共に、黒田が勢い良くドアを開けて、顔から先に入って来るようにして言った。
「東名で多重追突事故が発生して、積み込まれていた馬が2頭ほど、東名を走ってるんです」東名高速道を放馬が走っていると言う事に、おかしみを覚えたか、笑いを含んだ驚きの報告をした。
事は更に大事故につながりかねない。
川崎は、明日からの競技のために、競技馬を4頭積んだ運搬車の如酒席に座っていた。
相模原のクラブを出て、順調に東名高速に乗り、大した渋滞にも見舞われず厚木、蛯名と通過した頃から、車の快適な揺れで、運転を任せている部下の小林との会話にも飽いてうつらうつらしていた。
車は大井松田を過ぎて長い下り道の先に、左右二股のルートの標識で、小林はどちらを選ぶか一寸思案した。
4頭の馬を積み込んでいるので、登坂車線の有る左ルートにしようと決めて、ギアをニュートラルに居れて、惰性で緩い販路を下って来たので、分かれ道の手前でギアを入れ替えようとした一瞬、うつらうつらしていた川崎が、二人の間にはギアボックスなどの距離があるのに、グラッと小林の方へ体を傾けて寄りかかって来た。
一瞬目を離した瞬間に、前を走るワンボックスカーが、左右のルートを決めかねて、急に右車線へのルートへ車線を切った。
寸ででその車を躱すため左へハンドルを切った小林は、ブレーキとアクセルを踏み違えた。
あっという間に車は左側の路肩から、左側に続く土手へ乗り上げるような形で急停車して、後部に積み込んでいた馬が驚いて、車の中でばたばたと、足を踏み鳴らし鼻息を荒げた。
「馬鹿野郎、なんて運転してんだ」と川橋は、自分がうつらうつらしていたのを棚に上げて怒鳴った。
「車を戻せよ、路肩に停めて」と怒り声で小林に命じ、川崎はく妻を下りると、荷台の馬の様子を見るべく荷台側へ回った時は既に遅かった。
古い車は、後部のパワードアの掛け金は、以前から修理しなければと思っていたのが、ついつい延び延びになって居て、突然の車の停止と衝撃で、積み込んだ馬2頭が尻でぶつかり、そのうち1頭が思い切りドアをけりつけた。すると、もう1っ頭も負けずとばたついた勢いで、ドアを蹴った。
荷台には、車の前方に頭を向けて、前後に2頭づつ積み込んでいたので、前側に居る馬も、後ろの馬を蹴るようにしたので、後ろの2頭はそれに反抗するように蹴ったのだ。
運が悪かったと、後で川橋と小林がぼやいた通り、その勢いで、掛け金のビスが折れ、はずみで、後部のドアが開いて中の馬が自力で出られるようになってしまったのだった。
間に積まれた2頭がバタつくので、後ろの馬はそれを避けるために、狭い囲いの中で体を回すと、解放されたとばかりに外へ下りてしまった。
1頭が自由になったら、もう1頭の方も、それに続けとばかりに身を躱すと、先に下りた馬に倣って荷台から降りた。
先に下りた方は、路肩の土手の草を食べに寄ったが、この事故に、後続の車からの怒号や、けたたましいクラクション、追突の危険を避ける急ブレーキの岸リオンなど、どっとばかりに轟音が4頭の馬を襲った。
おとなしく土手の草を食べていればよいのに、騒音に驚いた1頭が、路肩を走り出すと、もう1頭も遅れずと走り出した。
脇を通り過ぎる後続の車は馬を避けるに、クラクションを鳴らすは、避けるのに急ハンドルを切るやらで大騒動となった。
淡くって車を離れた川崎は、放馬した2頭の馬を連れ戻そうと、左のルートを追った。残された小林は荷台の2頭の馬の昂奮を納めようと、声を掛けるが、いち早く混乱の報道をすべき飛来したNHKと民放のヘリコプターが、近づいて来る「バリバリ」言う凄まじい轟音と、ホバリングする強い送風と轟音に、2頭の馬は恐怖と興奮から後肢で蹴上げるうちに、後ろの2頭との間に積み込んだ乾草の梱包が、蹴りだした蹄に丁度良い当たり具合なので、納戸か蹴っているうちに、簡素を梱包しているテープが切断されてばらけて来た。
大井松田と小田原方面から、混雑整理に駆け付けたパトカーが、何んとか馬運車の後ろに停車し、渋滞を避けるように、通過車を右ルートへ向かうように誘導し始めた。
左ルートは、走る馬を避けるために、急に車線を変える車がったりで、次の事故を起こしかねず、また、左端の路肩に土手に乗り上げかけた馬運車の様子を見ようと、徐行する車に個族社がいら立ってクラクションを鳴らす。
やっとの思いで川崎は2頭の馬を捕まえて、無口頭絡を掛けて、馬を落ち着かせるように声を掛けながら引馬してきた。
馬運車の所へようやく馬を連れ帰り、「おーい、コバー、手を貸せ」と1頭を押さえて貰って、今1頭を荷台に乗せようと相棒の小林を呼んだが返事が無かった。
川崎は舌打ちをすると、「全く、役に立たねえ野郎だ」事故の責任が全部小林に在るんだとでも言うように、ぶつぶつ言うと、踏板を登ろうと馬を車の後ろへ連れて行き、1頭をパワーゲートの脇壁に一寸引綱をからませて、荷台の中へ目を走らせると、荷台には乾草が散らばり、丁度気配でこちらを振り返った、中にいた小林と川崎は顔を合わせた。
「やばいよ」と言うように小林は川崎に目で知らせた。荷台には小林と、パトカーの警官が表面が破れて、中の乾燥大麻の葉が少しはみ出しているポリパックを手にしていた。
砂糖に群がる蟻のように、報道陣がどっと馬運車を取り囲み、本来は車両事故と、其れの伴う後続車両の渋滞整理に来た交通課の警察官は、馬運車の荷台で、思わぬ物を見つけたので、色めき立ち、取り敢えず逃げた馬を、再度荷台に乗せて、証拠の乾燥大麻のポリパックを押収し、小林と川崎は拘束された。
最初は、東名高速道の於ける車両事故と、トピックにもなる馬が2頭、東名高速道上走り、それによっての渋滞の報道だったのが、途中からとんでもない事件の報道に切り替わり、現場へ急遽駆けつける県警の車や、報道関係の車に、空からはヘリが幾つも舞、いやでも後続車からの野次馬で騒乱状態になった。
状況を黒田に伴われて、署内の食堂のテレビで見せられ、私と戸田は、唯唖然として言葉も無かった。
これは、前代未聞の代不祥事で、川崎の所属するクラブは、当然捜査され、大麻の供給元なのか、或いは販売元なのか、徹底的に調べられ、彼方此方に飛び火すかもしれない、私の所属するクラブもやばいことになったのは否めない。
「参ったなあ・・・・・・・・」思わず戸田と顔を見合わせ、私はため息と共に漏らした。
「戸田さん、さっき、煙草を大麻とすり替えられたとか、言ってましたね」黒田は、厳しい表情で戸田と私を見比べた。
「ああ、はい」と極っとつばを飲み込んで「実は、この川崎さんのクラブで、馬が乾草束の中から、今見つかったポリパックを銜えだしたのを目撃してからです」
「そですか、何故、すり替えたんですかね。あんたも吸ってると思ったんですかね」首を振りながら黒田は言った。
「いいえ、恐らく通報されるとやばいので、私を仲間に取り込もうとしたんじゃないですかね」と考え深げに言い、「それに、例の馬事公苑での事故の時、事前に馬運車の陰で言い争っていたのは、声からして、あの声は川崎さんの声だと思うと人に話したりしているので・・・・・・・・・」と語尾は濁した。
そんな様子が、滅多にないバラエテイー番組の映像として報道された。
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