伝承

 遺跡と言われる建造物から一般的な建屋が並ぶ場所まで戻る恰好となり、先ほどまで感じていた身体の不調というべき症状が幾分か和らいできたリティルではあったが、流されるままでいる状況に対して警戒を強くしていた。



「その様に露骨に警戒なされなくても大丈夫ですよ?」

「・・・」



 リティルが取ったその仕草は、はたから見ればあからさまな行動だったのだろう、その様子を感じ取ったのか、その行動に対し



「一応、客人として扱う事は、グランツ卿があの場で公言されています。>それが成されなかったらどうなるかぐらいは、あの人でも理解はしているでしょう」

「・・・」



 リティルとしては、警戒する対象が先ほどの男や、この人物になったというよりも、あまりにも無防備ともいえる自身の行動に対してであったのだが、その事に男は気づいてはいないようであった。

 しかし、警戒を緩めることなく、リティルは質問を投げかける


「あなたは・・・」

「はい?」

「あなたは、どうなんですか?」

「どう、とは?」


 本人以外、味方といわれる確証が得られていないという状況に、その率直ともいえる疑問をそのまま投げかける形で問いをしている時点で、自身の余裕のなさをあらわにしている事に本人は気づいてはいなかった。

 また、本人の問いに関して、問われた側も何を指してそういう質問をしてきた真意が解らない為に、その事を問い返す恰好となっていた。



「私たちに、協力をして頂けるのでしょうか?」



 その問いは、本人の経験の少ない本当の立場がそうさせている事でもあったのだろうかは解らない。

 ただ、その問に対して、連れ出していた人物の表情は驚きともいえる表情はしていた。



「はは、そうですね。そちらが思っている様な事は、現状は"無い"でしょうかね。」

「なっ・・・」



 予想を裏切られる回答に対し、リティルは驚く事しか出来ないでいた。

 その回答に対し、感情的な言葉を並べようとする前に遮る形で続く



「勘違いをされない様に付け足しますが、現状、この砦を防衛する戦力しか残っていないのですよ、お恥ずかしながら・・・。つまり、派兵する為の余裕が無いとも言うんですよ。」

「・・・・」

「正直、どの砦や街に行っても似たような物でしょう。何とかしのぎ切っている状態が続いている。それが現実というお話なのですよ。」



 苦笑いという表情で、そう話続ける男に対して、リティルはそれ以上の事を聞く事は出来ずにいた。

 そうして、何も会話が無いまま歩き続け、リティルが当初案内された建屋へと到着する。



「とりあえず、今日のところは此方へ。それと警戒はしておいてください。この砦の中で、何が起きるかは、正直、読めないぐらいひどい状態でありますから・・・」



 釘を刺す恰好で、そうリティルにそう伝えると



「では、また明日。」



 一礼してから踵を返し離れていくその姿を、複雑な心境でただただ眺めるだけであった。

 その姿が消える事を確認し、案内された部屋を記憶を頼りに戻る。


 部屋の中は、先ほどまで本人がいた状況のままであったが、そのベッドに横たわると、今迄の肉体的かつ精神的な疲労からか、意識が遠退くのに時間はかからなかった。





 夢・・・


 小さい少女と大きな少女が二人いた。

 小さな少女は、自分であると認識が出来た。


 それは、昔の記憶、昔の思い出。

 大姉様が"存命"だった頃の記憶。

 懐かしい記憶


「リティル、いい?これは私たちに伝わる伝承よ、あなたも覚えておきなさい」

「はい、大姉様」


 それは、伝承と伝えられてはいたが、"おとぎ話"と言える物だった。



 大いなる災いが訪れた時、

 人族と似て非なる、亜人と似て非なる、獣人と似て非なる

 哀しみを知る者がこの地へと現れるだろう。


 その者

 炎となりて、災いを止め

 太陽となりて、災いを退け

 雲の様に、自由に駆け巡り

 蒼天へと帰郷する


 それは神が遣わした使徒か

 それとも魔が作り放り出した使者か

 それは誰にお解らない、わかる事は


 一つ間違わば 炎は世に向けられ

 二つ間違わば 陽は森を枯らし

 三つ間違わば 雲は災いを呼び込む


 そのしるべたがう事なかれ

 そのしるべたがう事なかれ



「いい?リティル、もし、その方が現れたら、あなたが違わない様にしるべとなるのよ?」

「なぜですか?大姉様?」


「もう、私たち"二人"しかいないのよ・・・しるべを使える者が」

「???」


「今は、解らなくても良いのよ。その時が来たら、あなたがしっかりとしるべとなるのよ?」

「大姉様は?」

「私は・・・("その時にはいない"のが視えたから・・・)」

「???」


「なんでもないわ。いい?しっかりとしるべとなりなさい?約束よ?」

「はい!大姉様!!リティル、約束します!」

「いい子ね、リティルは」



 そう、大姉様が存命だったころの記憶、懐かしい記憶。


 そんな懐かしい記憶が呼び込まれた時、気が付けば隙間から太陽の日差しがその顔を照らしていた。

 まぶしいと思いつつ、目をこすろうとしたとき、涙がこぼれていた事に気づく。


 懐かしい記憶を呼び起こされたと、大姉様から譲り受けたブローチを手に取り思いにふける。

 なぜこのときにこんな記憶が・・・と、そう思っていた時




「敵襲!!」

「総員起こし!急げ!!」




 その思いを霧散させるには十分な怒声が鳴り響いていった


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