リティル1

 女性専用とされてる宿舎とよべる一室。

 そこは一兵卒がすし詰めとなる部屋とは違い寝具も多段という物でもなく、寝具と多少の家具だけが置かれている部屋でもあり、士官用として扱われている部屋であった。


 そんな一室に一人の女性が案内されていた。


「こちらをお使いください。」

「ありがとう・・・ございます。」

「何かありましたら、近くにいる者に声をおかけください。では」



 そう伝えると、案内していた女性が静かに扉を閉め、その場を離れていった。




 一人残される恰好になたのは、先ほど書簡を手渡すためにこの砦へと来ていたリティルであった。

 リティルは、部屋の状況を確認すると、今迄身に着けていたと思われる外装を外し、その寝具へと思案するかの様な姿勢で座っていた。


 蝋燭のあかりだけが、部屋の中を彼女をその火の灯りで照らし続ける形で、何も起きる訳でもない時間だけが、ただただ過ぎ去っていくだけであった。




「私では・・・もう、どうすることも・・・」



 ひとしきり何かを考えた結果、まるで追い詰められたといわんばかりの感情とともに紡がれた言葉には、それ以上の諦めともいえる言葉を発しながら、そのまま体を寝具へと倒れこませていた。



「どうすればいいの・・・」



 ようやく訪れたつかの間の安息ともいえるそんな状況の中で、リティルは自身の置かれている立場に対して、何ができるかを考えているようであった。



「このまま、みなの元に戻るというのも・・・いや、それは・・・」



 リティル自身、この砦へと使いとして、無理やりともいえる説得で使わされた経緯も解らなくもなかった。

 首都ともなる皇都が陥落した今の状況からみれば、皇族の一人となる自身の立場を鑑みれば解り切っている事である。


 使いとして同行する者たちもいたのだが、そのそれぞれは道中において自身の囮として一人、また一人とそのリティルの傍から消えていった事実もあり、彼ら彼女らの行為を冒涜するのは、リティル自身は是としないのもまた確かであった。


 そうして、ようやくこの地の近くまで到達した時、不覚にも敵の斥侯役ともいえる者達に鉢合わせに合うという形になり、リティルをかばって重症を負うという事態にも遭遇し、志し半ば・・・という所で、その命が助かる事となった。



「そういえば、あの人物は一体何者であったのか・・・あの姿は魔族のソレによく似ていたが・・・」



 今迄の経過を思い出しながら、つい半日ほど前におきた事を思い出す。

 緋色の甲冑姿の人物が敵となる斥侯の一人を倒し、追い払うとでもいう行為を行ったのち、最後の同行者となる者の傷を癒したのである。



「あの気配とあの魔装、どうみても魔族の者に組するものとしか思えなかったが・・・」



 リティルは、その出会った人物の事を今更ながらに思い出していた。

 特に、その人物の戦闘行為ではなく、その後に使った治療とも呼べる行為に関して、今更ながらに思い出していた。


 普通、治療魔法と呼ばれる物は、生命の自己治癒能力を活性化をさせる補助的な物である。その対象となる生命が自己治癒能力を持ち得ているならば、その機能を補助することで癒すことを主とする魔法である。


 しかし、あの人物が行った行為はソレ以上の物と言わざる得なかったのである。


 なぜならば、生命活動を行っていない衣類までもが、その斬られ破れた状態から復元されていたのだから。

 あれは何なのか、リティルが生を受けてから教えとして教わり、培った知識の中にその様な魔術に関する物は無かったのだが、ひとつの仮定として、ありうるであろう事を推察していた。



 それは、時間を操作する魔法というものが存在しているのか?というものであった。



 これならば、傷を負ったとしても、"傷を負わなかった"時間へ戻す、または時間を加速させる事によって自然治癒能力を促進させ、あたかも傷が無かった状態になるのではないか?と。そう推察したのである。


 魔法や魔術を営む物にとって、時を操作する物というものは禁忌とも呼べるものであるのだが、誰しもが夢に見た物でもあり、いまだかつてそれが成功した試しがない存在でもあった。



 しかし、自身が知っている魔法とは異なる異質なモノというべき内容を、自身が目の前で体験したのもまた事実であったため、その様なモノが存在するという事を信じざるを得ないとも考えてもいた。



 そういえば、あの人物は我々に危害を加える気概がないという事を主張していた。


 それならば、もう一度あの人物に会い、その時を操るという魔術を使い、過去へ何かしらの伝えを送る事が出来れば、警鐘を鳴らすべきではなかろうか?

 そんな藁をもつかむともいう思考を、リティルは巡らせ続けていた。



 それは、自身が出来ることは何かを模索していた結果なのだろうが、その思考そのものがスレていっている事に、本人すら気づきもしていないのであった。



 そんな中、扉をたたく音が聞こえた


「簡素ではありますが、お食事をお持ちしました。」


 部屋を案内してくれた女性の声が、扉向こうから聞こえてきた。

 そういえば、今日は朝以外何も口にしていないことを思い出す。

 何も思案がまとまらないならば、少しは腹に何かを入れて少しは気分を落ち着かせようと行動する。



「ありがたくいただきます。扉は空いていますので、どうぞ」

「失礼します。」



 そう許可を出したと思った矢先、勢いよく開かれた扉からは、先ほどの女性と数人の男性が部屋へとなだれ込んできていた。

 一瞬、自身の身に何かしらの危害が加わるかもしれないと思い、隠しもっていた短剣を後ろ手でいつでも使えるように身構えながらも、平静をたもちながらその状況をリティルは問いただす。


「何ごとですか?」


 一人、大男があいた扉からその身を半身だけ乗り出す。

 その顔は、先ほど会議の間で怒りをあらわにしていた人物であった。


「すまんが、飯は後にしてもらおうか。」

「どういう事ですか?」

「なに、貴様に危害を加えるつもりは一切ない。ただ、一緒に来てもらおうとな。」



 その男はそう言い放つと、そばにいた女性に対し「いいか?何も起きなかった。わかったか?」と、いまの状況を口止めすると、どこかへと追い立てた。



「では、ご同行願いましょうか、お姫様」



 そのお姫様という言葉に、リティルは少し目を見開く。

 自身の身分は現在は隠していた為であり、気づかれてしまったのか?という懸念があったのだが、それにしては、と他の相手を見てみればその様な態度を示しているわけでもなかったため、ただ単に女性に対してそう形容しているだけであろうという事にし、この場はおとなしくしておくのが最善だろうと



「わかりました。それと、手荒なことはやめてほしい。」

「話が早くて助かります。その点は了解しました。おい、丁重に連れていけ」

「「はっ」」



 そういわれ、二人の男に案内されるかの様に、その部屋から連れ出されていった。


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