第二十八話 獄炎鬼① 火を焼く炎
とほぼ同時、半ば反射的に正面から迫りくる炎に向かって、俺は『火炎放射』を解き放っていた。
並みの炎なら俺の『火炎放射』で苦も無く押し返せる。
上位個体とも呼べる炎の獅子に進化し、自分の力に過信していた俺は、そう高をくくっていた。
だが、それがいけなかった。
俺を飲み込もうとする炎を相殺しようと反射的に放った『火炎放射』は、逆に俺に向かってくる炎に押し返され焼かれ始めたからだ。
な!?
俺は心の中で驚愕の叫びを上げた。
もはや炎のエキスパートとも呼べるレベルに達している俺の『火炎放射』を、まさか目の前の炎が押し返してくるばかりか、焼いてくるとは夢にも思わなかったからだ。
しかも、火炎放射で直撃を防いでいるとはいえ、熱い。炎でできているはずの俺の体が、俺に襲い掛かってくる炎に直接触れていないというのに、まるでオーブントースターや電子レンジで熱せられたように物凄く熱いのだ。
このままだとまずい。
何がまずいのかはわからなかったが、とにかく俺の本能が、俺の体と同じ炎でできているはずの俺の『火炎放射』を焼き直接触れていないにもかかわらず、俺の体にかなりの熱を伝えるこの炎をもろに浴びたらまずいと訴えかけている。
炎は俺には通用しないと、確信をもって俺は言えるが、炎の獅子といういわば一種の野生の獣と化している今の俺の本能が、逃げろ! この炎に飲み込まれるな! この炎に触れるな! と必死に訴えかけてきている! 冷静に考えれば炎が本体である俺が炎に飲み込まれた程度で、死ぬはずもないのだが、俺の火炎放射を焼き、さらに炎でできている無機物であるはずの俺の体に熱を伝えることのできる異質のこの炎は不気味だった。
そしてなにより、野生の勘というものがあながちバカにできないものであることを知っている俺は、本能の訴えに従って四肢に力を漲らせ、火炎放射を吐き出し、襲い来る炎を相殺しながらも、空高く飛び上がった。
空高くといっても、天井の高さが14,5メートルほどのこの階層内ではたかが知れている。
俺は天井すれすれまで飛び上がると、眼下に広がる階層の半分程をあっさりと飲み込んだ炎の出所に視線を向けようとした瞬間、俺に向かって直径一メートルはあろうかという特大の岩石のような炎弾が、大砲で発射された砲弾のように迫ってきているのを視認した。
ちっと舌打ち一つしつつ俺は、とっさに反転して天井を蹴って直径一メートル大の炎弾を体にかすらせながらも、すんでのところでかわすことに成功していた。
俺にかわされた炎弾は、俺が先ほどまでいた付近の天井を突き破り、上層階へと突き抜けて、上層階層内で爆発し、あたりに爆炎と爆音を撒き散らした。
なんつー威力だよ。俺は俺に向けられて解き放たれて上層階の階層内で爆発した炎弾の天井を突き破る威力と爆発音を聞きひとりごちる。
にしても何なんだ? いきなり人に向かって炎を放つは、炎弾を撃ち込んでくるわ。一体何ものの仕業だ? 俺に何の怨みがありやがる。
そう思いながらも、俺に向かって炎や炎弾で攻撃を加えてきたものが何者であり、どこにいるのかを探るために獅子の目で乱戦になりつつあるこの階層にいるであろう敵の姿をとらえようと、首を巡らせて周囲に視線を彷徨わせた時、俺の体の左肩部分に鋭い痛みが走った。
つっ!?
俺は鋭い痛みの走った左肩へと左目を向ける。
俺の左目がとらえたのは、獅子の体を形作る自分の左肩の肉(炎)が削られている姿だった。
はっまじか!?
俺の体は炎でできているため、今の今まで腐餓鬼や餓鬼王の持つ風圧スキル以外で傷ついたことがなかったために、心の中でだが驚きの声を上げた。
そう、あの先ほど俺を襲った炎は俺の火炎放射を焼き、俺の体に炎の熱を伝え、そのすぐ後に俺を狙って撃ち込まれた炎弾は、俺の体を削り取ったのだ。
今、俺の目の前に存在する俺を狙う炎は、俺の体を傷つけ、無機物であり、炎の粒子のようなものでできた俺の体を、俺を、確実に殺すことができる炎だったのである。
やばいやばいやばいやばいやばいっ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっこのままだとっ俺が死ぬっ!!
地獄っぽい世界に居たとはいっても、今の今までまともに敵の攻撃を食らってきた経験がほとんどなかった俺は、炎が体を削るというあり得ない状況に置かれたために、軽いパニック状態に陥ってしまう。
どうするどうするどうする? とにかく逃げないと逃げないと逃げないとっこの場から急いで逃げないと!
パニックに陥る俺の視界に、俺がこのボス部屋のような下層に降りてきたときに通った上層とをつなぐ階層通路が入ってくる。
そうだ。
この階層から逃げ出せばいいんだ。
パニックに陥った俺は、一心不乱になりふり構わず出口を目指し走り出す。
炎獅子に進化して、大火でいたときよりも大幅に速度を向上させた俺が本気で逃走を図れば自足40キロ以上の速さで移動することができる。
これは、車やバイク船舶や飛行機などの人の足の代わりになる高度な科学技術によって作られる乗り物のないこの地獄に似た世界においては、かなりの速度であった。
もう一歩。あとわずかで、上層へと続く階層通路に飛び込めると、俺が我知らず笑みを浮かべたと同時に、俺の逃げ込もうとしていた階層通路は、爆発四散し炎上した。
先ほどから俺を攻撃してきた何者かが、俺を逃がすまいと俺の逃走経路を破壊したのだった。
ああっくそっ何てことしやがる! これじゃ逃げられねぇじゃねぇか! 俺は炎弾を放って俺の逃走経路を破壊したものがいるであろう方角を睨み付ける。
俺が睨み付けた先にいたのは、地獄と類似したこの世界にもっとも相応しい赤道色の肌をした鬼と呼ばれる存在だった。
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