第二十七話 下層にいたもの。

 『炎の爪』で下層へと通じている蓋を破壊した俺をまず襲ったのは、下層へと通じる通路が開いたために、性質的に上層へ昇ろうとする熱波だった。


 熱波は俺を通過すると、上層へと昇って行った。


 俺は自分を通過した熱波を無視すると、熱波の発生源である下層へと足を踏み入れた。


 俺が足を踏み入れた餓鬼道の最下層と思しきゲームでいうところのボス部屋ともいえる空間は、俺の炎によって熱せられ、さらに蓋で蒸し焼きにされていたために、土でできていると思われる壁や足元の土や天井からは温泉のように白煙が立ち上っていて、階層内は見事なまでの熱気で溢れかえっていた。


 普通の人間なら数秒もいたら、蒸発とまではいかないが、あまりの熱で息絶えるか、体が発火してしまうほどの熱量だ。


 だが幸いなことに俺の体は炎でできているために、人体を発火させるほどの熱波をもろに浴びても、心地いいほどだった。


 それから下層に足を踏み入れた俺は、全身を襲う熱波に身をゆだねながら、火を放つ前に餓鬼道の最階層と思わしき場所に羽虫のごとく溢れかえり、血なまぐさい争いを繰り広げていた数多の餓鬼や腐餓鬼や餓鬼王たちが、あの後どうなったのかを確認するために、階層の様子を見まわし始めた。


 まず俺の目についたのは、餓鬼王や腐餓鬼に自らの命もかえりみず群がっていた餓鬼たちの死骸だ。


 彼らの死骸は無惨に焼け焦げ、死に際の表情なのか、まさしく地獄の餓鬼といった苦しみ抜いた表情をしていて、その焼け焦げた体からは未だに熱が抜けきっていないのかブスブスといった肉や骨を焼く音と共に、炎に熱せられた土壁や天井と同じように白煙が立ち昇っていた。

 

 次に腐餓鬼の死骸は、焼けつくような熱さから逃げようとした数多の餓鬼に群がられながら、餓鬼と同じように、ブスブスといった肉や骨を焼く音をさせながら、体から白煙を上げていた。


 だが、俺はこの時違和感を覚えていた。


 餓鬼や腐餓鬼の死骸すらあの蒸し焼きの中で残っていたと言うのに、いくら周辺を見回しても、餓鬼王たちの死骸の姿が一切見受けられなかったからだ。


 餓鬼や腐餓鬼の死骸は残っていたというのに、餓鬼たちの最終進化系である餓鬼王の死骸が残っていないのは、あまりにもおかしい。


 だが俺の見渡す限り餓鬼王の死骸は見当たらない。ボス部屋のような作りといっても、この階層の広さは、せいぜい横幅が二十メートルほどで、縦幅が三、四十メートルといったところだ。


 それほど広くもない空間で、俺があの巨大な餓鬼王の死骸、もしくは姿を見落とすとは到底思えない。やはり餓鬼王の死骸もしくは姿が見当たらないのはあまりに不自然すぎる。


 とはいえ俺の考えすぎなのだろうか? だがひっかかる。やはり餓鬼や腐餓鬼の死骸だけが残り餓鬼王の死骸がないというのは腑に落ちない。どう考えてもおかしい。


 けど、自分で言うのもなんだが、餓鬼に群がられていた餓鬼王たちに放った俺のスキル『炎の渦』の火力は物凄いから、もしかしたら俺の炎の渦の直撃を食らった餓鬼王たちのほうが、餓鬼や腐餓鬼たちより先に燃え尽きたのかもしれないと思い始めていた。


 うん。それなら納得できる。


 それに前にやった実験でもわかっていることだが、『炎の渦』は餓鬼などの可燃物に燃え移ると、その威力を飛躍的に高めることが分かっている。


 そのため俺が餓鬼王に『炎の渦』を放った時点で、すでに炎は餓鬼に引火して巨大な炎の渦を作り上げていた。


 なら、餓鬼王の体が餓鬼たちみたく焼け残らず、炭化して崩れたか、先ほど俺がこの階層の蓋を開けたさいに吹き出してきた熱波に巻き込まれて体が崩れたのかもしれない。経験値については、俺が強くなりすぎたために、餓鬼王たちの経験値の入りが少なくなったんだろうと思うことにした。


 うん。きっとそうだ。餓鬼王の死骸が見当たらないために、俺は一人納得することにしていると、こちらに向かって無機物である炎の俺の心ですら、ぞくりと凍らせるほどの物凄い怒気が向けられた。


 俺は半ば反射的に怒気の向けられた方角を振り返った。


 瞬間。


 俺は、炎の波に飲み込まれた。

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