1-5.囮

『えー、犯人に告ぐ。お前は完全に包囲されている。大人しく自首しなさい。今ならまだ罪は軽くなるぞ』


あまりやる気のない刑事の声が拡声器で流される。その下に赴いて敬礼。


「魂魄管理局違法魂魄対策課直接執行部羽月班四名、到着しました」


拡声器の電源を切って、刑事がこちらを向いて頭を下げる。


「直接執行部の皆さん、来ていただき感謝します」


「犯人の様子は?」


「あんな感じです」


町工場の方から男の声が聞こえてきた。


「うるっせぇんだよ!自首なんかするかっ。それより早く金だ!金持ってこいや!」


粗暴な男の声は騒音だ、聞くに耐えない。


「地声でこれとか、すごいっすね」


「金って……おいくら要求しているんです?」


「500万です。持ってきたら人質は解放すると言っていますが」


そもそも立て籠って金を要求するってどういうことなんだ?色々とおかしいだろうと、


「金もらってもそのあとどうするんすか?捕まるだけなんじゃ」


「逃げ切る自信があるんですかね?」


ゴホンと刑事の咳払い。


「えーと、人質は三人いますが犯人は単独です。いつもなら警官隊を突入させて取り押さえてる所なのですが」


刑事が顔をしかめる。


「相手が魂魄能力者なのが問題でして……」


警官隊を見渡す。誰もが緊張の面持ちだが中には怯えた表情も。


「15年前の事件以来、警察は魂魄能力者の事件は直接執行部に任せきりですからね。

今回も、上から直ぐに協力をしてもらえとのことでして」


15年前、一人の魂魄能力者がコンビニ強盗に押し入った。

想像よりも早く駆けつけた警察に焦った犯人はコンビニに立て籠り、手柄を焦った現場指揮官は独断で突入を指示。

当然抵抗した犯人により、客や店員、警官隊合わせて24人の死者、30人以上の負傷者を出す大惨事となった。


この事件より警察は魂魄能力者による事件の解決は魂魄管理局に任せる様に。


皮肉にも直接執行部にとってはこの事件が地位を磐石にしてくれたのだ。


「……俺達の代わりに、とは言いませんが。お願いします。犯人確保、それ以上に人質の無事を……」


刑事の言葉に手を差し出す。


「もちろん、私達もそのつもりです」


設営されたテントの下で作戦を考える。


警官隊の一人が陽鞠の質問に答えている。


「はい、裏口からかなり犯人と人質に近づけました。気にする素振りも無かったので多分考えてもいないのでは?」


「なるほど、それなら裏口から人質救出することは?」


「流石に人質は犯人の目に入る所に……ただ人質は後ろ手に縛られているだけだったので救出時にはスムーズに逃げられそうでした」


「そうですか、まぁそこまで頭が悪いわけ無いですよね……」


陽鞠の質問が一段落したので手を叩く。


「はい、皆注目。作戦を決めるぞ」


一同の視線が集まる。


「今回の作戦はシンプルに、一人が正面から入って犯人の気を引く。

その間に残りが人質の安全を確保。それができたら犯人の制圧、以上!」


「シンプルつーか、雑じゃないっすか?」


「あまり細部を詰めてもね、臨機応変の方がずっといいよ」


他の異論は無いようなので、話を続ける。


「次は配置だけど。囮役、これは私がやる。

綾乃は人質の保護、大和はこれのサポート。

人質の安全を最優先に何をしてくれてもいい。余裕があれば犯人の確保を手伝ってくれてもいいよ。

陽鞠はいつも通り連絡役だ。状況に変化があったら伝えて」


「おう、分かった」


「了解です」


返事が二つ。が、


「どうかしたか大和?」


「いや、あの囮って?」


「ん、犯人を気を引きつつ火傷しないように立ち回る仕事だな、私が適任だね」


すると大和がとんでもないことを言い出す。


「それ、俺できます。やらせてください」


「えっ、お前いきなりそれは無理だろ」


「大和くん?ちょっと張り切りすぎじゃあ?」


新人初日に任せられる仕事では無いのだが……下手したら命に関わる。


「大和、やる気があるのは良いしそのやる気をぜひ持続してほしいものだけど。少し性急に過ぎるんじゃ……」


大和と目が合う。思わず言葉をつまらせる。


「大丈夫っす、火傷しないように気を引けばいいんすよね。任せてください」


と、胸を叩く。


「……分かった大和。囮役やってみろ」


「ちょっと、班長いいんですか?」


「人質は絶対に守る、何かあったときは私が責任をとる」


「華澄がいいならいいけど、華澄は人質保護に回るってことか?」


「あー、いや人質保護は私一人でやる。

綾乃はライフル持って狙撃ポイントに待機をお願い。何かあったら撃って」


「了解」


「じゃあ総員装備開始……。あ、大和ちょっと待って」


「はい?」


トレーラーに向かおうとした大和を呼び止め、ホルダーから外したハンドガンを手渡す。


「これって?」


「貸してやる。それが一番小さいからな。

どっかに隠し持っとけ。それと」


自分等の服を指差し、


「今朝方大学に潜入してきて私服なんだ。

着替えたいから装備だけ持ってトレーラーから出といて欲しいんだけど」


「ああ、だから皆さん私服で」


ちなみに白フリルのワンピース。

綾乃がデニムのホットパンツにタンクトップ。

陽鞠はマキシスカートに黄緑のカーディガンだ。


大和は初出勤だからかスーツでビシッと決めていた。


「皆さん似合ってるっすよ。かすみちゃんは大学生に見えないっすけど」


「うっさい、はよいけ」


いそいそとトレーラーに向かう大和を見送ると綾乃が話しかけてくる。


「随分とお優しいんだな。自分でやった方が早いだろうに」


「あぁ……目がね」


「目?」


大和の目を思い出す。


「目がね、自分は絶対大丈夫って思ってるように見えたんだ」


その自信がどこからくるのか。

私は知りたかった。

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