最高のライバル

 バトラーはそれぞれ控室を割り当てられている。クインビーの控室のドアには鍵がかかっていた。天翔は握った拳でドアを叩いた。

「タカシくん、そこにいるんだろ。開けてくれよ」

 返事はない。

 ワラワラと集まってきた警備員が手足を押さえつけた。スーツ姿の数名がトランシーバーで指示を出している。天翔は自分の控室まで引きずるようにして連れ戻された。


 クインビーの控室には、長髪のウィッグを外した少女が、いや、タカシがいた。手元のスマホの画面を見てため息をつく。天翔へのメッセージ、どうしても送信が押せなくて。

 作業台の上にはここまで一緒に闘ってきた自作のドローン、バンブルビーが乗っていた。この一ヶ月、天翔が用意してくれた専門家の掲示板へのログインIDのおかげで世界中のエンジニアに思う存分質問することができた。その知識は天翔のために使わなければと思いながら、バンブルビーのためにも使わせてもらった。けれど、天翔が世界中から取り寄せた部品はバンブルビーにはひとつも使っていない。バンブルビーは自分のお小遣いで出せる安い部品だけで作り上げた。部品を節約したせいで随分と小さくなってしまったけれど。

 そのバンブルビーは、もうボロボロだ。決勝まで闘えるとは思ってもいなかった。いつ空中分解してもおかしくない。

「もう一回だけ。決勝だけ、なんとか頑張って」

 タカシは愛しげにバンブルビーに触れた。もう、メンテナンスの時間も無い。天翔のスカイランナーがどれだけしっかりした造りなのか、作った自分がよくわかっている。長丁場になれば勝ち目はない。

 ステージにつながるドアの向こうから歓声が聞こえてきた。皆が自分を待っている。そう思うと気持ちが奮い立つ。

 タカシはウィッグとサングラスとマスクを付け厚底靴を履いた。ウィッグの上からチューリップハットを被り鏡の前に立つ。どこから見てもクインビー、ママの若いころの衣装がピッタリだ。

 モニターから似鳥アナが名前を呼ぶ声が聞こえる。

 クインビーになったタカシは扉を開け、ステージへの階段を登った。


「さあ、いよいよ決勝戦の開幕です。前評判の高かった優勝候補たちを倒してここまで登りつめたふたり、空乃天翔クンとクインビーのバトルがついに始まります。鳳博士、いかがでしょうか」

「まったく予想のつかなかったダークホース同士の対決ですね。ふたりともここまでのバトルで実力は充分に証明されています。小細工抜きの正統派、決勝のバトルが今から楽しみです」

「ここで、先ほどから実施されているネット上でのリアルタイム勝敗予測の結果です。ネットではクインビーの人気がすごい。スター誕生といった様相を呈しています。一方の空乃くんの人気もすごい。こちらもがっちりと人気を集めています。そして予測結果は空乃くんとクインビー、それぞれの勝敗が五分五分といった結果になっています」

「実力は拮抗していると皆さんが認めているんでしょうね。ここまでのバトルで観客の目も随分と鍛えられているということかと思います」

「なるほど。そしてついに時間がやってまいりました。決勝戦、今、開幕です」


「タカシくん、どうして」

 決勝が始まったというのに天翔の気持ちは揺らいでいた。クインビーは間違いなくタカシだ。どうしてタカシがクインビーなのか。なぜ女の子の格好で大会に参加しているのか。なんで自分と対決しているのか。

 悩んでいる暇は無かった。クインビーは果敢に攻撃を仕掛けてくる。リキシを倒さぬようかわさなければならない。

 すぐにバトルに集中していた。もう無我夢中だった。攻められたらかわす。うまくかわしたら今度はこちらから攻める。目まぐるしく入れ替わる攻守。エアDの動きを取り入れたプログラムでなんとかバランスを保つ。タカシが一心不乱にプログラムを打ち込んでいた姿を思い出す。気持ちが乱れる。

「ああ!」

 隙を突かれた天翔のスカイランナーがよろめき、リキシがふらつく。なんとか持ち応えた。

 今度は天翔の番だ。クインビーのバンブルビーめがけて一気に詰め寄る。

 バンブルビーが大きく揺れる。リキシはこらえきれない。倒れた。


「いや、まただ。クインビーのリキシがまた前に倒れたまま落ちないで残っている!」

「こんなマヌーバを狙ってできるとしたらすごいことですね」


「やっぱりタカシくんだ」

 そんなことができるのはタカシに間違いない。天翔は改めて確信していた。タカシなら次はどうする。どう出る。どう攻めてくる。


 二台のドローンが一瞬、静止して向かい合った。

 天翔のドローン、スカイランナーが一気に突き進む。クインビーのバンブルビーは回るように横に動きながら間合いを保とうとする。天翔は機体を僅かに傾けてカーブを描く。二台の距離が縮まる。

 次はどうする。どう動く。

 バンブルビーが上昇。スカイランナーが追随する。

 上がるか。下がるか。

 バンブルビーが回転を始めた。そのまま上昇していく。遅れて回転を始めたスカイランナーも上昇する。二台が接触。下から押されたバンブルビーが大きく傾く。プレート上のリキシが滑り落ちる。少し遅れてスカイランナーのプレートからもリキシが滑り落ちた。


「落ちた。ついにクインビーのリキシが落ちた。先に落ちたのはクインビー。敗れたのはクインビー。勝者は空乃天翔くん。空乃天翔くんです!」

 大観衆が見守る中、地面に先に到達したのはバンブルビーのプレートから滑り落ちたリキシだった。


「タカシくん!」

 天翔はクインビーに駆け寄った。

「わかってたんだね」

 クインビー、タカシがサングラスとマスクを取った。

「このバトルまで確信は無かった」

 天翔の声は震えていた。


「こ、これは、謎の美少女バトラーがついにサングラスとマスクを外した。そして、勝者の空乃くんと何か話しています。が、大歓声でよく聞こえません。ネットからの反応です、『予想通り、美少女だった』、『いや、予想以上の美少女っぷり』、『クインビー萌え~』、ついに正体を現したクインビーに驚くほどの反響です」


「どうしてこんなことを」

 聞かずにはいられなかった。

「招待状、ボクにも来てたんだ。理由は知らない。でも、招待された以上、ボクもこの大会に出たかった」

「それなら言ってくれたら」

「言えないよ。だって、だって、天翔クンはふたりで闘おうって」

「そうだよ、ふたりで闘おうって」

「でも、ボク、勝ちたかった。この大会の賞金が欲しかったんだ。賞金で、もっと弟たちに……」

 タカシの瞳が濡れていた。

「違う。そんなんじゃない。本当は、何もかも満たされた天翔クンのことが羨ましかったんだ。だから、だから、どうしてもドローンバトルだけは勝ちたかった。なのに、それも天翔クンにはかなわなかった」


「ようやくふたりの会話が聞こえてきました。クインビーの正体はどうやら空乃天翔クンのチームの青空高志クンのようです。驚きました、美少女だと思われていたクインビーはどうやら男の子だったようです。えー、それについてのネットでの反応です、『それでもいい』、『むしろいい』、圧倒的に肯定的な反応です!」


「勝ったのは天翔クンだ。やっぱりすごいよ、天翔クンは」

「そんなことないよ。タカシくんの、いや、クインビーのバンブルビー、もうだいぶダメージ溜まってたよね。最後の動き、本当ならあそこでいつものフェイントじゃなくてボクの動きに反応するはずだったのに、うまく反応しなかった」

 バンブルビーが限界だったことを天翔は見破っていた。

「わかってたんだ」

 タカシは唇を噛んだ。

「バンブルビーの状態に問題がなかったら勝ったのはタカシくんだよ」

 天翔にはわかっていた。機体にトラブルが無ければタカシは間違いなく天翔の予想の裏をかいたはずだ。

「タカシくんがボクを強くしてくれたから。一緒に闘ってくれたから、ボクはタカシくんに勝てたんだ。全部タカシくんのおかげだ!」

 その気持に嘘偽りは無かった。ひとりじゃ勝てない。ふたりだから勝てた。天翔はタカシの両手を掴んだ。

「天翔くん……」

 タカシは潤んだ目で天翔を見つめた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、その格好で見つめられるとドキドキしちゃうよ」

 天翔の頬が赤く染まっていた。

「え、そう?」

 戸惑うタカシ。

「タカシくん、あのね、あの、その、えっとね、その、すごく似合ってるよ、その格好」

 天翔は目を伏せてますます顔を赤くした。

「え? えええッ!」

 タカシの顔も瞬く間に赤く染まる。

 気がつくとふたりは真っ赤な顔でもじもじと立ち尽くしていた。

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