クインビーの秘密

「サトシ、タケシ、テレビばっかり見てないでお片付けしなさい」

「えー、クインビーのバトル終わったら」

 タカシの母は抱っこしたカスミをあやしていた。

「あら、サトシ、その服はどうしたの」

「あんちゃんの部屋にあった」

「どうして私の昔の服がタカシの部屋に?」

「ママ見て」

 ウィッグを被ったタケシが嬉しそうに走り回っている。

「タケシ、どうしてママのウィッグ被ってるの」

「あんちゃんの部屋にあった」

「なんでタカシの部屋に私が昔使ってたウィッグが……って、ごめんね、カスミ、おー、よしよし」

 泣く子と地頭には勝てない。タカシの母は顔を真赤にして泣くカスミをせっせとあやし続けた。




 特別観覧席の一番前に陣取ったメテオはチームXとクインビーのバトルを食い入るようにみつめていた。

「そうや、それや、ワイのやりたかったんはまさにそれや。くぅー、なんちゅうこっちゃ、こいつらわかっとる。わかっとるやないか」

 メテオのドローン、キュムロニンバスは、空間のZ軸に注目し、押さえつけるようなマイナスのフォースを発生させるとともにより強力な下降気流のコントロールをめざしていた。チームXのドローン、TACS(Tri-axis Active Control System)は、Z軸に加えてX軸Y軸についても能動的な制御を実現している。コンプレッサーで圧縮した空気をノズルから細かく噴射しながら姿勢を制御する。その安定感は他のドローンを圧倒していた。

「わかる。わかるで。こいつら、単に姿勢制御だけを目指してるわけやないんや。さっきの嵐との対戦では片鱗だけやった。今度はこいつらの全部の、ほんまもんのパワー見せてもらうで」


「準決勝第二試合、クインビーのバンブルビー対チームXのTACSの一戦は互いに隙を見せないまま進んでいます。鳳博士、これはどちらが先に動き出すんでしょうか」

「先の試合を見ていると、チームXは無理に攻めるつもりはないようです。となるとクインビーちゃんですね」

「クインビーですか」

「クインビーちゃんです」


 タカシを探したい。でも、クインビーとチームXのバトルも気になる。

 天翔は控室に戻るしかなかった。どのみち、タカシが帰ってくるとしたらここしかない。帰ってくるのかどうか、それはわからない。ひょっとすると二度と戻ってこないのかもしれない。

 天翔はモニターを見上げた。

 バトルは次の展開を迎えていた。一向に動こうとしないチームXにしびれを切らしたクインビーは、TACSの周囲を大きく回りながらチャンスを伺い始めていた。


「あの動きは!」

 クインビーの動きに天翔は目を奪われていた。

「円を描くような動き、あれはまるでタカシくんだ!」

 なめらかな動きで相手との間合いを見図るのはタカシの得意の動きだ。二人で練習した日々を思い出す。あの動きはタカシにそっくりだ。


「おおっと、ここでTACSが回転を始める。力強い回転だ」

「見てください、回転軸が非常に安定しています。これはTACSがXYZ軸の動きを制御しているからこその安定と言えますね。素晴らしい」


「そうや、これや。ワイの見たかったんはこれや。嵐もワイも中心は下降気流、つまり高気圧と一緒や。こいつはちゃう。こいつは中心が上昇気流。つまり低気圧と一緒や。いや、単なる低気圧やない。こいつの起こしとるんは台風や。こいつはこのバトルスペースに台風を巻き起こしとるんや!」


 会場が息を飲んで見守る中、クインビーのドローン、バンブルビーはTACSの生み出した暴風に翻弄されながら耐えていた。


「まるでエアDを思わせるような動きです。クインビー、耐える。すごい」

「いやあ、クインビーの頑張りには驚きますね」

「ここで情報が入ってきました。なになに、ええっと、おお、これは先ほど日本の自動車メーカーによる買収が決まった世界的なロボティクスカンパニーの主席研究員からの情報です。『クインビーは一ヶ月前、突如我々に接触してきた。僅かな時間に彼女が吸収したことをひと言では語り尽くせない。彼女の独創的なアイディアは制作したドローンに生かされているはずだ。クインビーの健闘を祈る』、これは、どういうことでしょうか、鳳博士」

「いやあ、彼女、何者なんでしょうか」

「そして、もうひとつ情報です。クインビーのドローン、バンブルビーは位置情報を把握するためのカメラ・アイに複眼方式を採用している。通常のレンズの前に無数の小型レンズ、つまり複眼ですが、それを配置することにより、位置情報の把握を従来の二眼式、四眼式以上の精度と速度で行っているとのことです。これは?」

「蜂などの昆虫のように複眼を使って自分自身の位置情報を把握しているということのようですね。小型の機体に搭載することを考えると非常に理に適っていますね」


 翻弄されながらもエアDのように必死で態勢を立て直す姿は、タカシが天翔のスカイランナーに組み込んだプログラムとよく似ている。いや、まさにそのものだ。

 天翔は頭に思い浮かんだ考えを必死で打ち消そうとした。まさか、いや、そんなはずがあるわけない。

 モニターに映るクインビーは長い髪の女の子だ。チューリップハットを被り、大きなサングラスとマスクで顔を隠し、足首までのワンピースと厚底靴。ファッションは今風じゃなくても、どう見ても女の子にしか見えない。

「ああ、クインビーのリキシが!」

 観客の視線がクインビーのリキシに集まる。バランスを崩したリキシが前に倒れていく。

「勝負あったか! いや、落ちない。落ちていない。倒れたリキシはそのままプレート上だ。鳳博士、これは」

「リキシが地面に着いたほうが負けですから、この場合、リキシが落ちていないクインビーはまだ負けてはいません」

「なるほど。あ、そして、ここでクインビーが攻める」

「前のめりに倒れたことでプレートとの接触が増えたわけで、ある意味安定したとも言えますね」

「ひょっとして狙っていたと」

「いや、そんな動きはさすがに」


 天翔は息を飲んでいた。タカシならこんな思い切ったマヌーバーをやりかねない。


「そして、クインビーがTACSの中心をめがけて一直線に進んでいきます。ここまでの慎重さをかなぐり捨てたような思い切った攻撃です。が、ああ、クインビーの機体が前のめりに傾いた。リキシが、クインビーのリキシが落ちていく!」

 リキシを落としたバンブルビーも、大きく転がりながら落ちていく。

「ああ、なんと、クインビーのリキシがTACSのリキシを直撃した。両者ともに落ちていく! おっと、そこにバンブルビーが、先に転がり落ちたバンブルビーが待ち構えています。リキシを受け止めた。落ちてきたリキシを受け止めた。リキシを乗せてバンブルビーが飛んでいる。クインビーのリキシは一度落ちて、それからまた空中で拾われました。その間、TACSのリキシは敢えなく地上に落下。大変なバトルです。大変な事態になりました! ああ、やはり、審判団が手を挙げています。物言いがつきました。バトルの勝負は審判団の審議に委ねられることになりました! 鳳博士、これはいかがでしょうか」

「クインビーが故意にリキシを落としたのか、それとも偶然か、そこが審議の分かれ目になりそうですね」

「なるほど。会場は騒然としております。それではここで一旦コマーシャルをどうぞ」

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