Dの対決
「さあ、一回戦、残すは公道ドローンレーサーの大文字(キャピタル)Dと、ドローンテニスの貴公子、エアDこと九条弾(くじょう・だん)選手との対戦のみとなりました。鳳博士、初戦での石山嵐くんの陥落は衝撃でしたが、一回戦、他の対戦はいかがでしょうか」
「そうですね。異なる種目からの参加は総じて不利だと考えられます。その意味ではドローン・ツーリングから参加のドローンズや、立体迷路からの脱出競技であるドローン・ラビリンスから参加したアルドローノンなどの敗退は、ある意味納得のいくものと言えそうです。ですが、異種目とはいえドローン・バレエのプリマとして知られるアンナ・ドロノワがスベランカー選手に敗れたのは残念ですね。そして、なんと言ってもドローンバトルの常連、プロポの細かい操作で人気の棚橋名人がドローンバトル初参戦の少女バトラー、クインビーに敗れたのは大きな番狂わせでした」
「なるほど。さあ、バトルの準備は整いました。いよいよ一回戦最後の対戦。これで二回戦進出選手が全て決まります。この対戦、世界レベルのサポートを受けているエアDが圧倒的に有利ではないかと思いますが、鳳博士、いかがでしょうか」
「確かにそうですね。どれほど素晴らしいドローンを用意しているのか、非常に楽しみです」
「おっと、ここで重要な情報が届いてきました。なんと、エアDは今回の大会に向けた専用ドローンの準備が間に合わず、まったく無改造の通常仕様のドローンでの参加となるそうです。この大会の直後に開催されるドローン・テニスの全欧オープンへの対応を優先させた結果、残念ながら専用ドローンの開発を諦めたとのことです」
「全欧はドローン・テニスの最高峰ですから、ある意味やむを得ないのかも知れません。こうなると九条選手の巧みなドローン・テクニックがどれだけ繰り出されるかが楽しみですね。通常のドローンであっても華麗な動きを披露してもらいたいところです」
公道ドローンレースは、搭載したカメラの映像を見ながら操作するFPV(First Person View)の機体を用いて、峠などの公道をレースコースに見立て一対一で行われる。ドローンバトルとは違い、機体の安定性はそれほど求められない。ドローンの操作の肝となるFCS(Flight Controller System)も、ホバリングでの安定性よりも俊敏性や高速での移動をめざしてまったく違うものが用いられている。
大文字DのドローンはFCSを変えずにバトルに臨んでいた。俊敏な動きで先に勝負をかけてしまおうという作戦だ。自分のリキシよりも先に相手のリキシが地面に着く。シンプルにそれだけをめざしている。
一方のエアDは、通常使用のバトルドローンの操作に戸惑っていた。ドローン・テニスの専用機体はレース用の機体よりもさらに俊敏な動きが要求される。そのために、プロペラはやや小さめで回転数が多く、回転軸は僅かに内向きに傾いた角度となっている。高い機動性はよりシビアな操作を要求する。エアDのテクニックはそれによって鍛えられていたため、バトル用の機体は明らかに扱いにくいものだった。
控室のモニター前の天翔は手を握りながら対戦を見守っていた。
「ごめん、天翔クン」
息を切らしながらタカシが戻ってきた。
「どこ行ってたんだよ、次の試合も始まっちゃうよ」
対戦相手を研究するために一緒に観戦するものだと決め込んでいた天翔は口を尖らせた。
「ごめんね。まだ調子悪くて」
タカシは肩で息をしている。
「薬飲んだ?」
そんな状態になるまで放っておいたタカシに少し腹を立て始めていた。
「ううん。全然思いつかなかった」
「ていうか、薬持ってきたの」
「あ、ごめん、なんにも持ってきてないや」
「タカシくん、今日なんだかいつもよりぼんやりしてない?」
「ああ、ごめん、調子悪くて」
「そうじゃなくてさ」
天翔は言葉を飲み込んだ。責めてもしょうがない。それに、こんな時に仲違いしたら、次の試合の準備にも差し障る。
隣に座るタカシから、芳香剤のような臭いがした。
ずっとトイレにいたなら本当にしょうがない。
天翔は小さくため息をついた。
「さあ、いよいよバトル開始です。ああ、やはり大文字Dが一気に攻めてきた。下降気流による失速を避けるために速い速度で一気に上を通過……、いや、辛うじて、エアDが辛うじてかわしました。が、バランスを……、崩さない、なんとかギリギリバランスを保っています。逆にかわされた大文字Dが、いや、こちらも耐えた。今、大きく迂回しながらなんとか態勢を立て直しています。が、危ない、危ない、やや不安定な状態のまま再度エアDに向かう。また高速です。とにかく攻める大文字D。今度は決めるか。いや、今度もかわした。エアDが紙一重のところでかわした」
果敢に攻める大文字Dをギリギリのところでかわしつつ、なんとかリキシを落とさぬようバランスを保つエアD。慣れない機体を精一杯操るその姿に場内から大きな声援が上がり始めた。
「テレビの前の皆様にお聞きいただけるでしょうか、観客席が一体となってエアDを応援しています」
「九条選手の人気はすごいですからね」
「エアD、大文字Dに何度も追い詰められながら勝負の場に踏みとどまっています。また、ああ、危ない。今度はさすがにダメか」
「ああ!」
エアDのリキシが傾いた瞬間、天翔とタカシも同時に声を出してしまっていた。
「ついに敗退の時が、いや、なんと、立て直した。これも立て直した。我々の想像を上回る素晴らしいエアDの動きです。今の動きはなんでしょうか、鳳博士」
「いや、私も何が起こったか分かりませんでしたが、どう見ても倒れたリキシが次の瞬間には元に戻っていました」
「確かに。さあ、ますます声援が高まってまいりました」
「タカシくん、今のマヌーバ(操作)見た!」
「見たよ。今、間違いなくリキシが宙に浮いてた」
「それをまた受け止めた」
「倒さないように」
「「すごい!」」
二人の声が完全に揃った。
「でも、タカシくん、大文字Dもすごいよ。リキシの動きをバッチリ押さえ込んでる」
「天翔くんやっぱりよく見えてるね。大文字Dはむしろ速度を利用してるみたいだけど……、そうか、加速度だ」
「加速度……、なるほど!」
加速度の方向に力が働く。地球の中心が物体を引き寄せる引力は重力加速度で表される。円運動なら中心から外側に向かう加速度が遠心力になる。速い動きの物体が急に向きを変えると見かけの加速度が発生する。大文字Dが意識しているか無意識かは分からないが加速度を利用してリキシの動きを巧みにコントロールしていることに天翔とタカシは興奮していた。
「ここまで防戦一方のエアD、攻める大文字Dはどうでしょうか、疲れはありますでしょうか、鳳博士」
「ここまで大文字Dも素晴らしい戦いっぷりですね。不安定なレース用ドローンを完全に使いこなしています」
「なるほど。エアDの勝利のためには何が必要でしょうか」
「大文字Dの自滅を待つのではなく、より積極的な攻めが必要なのかもしれませんね」
「今の状況のエアDにそれは」
「かなり難しいでしょうね」
モニタの画面にかじりつく天翔を尻目にタカシは猛烈な勢いでノートパソコンのキーボードを叩き始めた。
「ああ、やっぱり」
モニタの画面から場内の落胆が聞こえるようだった。奮戦も虚しく、エアDのリキシはバトルスペースの床に転がっていた。
「タカシくん、どうしたの」
「うん、大文字DとエアDのマヌーバをなんとかプログラミングできないかって。ちょっと待って、なんとかなりそう」
その姿はさっきまで辛そうにお腹を押さえていたのとは別人だ。
「わかった」
夢中になっているタカシをそのままに、天翔はスマホを取り出した。セキュリティの都合で控室に入れなかったジイやに腹痛の薬をお願いするつもりだ。ジイやならなんとかしてくれる。
ほどなく、会場の係員が控室に薬を持ってきた。
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