初戦 VSドローンバトラーあらし
「タカシくん、遅いよ」
ようやく控室に戻ってきたタカシを見る天翔の目は少し涙ぐんでいるようにも見えた。
「ごめんごめん」
タカシはまだ青白い顔のまま、天翔が必死で最後の調整を加えていたドローンを手にとる。ふたりがこの一ヶ月心血を注いだ機体は、これから始まる最初のバトルを待っていた。
「うん、大丈夫」
マイクロドローン社のAir10のボディをベースに、プロペラの上にタカシが作った可変式の整流プレートが乗っている。ドローンのプロペラはピッチが固定されている。そのせいで、上昇気流に巻き込まれたり垂直に急下降した場合にバランスを失い、そのまま墜落してしまうことがある。ラジコンヘリのプロペラのような可変ピッチは機構が複雑になってしまう。プロペラの回転数の制御には限界がある。問題を解決するためにタカシが考えたアイディアが可変式の整流プレートだ。プロペラが巻き込む空気の量を調整することで、可変ピッチのプロペラの推進力の変化を擬似的に再現している。
「行くよ」
右手にプロポを持った天翔が左手でタカシからドローンを受け取った。
操縦エリアにはバトラーしか立ち入ることが出来ない。
タカシの視線を背中に感じながら、天翔はステージへと足を踏み出した。
「さあ、本大会一回戦、最初のバトルは、石山嵐選手と空乃天翔選手の対戦です。鳳博士、ずばり見どころは」
「石山くんは国内の強豪で、ドローンバトラーあらしと呼ばれています。今回はマイクロドローン社の機体にかなり改造を加えた機体「スペース・イントルーダー」を準備したそうです。秘策も用意しているとのことで、かなり期待できそうですね」
「一方の空乃くんは」
「ドローンバトルやドローンレースに参加しているようですが、基本的には無名の新人ですね。本大会には他にも大会での優勝経験などのない選手が招待されていますが、彼らがどういうバトルを見せてくれるのか、私にもまだちょっとよくわからないところではあります」
「なるほど。まずは両者、バトルスペースの規定位置で空中待機です。そして、バトル開始のシグナル。ついに本大会、最初のバトルの幕が切って落とされました」
天翔の対戦相手、ドローンバトラーあらしこと石山嵐の機体もAir10を改造したモデルだ。天翔の機体がプロペラの浮揚力に重点を置いた改造であるのに対して、石山嵐の機体は安定性を増すための改造を施されていた。まずは重量。一般的に言って重い機体のほうが安定性は増す。しかし、重量が増えるとバッテリーの持ちは悪くなる。5分の制限を待たず短時間で決着を付けるつもりのあらしは思い切って重量を増やしていた。重量増以外にもうひとつ、ドローンバトラーあらしには練りに練った秘策があった。
「空乃くんと言ったね。悪いけど、ボクの勝ちだ」
あらしの宣言とともにスペース・イントルーダーが回転を始めた。
「手元に届きました情報によりますと、これがスペース・イントルーダーの秘策、いや、必殺技、ファイヤートップだそうです」
似鳥アナの目の前に設置されたモニターに映しだされるバトラーたちの情報はテレビを通じてお茶の間の視聴者にも届けられていた。
「ファイヤートップ、つまり、炎のコマということでしょうか、鳳博士」
「コマのように回ることで安定を保つとともに当たってくる対戦相手を跳ね飛ばそうということですね。そのために、プレートを支えるジンバルを大きく改造して、歳差運動、つまりコマの軸が円を描きながら首を振る動きを吸収しています。機体を重くしたことも回転運動での安定にはより有効です。非常に考えられていますね」
「さあ、一方の空乃天翔くんの機体、スカイランナーはどうでしょうか」
「攻めあぐねていますね」
「ちっくしょー」
天翔は攻める糸口を見つけられずにいた。重量級のスペース・イントルーダーの上から近づくとプロペラによる下降気流に巻き込まれ、バランスを崩してしまう。下から攻めても同じだ。かといってまともにぶつかれば弾き飛ばされる。
こんな時、タカシならどうするだろう、そればかりを考えていた。
「そうだ!」
「おおっと、空乃くんのスカイランナーが寄せる」
「不用意に近づくとスペース・イントルーダーに返り討ちにされてしまいますね」
「ふふ、空乃くん、近づいてきたらどうなるか、わかっているのかな」
「ああ、スカイランナーは直前で止まった」
「いや、止まってはいませんね。少しずつ近づきながら……」
「回転している! スカイランナーも回転しています!」
「スペース・イントルーダーと逆回転ですね」
「バ、バカな、接触すれば軽いほうが大きな影響を受けるのは空乃くんもわかっているはず……」
二台の機体は回転しながら接触した。
「ああ、ついに二台が接触して空乃くんのスカイランナーが大きく弾き飛ばされた!」
「やはり、重量のあるスペース・イントルーダーが……、これは!」
天翔の機体は機体を傾けながら弾き飛ばされ、やや上昇していく。その動きが、加速をカバーし、遠心力を生み出している。リキシはまるでカーブのついたコースに上るスケートボードに乗っているかのように傾きながらも見事にバランスを保っていた。
「な、なんだとぉ!」
一方、スペース・イントルーダーは、激しく揺れ始めていた。
「ドローンバトラーあらしのスペース・イントルーダーが!」
「これは、コマの軸が大きく揺れている時と同じですね。回転の軸が傾いてしまったことで歳差運動が大きくなっていますね」
世界中が見守る中で、揺れながら回転を続けていたスペースイントルーダーのリキシがついに滑り落ちた。
「うう……」
ドローンバトラーあらし、石山嵐はプロポを投げ出すと膝から崩れ落ち、両手を地面に突いた。
「なんと! あのドローンバトラーあらしが初戦敗退です! 初戦から波乱の幕開けです!」
似鳥アナの絶叫は場内の歓声にかき消された。
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