ついに開幕
ドローンバトル、開幕
一ヶ月後。
会場となったドームは無料招待の観客で埋め尽くされていた。外に急遽設置された巨大モニターの前にも、世紀の大会を一目見んとする人々が集まっている。会場だけではない。日本全国でライブビューイングも実施され、ニコニコ動画での生放送も準備されている。世界中が固唾を飲んで大会を見守っていた。
「さあ、いよいよドローンバトルの新しい時代を告げる大会が、その火蓋を切って落とされようとしています。司会は放送席からワタクシ、似鳥慎一郎(にとり・しんいちろう)がお送りいたします。解説には、ドローンバトルではお馴染みの鳳(おおとり)博士にお越しいただいております。鳳博士、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。似鳥アナのニュース番組「イブニング・バード」、いつも楽しみにしています」
「ありがとうございます。早速ですが、鳳博士、本日の大会、実は私どもメディアにも代理店から主催者の正体は伝えられておりません。どうでしょう、お心当たりはいかがでしょうか」
「それが、まったく心当たりがありません。ただ、これだけ大きな大会を開催できるとなると、やはり大きな財力と組織力を持った集団なのではないでしょうか。本大会の最後に主催者からその正体について発表があるとのことですので、それまで色々と期待しながら待ちたいと思います」
「なるほど。さあ、大会開始まで時間が迫ってまいりました。ここで一旦、コマーシャルに移らせていただきます」
天翔とタカシは目を丸くしていた。
「ほら、あそこ、ドローンレーサーのゴウ・クロサワだ!」
「あっちはドローン・テニスのエアD(ディー)!」
「バトルフィールド・ドローンのメタル三銃士も!」
「有名な人たちばっかり」
「放送席の似鳥です。今大会が従来のドローンバトルと大きく異なるのはマイクロドローン社の規定のドローンだけではなくフルスクラッチ(完全自作)を含む改造が認められているということ、さらに、異種格闘技とでも言いましょうか、ドローンを使った他の様々な競技の選手たちを集めているということ、この二点になります。このあたり、どうでしょうか、鳳博士」
「ドローンバトルはマイクロドローン社とそのファンによって築き上げられてきたんですが、今回の大会ではその枠組みを超えたバトルが見られるはずです。今から楽しみです」
「ありがとうございます。さて、この大会の招待選手ですが、国内のドローンバトル強豪はもちろん、他競技でのスター選手が集まっています。選手のもとには嶋野アナがいますが、つながっていますでしょうか」
「はい、嶋野です。こちら、試合会場には開始を今か今かと待つスター選手がずらりと勢揃いしていますが、みなさん、開始直前で現場はかなりピリピリとした空気に包まれています」
「どなたか、お話うかがえますでしょうか」
「それが、どの選手もぎりぎりまで調整をということで、残念ながら試合前のインタビューは難しいようです」
「なるほど、現場の緊張が伝わってくるようですね」
「もうしわけありません。一旦、放送席にお返しいたします」
「鳳博士、それだけ選手の皆さんも本気だということですね」
「今大会は賞金総額一億円と、プロゴルフのツアー並みの賞金が設定されています。アメリカで盛んなバトルフィード・ドローンやアルティメット・ゲーム・フォー・ドローンズなどでもここまでの金額が設定されている大会はありません。ここまでの金額となると、やはり、エアDこと九条弾(くじょう・だん)選手の登場で人気急上昇中のドローン・テニスか、ゴウ・クロサワ選手がレーサーとして活躍するドローン・グランプリか、ということになりますね」
「そのおふたりとも今大会の招待選手に名を連ねていますが、いかがでしょうか」
「ドローンバトルとはまったく違う競技ではありますが、この一ヶ月の間にしっかりと準備を整えてきたはずです。各競技のトップ選手たちがどんなバトルを見せてくれるか、考えるだけで今からワクワクしています」
「本当ですね。私もです。さあ、開催は間もなくですが、ここでもう一度、CMをどうぞ」
「大丈夫?」
先ほどから何度もタカシに声をかけていた。緊張だろうか、タカシの目は泳いでいる。見た目にも分かる身体のこわばりは声をかけたぐらいではほぐれそうにもなかった。
「ごめん」
立ち上がったタカシの顔色は真っ青だった。
この一ヶ月、タカシは天翔とともに一心不乱にドローンの改造を進めた。天翔がジイややバアやに頼んでわざわざ世界中から取り寄せたパーツはありとあらゆる分野に及んでいる。天翔とタカシのアイディアは次々と形になっていった。タカシが練り直したプログラムがドローンに魂を与える。天翔の操縦がドローンに命を吹き込む。
大会本番を前にして緊張も疲れもピークに達していた。しかもこれから立ち向かうのは強敵ばかりだ。
「ごめん」
タカシはもう泣き出しそうだった。
「わかった」
天翔はうなずいた。
「バトルまでには帰ってきてね」
タカシがいなくなるのは不安だ。けれど、タカシの身体も心配だ。
ドローン本体とセンサーやカメラは問題無く調整されている。制御プログラムは何度も試してある。使い慣れたプロポも絶好調だ。
「大丈夫」
天翔は自分に言い聞かせた。
間もなく、参加選手たちは使用するドローンとともにステージ上に登場する。どのみち、選手ではないタカシとは一緒に上がれない。そこではひとりだ。そんなことは分かっていたはずだ。
「ごめん」
タカシは急いで控室から出た。
その姿を天翔は不安げな表情で見送った。
ドーム内の照明が落とされていく。ざわついていた観客の声が、潮が引くように消えていく。空気がピンと張り詰め、誰も彼もが固唾を飲んで見守っている。
似鳥アナはモニターを確認しながら、マイクに音を拾われないよう小さく唇をなめた。
「さあ、いよいよドローンバトルの開幕です」
張りのある声に合わせてドーム内の照明が光量を増し、ステージに一気に降り注ぐ。いつの間にか会場の一角に陣取っていたブラスバンドが勇壮なファンファーレを鳴らした。
観客たちがどよめく。誰もいなかったはずのステージ上に、観客席に顔を向けたバトラーたちがずらりと並んで立っていた。
「ここで、主催者からのメッセージを、私、似鳥が代読いたします」
両手で原稿を持つ姿がドーム内の大型モニタに映しだされた。
「皆様、この大会にようこそお越しいただきました。私どもは全く新しいドローンバトルの世界を切り開くための勇者をここに集め、今まで誰も見たことのないドローンバトルの新しい可能性の目撃者となるべく、観客の皆様をご招待いたしました。今日という日、みなさまは新しい歴史の証言者となります。この日を胸に刻み目に焼きつけようではありませんか。皆様と同様、私達もこの大会の開催に興奮しています。バトラーの一挙手一投足の全てが歓喜を巻き起こし、恍惚の中で私達は知るでしょう。これが、今から始まるこの大会こそが本当のドローンバトルなのだと」
「主催者からの言葉は以上です」
再びファンファーレが高らかに鳴り響いた。
眩い光に目を瞬かせながら、天翔はひとりステージに立っていた。
「キミは、空乃天翔クンかい?」
隣から声が聞こえてきた。
「ボクはあらし、ドローンバトラーあらしだ。よろしくッ」
差し出された右手を恐る恐る握る。
最初の対戦相手、ドローンバトラーあらしが前歯を目立たせながら微笑んでいた。
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