謎の招待状

 アメリカのお金持ちのドラマに出てくるような巨大なキッチンに濃いコーヒーの香りが漂っている。天翔からは「ジイや」と呼ばれているジョージ・カケイ三世は、自分で淹れたコーヒーをすすりながら一階のポストに入っていた大量のダイレクト・メールを確認していた。高層マンションはこんなつまらない宣伝物を回収するためにいちいち一階まで降りないといけないのが解せない。しかも、住人が小学生の男の子だというのに無差別に送られてくる不動産屋のDMの類には辟易する。日本人は不可解だ。

 危険は普通の顔をしてやってくる。チェックは欠かせない。とはいえ、あまりに穏やかな日々が続くと鍛え抜かれた勘も鈍る。危険と隣り合わせではない平和と神秘の国。居心地は悪くない。

 面白くもない作業は早く終わりにしたい。確認した郵便物をまとめてゴミ箱にぶち込む。残るはひとつ。後回しにしていた無地の封筒に手を伸ばす。ポスティングが禁止されているタワーマンションで差出人不明は珍しい。炭疽菌など入っていないことを願う。

 中から出てきたのは二つ折りのカード、開いた面には招待状と書いてある。


「坊ちゃま」

 寝ぼけ眼でテーブルに着いた天翔にカードを手渡す。

「何?」

 天翔は開いてみようともしなかった。

「ご覧ください」

 ジイやに促されしぶしぶ開く。書かれた文字をしょぼしょぼとした目で追う。

「なにこれ?」

 いきなり眠気が吹っ飛んだ。

「招待状のようですが」

「そう。ドローンバトルの大会の招待状。でも、なんで?」

「さあ」

 ジイやは片方の眉を上げた。

「しかも、こんな大会、聞いたことない。普通の大会は日本のブランチ(支部)か、そうじゃなきゃ地域の同好会みたいなところが主催するんだけど」

「けど?」

「この招待状には主催が書いてない」

「なるほど。ドローンバトルのことは坊ちゃまのほうがよくご存知だ」

 天翔はカードを持ち上げしげしげと眺めた。

「なんだか高級な感じがする。高い紙なのかな」

「わかりませんな」

「和紙よ。日本の、丈夫で高級な紙」

 匙を投げたジイやに代わって食事を運んできたバアやが答えた。

 天翔がカードを手渡す。受け取ったバアやは、手触りを確かめるようにカードを撫で、じっくりと見分した。

「手漉き、手作りという意味」

 カードを天翔に返す。

「高いの?」

「この紙は高い、とても」

 バアや、元米海軍少佐ナンシー・ウミキは、ジイやより日本文化に造詣が深い。ただし、日本語は今のところ苦手だ。

「差出人不明、謎の招待状」

 ソファに深く座ったジイやがコーヒーをすすった。

「面白そう」

 天翔は小学生とも思えない不敵な笑顔を見せた。




 天翔から渡されたカードをタカシは穴が空くほど真剣に見つめていた。

「どう思う?」

「どうって、すごいよ天翔クン、大会に招待だなんて」

「でも、こんな大会聞いたこと無いよ」

「ボクも。でも、第一回って書いてあるし」

「それに、ボクよりタカシくんのほうがテクニックは上なのに」

 天翔の言葉に邪気はない。悪びれた様子もない。

 何も答えずにじっと招待状を見つめていたタカシが、納得したように首を何度も縦にふった。

「天翔クンなら勝てるよ」

 タカシの言葉にも迷いは無い。

「わかった」

 それ以上、言葉は要らない。

「でも、ボクひとりじゃダメだ。タカシくんに助けてもらわないと。チームの一員として一緒に参加してくれない?」

 真っ直ぐな天翔の目に射抜かれる。タカシがドギマギと目を逸らす。

「ボクでよければ」

 か細い声だった。

「やったー!」

 天翔がタカシの両手をつかんだ。

「二人で絶対に勝とう。そうと決まれば作戦会議だ!」




 部屋の机でタカシはうつろな目で招待状を見つめていた。天翔ではなく、自分に届いた分だ。はっきりと、「青空高志様」と書かれている。天翔に言い出せなかった。自分にも届いていることを。

 大会のレギュレーション(規定)は招待状に書かれたURLで確認できる。さっきから何度もPCでブラウザを立ち上げては閉じてを繰り返していた。

 この大会では通常のドローンバトルと大きく異なり、改造についてかなりの自由度が認められている。開催までの一ヶ月、フルスクラッチでゼロから組み上げるのか、それとも通常のドローンをカスタマイズするのか。どちらにしても、タカシのおこづかいでは足りそうにもない。けれど、天翔のチームの一員になれば予算は気にすることはない。

 天翔クンとなら最高のチームが組めるんだ。

 もう一度、招待状に書かれた自分の名前を読む。

 試してみたいアイディアがあった。より正確で高速な姿勢制御のための手法。そのためには高価なパーツがいくつも必要だ。絶対に無理だ。

 大きなため息をひとつ。タカシは招待状を閉じ、引き出しの奥にしまった。

 心は決まっていた。




 そして、一ヶ月が過ぎた。

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