恐怖のダウンバースト
「ワイの相手は嵐やなかったんかいな」
天翔の二回戦の対戦相手、一回戦でシンクロチームを破ったメテオは、自ら主催するまったく新しいドローン競技ドローンズ・ネストで無敵を誇っている。今回の大会に合わせて持ってきたのはキュムロニンバスと呼ばれる機体だ。下向きに空気を吹き出す通常のプロペラの他に、上向きに風を吹き出し機体を下向きに押さえこむ力を生み出すプロペラを装備している。型破りなプロペラによって、他のドローンよりも大量の空気を上下に動かすことができる。それがキュムロニンバスの特徴だった。
「どこの馬の骨かわからんクソガキ相手に本気出すのも大人げないやろ」
メテオロロジスト、気象学者と呼ばれる彼の自信は気流を支配する者の誇りだった。
「鳳博士、メテオ選手が非常に挑発的ですが」
「メテオ選手が活躍するドローンズ・ネストは円筒状のバトルスペースに人工的に起こした風の渦の中で与えられたミッションをクリアするという競技です。そこでの活躍は皆さんご存知ですが、ドローンバトルでの実績はありません。彼のドローン、キュムロニンバスは積乱雲という意味ですが、一回戦のシンクロチームとの対戦はあっという間に終わってしまいました。今回の対戦では真価を見せてくれるのか、非常に楽しみです」
「タカシくん、もうダメなら無理しなくていいよ」
「ごめん、天翔クン、そうじゃないんだ」
タカシはまた苦しげな表情だった。
「さっきのプログラムだけど、途中で出てっちゃったから完成してないよね」
責めるつもりはなくても出たり入ったりを繰り返すタカシに天翔の気持ちも愛想をつかし始めていた。
「大丈夫、それはなんとかなってると思う」
「でも、ぶっつけ本番はさすがに無理だよ」
タカシに寄せていた絶対の信頼も揺らぎつつあった。
「それに、今度の対戦相手の技も予測できないよね。前の対戦ではシンクロチームを破ったみたいだけど」
「そうだよ」
タカシの目が急に輝いた。
「シンクロチームは動きは安定してたんだ。それがメテオとの対戦では機体の安定を保てなかった」
「どういうこと?」
「離れた相手に影響を及ぼすってことは」
「普通に考えると気流だね。下降気流……、メテオは下降気流を意図的に起こしてる?」
「多分、それだと思う」
「なるほど……、そうすると不用意に近づくのは得策じゃない」
「それと、上を取るのも下を取るのも危ない」
「だけど、それならどうやって?」
「考えがあるよ。ちょっと難しいけど、天翔クンなら大丈夫」
今度はタカシがニヤリと笑った。
「さあ、二回戦、空乃天翔くん対メテオ選手の対戦が始まりました。おおっと、空乃くんは近づかない。距離を取って様子を見ています。一方メテオのキュムロニンバスも動かない。両者、睨み合ったまま動き出しません」
「どちらが仕掛けるか見ものですね」
「ここで空乃くんが仕掛け、ない。一旦近づきながらまた離れました」
「なんや、小僧、攻めてこんのかい。なら、ワイから行くで」
キュムロニンバスが時計回りに回転を始めた。
「嵐のガキはただクルクル回っとっただけや。ワイは違う。ワイの回転には意味があるんや。見てみい。北半球では高気圧は時計回りや。高気圧、つまり中心部の下降気流、これがキュムロニンバスの生み出す下降気流、ダウンバーストや!」
キュムロニンバスが生み出す渦は真下への下降気流だけでなく、バトルスペースの広い範囲に影響を及ぼし始めていた。天翔のエアランナーも影響を受け、リキシのプレートを支えるジンバルはそろそろ限界に達しつつあった。
天翔はこのタイミングで下降しながらキュムロニンバスに接近した。
「なんやと、ワイのダウンバーストに飛び込んでくるとは。飛んで火に入る夏の虫やないか」
キュムロニンバスの真下の下降気流に飛び込む直前、天翔は僅かに態勢を立て直した。まだリキシは倒れていない。ギリギリいける。確信した天翔は勝負に出た。
「くらわんかい、ダウンバースト!」
キュムロニンバスが我が物顔に天翔の上を取る。それだけでなく、ダメを押すようにずいっと下降してくる。
キュムロニンバスの動きをしっかりと確認した天翔は、プロペラの回転を弱め、さらにプロペラ上の整流プレートも閉じた。あっという間に機体が下降していく。が、バランスは崩さなかった。
「どや! え、あ、ああ、ああああ!」
キュムロニンバスが後を追うように下降していく。その勢いが増していく。いや、止まらない。水平のバランスを保ったまま、キュムロニンバスはまっすぐ下降していく。
天翔は着地寸前で整流プレートを開放し、プロペラをフルパワーで回転させる。そのまま地面すれすれで横に滑るように移動していく。天翔の機体に釣られて高度を下げてしまったキュムロニンバスもプロペラのパワーを全開にして上昇に転じようとした。パワーは天翔よりも遥かに強力だ。機体が持ち上がるより先に地面から跳ね返る風が機体を巻き込む。空気の塊がキュムロニンバスを襲う。機体が大きく揺さぶられた。
「ああ、メテオ選手のリキシが!」
似鳥アナの声とともに会場内が騒然とする。信じられないほどあっけなく、優勝候補とも目されていたドローンズ・ネストの英雄は一敗地に塗れた。
「信じられません。またしても空乃天翔くんの勝利だ!」
「いやあ、素晴らしいバトルでした。これはまぐれではありませんね。空乃天翔くんの実力は評価に値しますね。これは次の試合も楽しみです」
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