第18話 2時間 + 0分

 お腹も空いていない、買い物にも行った、午後のお茶と言う気分でもない。

 そんな暇な時間を過ごしている時だった。

 ピンポーン♪

 誰かが来た。

 ソッと台所の窓を開けて訪問者を確認してみるが、見た事もないオバサンが1人立っているだけ。

 白い大きめの帽子に、白い服。肩からかけた鞄まで白と言う完璧なホワイトコーディネート。だから余計にアクセサリーの差し色が残念に感じるご婦人は、

 ピンポーン♪

 2回目の呼び鈴を押した。

 誰だろう?運送屋には見えないし、保険の勧誘だろうか?ならここは居留守安定!

 ピンポーン♪

 帰らないな……。

 もしかしたらご近所の人?

 いや、良く考えてみろ、こうして訪ねられる程仲良くしている人はいないじゃないか。

 だったら、地区の何か大事な連絡でもあるのだろうか?

 いや、いくらご近所付き合いがないとは言っても、同じ地区のオバサンの顔を見た事がないのは可笑しい。

 なら、やっぱり保険屋か?

 もう1度台所の窓をコッソリと開けて確認すると、さっきのオバサンがいる。

 さっきと何も変わらない出で立ちだが、1つだけ違うのは、こっちを、見ている事。

 「こんにちは」

 物凄い笑顔のオバサンは、誰の了解も得ずに窓の前まで歩いてやってくると鞄の中から1冊のパンフレットを差し出してきた。

 窓の下から懸命にパンフレットを差し出してくるオバサンは、きっと爪先立ちだろう。そう考えると、さっさと受け取らないのは可哀想に思って、パンフレットを受け取った。

 「神は信じる者を助けてくださります」

 保険屋じゃ、なかった!?

 受け取ったばかりのパンフレットをペラペラ捲ると、なんとも宗教的な言葉が書かれていた。

 「あの……興味ありませんので……」

 「始めはね、皆そうだと思うんです。信じる力を養わないといけません」

 そんな窓の下で力説されましても……。

 どうしよう?なんか、物凄く話が長くなりそうな気がする。

 けど、このオバサンは、宗教に全く興味のない俺を、どうやって説得するんだろう?マインドコントロール?それとも催眠術?

 何もかもを信じていない俺に、何かを信じさせる事が出来る?

 どうやって?

 「首、しんどいですよね。玄関に回ってください」

 ガチャ。

 玄関を開けて外に出ると、中に入ろうとして来たオバサンとぶつかったので、強引に外に出て玄関を閉めた。

 知らない人間を、家にあげる訳にはいかない。

 「えっと……。貴方は、なにか運命を感じる瞬間ってありますか?」

 一瞬笑顔を崩したものの、オバサンは見事に話を元に戻した。

 それにしても、運命ときたか。

 有名なクラシックの曲名、としか出て来なかった俺の頭はなんなんだ?そもそも運命的な出会いってなんなのだろうか?

 白馬に乗った王子様とか、そういう類のなにか?

 運命を感じる瞬間?

 「いえ……特には……」

 「運命の瞬間は、人と人の出会いそのものなのです。人と出会い、影響を受け、そして成長していくのですよ」

 人の出会いがその後に大きく影響をもたらす。確かに言われてみるとそうかも知れない。しかし、しかしだ。

 影響を受けるだけで良いのだろうか?

 たまには与えたい。とか思ったら駄目なのだろうか?

 あ、そうだった。宗教的なのだから、与えられるのは神のみって事かな。

 そうでしょ?と言わんばかりに顔を見られたので、とりあえず、

 「はぁ……」

 と、相槌を打った。

 このやる気のない返事は、こう言う時に便利だと思う。

 相手に対して全力で、しかも平和的に「興味がない」と示せていると思うから。ただし話が長引く。

 いや、いかに俺を洗脳してくるのか、その過程が知りたいから、話は長引いて良いんだ。

 あまりにも俺が洗脳のしがいがないからなのか、オバサンは途中から本の読み聞かせという行動に出る。

 そして時々俺を見て「今の所の意味はね?」と、細かく説明をするのだ。

 こうなると何も感じる事が出来なくなる。話し方の勉強になれば、とは思っていたが、こんなにもしっかりとした国語の授業が始まるなんて。

 椅子と机があれば伏して眠る事が出来たに違いない。

 パタン。

 本を閉じたオバサンは、不意に、

 「ホラー映画は好き?」

 と、今までの話の流れを全てなかった事にでもするかのような質問をしてきた。

 「え?」

 「ホラー映画。好き?」

 え?宗教の勧誘に見せかけた映画の宣伝?

 でも、残念な事に俺は本当に怖い系が苦手なので、

 「いいえ……」

 と、答えた。

 その瞬間。

 「良かった!ホラー映画を見ると、悪い影響を受けやすいんですよ!」

 と、満面の笑顔。

 俺は暇な国語の授業をちゃんと聞いていた。聞いていたからこそ、少し可笑しいと思った。

 全ての出会いが運命で、全てから影響を受けて成長するのなら、ホラー映画を見ても何かしら受けて成長すれば良いのに。

 悪い影響を受けないように悪い物を見ない……それはただの逃げではないか?

 悪い物を見ても影響を受けない強さ、それが成長と言うんじゃないだろうか?

 例えば、今みたいに。

 俺はオバサンに会って話す事で、こんな考えもあるんだなと知る事が出来た。こんなにも1つの事に打ち込めるんだなぁと感心もした。

 オバサンはマインドコントロールしようとしたのだろうか?催眠術的なものにかけようとしただろうか?

 それとも今から?

 結構な時間喋っているのに、俺の考えは話を聞く前となんら変わりはない。だからきっと俺は洗脳されないんだろう。

 「俺は宗教には全く興味がないので、その影響を受けないうちに帰ってください」

 そう言った俺にオバサンはなにか小声で言ったが、それは残念な事に聞き取れなかった。

 オバサンは自転車に乗って去り、俺の手には最初に手渡されたパンフレット。

 家の中に入ってから改めてそのパンフレットを眺めてみると、俺は相当暇だったのだろう、パンフレットはクルンと丸まり、所々で破れ、ボロボロになっていた。

 それから数日が経った頃。

 お腹も空いていない、買い物にも行った、午後のお茶と言う気分でもない。

 そんな時に、

 ピンポーン♪

 訪問者がやって来た。

 台所の窓から外を確認してみると、あの宗教的なパンフレットを手に持った男性が2人立っていて、物凄い鋭い視線で玄関のドアを見ていた。

 先日のオバサンよりもレベルが高そうだ。しかも2人の男性。

 今度こそ俺は何かを信じる事が出来るのだろうか?

 初催眠術にかかるのだろうか?

 けど、駄目だ。

 今日は夕飯の下ごしらえで忙しいし、なによりも宗教自体に興味がないんだからマインドコントロールも何もない。

 ピンポーン♪

 戦闘準備満点な男性には悪いけど、帰ってもらうしかない。

 ガラッ。

 「なんですか?」

 台所の窓を、音を立てて全開にしてから声をかけると、男性2人の視線がクッとこちらを向いた。さっきの表情は何処へ?と不思議になる程の笑顔で。

 「こんにちは。パンフレットだけでも読んでもらいたいのですが……」

 「それ、前にもらいました。興味ないのでいりません」

 ピシャン。

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