第17話 1ヶ月

 3駅先にある商店街には、お肉屋さんがある。

 ご近所にある商店街にもお肉屋さんはあって、コロッケや串かつをその場で揚げて売っていた。

 揚げたてアツアツのコロッケは、それはそれは美味しいのだが、俺はそこにではなく、3駅先のお肉屋へ行った。

 何故なら、そこではから揚げの揚げたてが売っているから!

 100グラムで腹は満たされるのに、3駅先にまで来たし。と、毎回200グラム買って、傍にある公園のベンチで食べてから帰る。

 その日もそうしてから自転車に乗って帰っていた。すると途中でポツポツと雨が降り始めてきたので、いつもよりも自転車をこぐスピードを速めた。

 それでも、ちゃんと赤信号で止まり、ちゃんと青になってから漕ぎ出した。

 それは、小さな交差点。

 漕ぎ出してスグの事、ゆっくりと曲がってくる車があったので、俺は速く渡りきってしまおうとグッとペダルを踏んでスピードを出そうとしたのだが、同じ事を車の運転手も考えたのかも知れない、急に加速してきたのだ。

 え……。

 何を思う暇もなく、放り出される体。

 何が起きたのかは分からないが、俺は道路に倒れていて、ハンドルやタイヤがひん曲がった自転車が向こうの方に倒れているのを見ていた。

 事故った?

 「アンタ降りてき!なに逃げようとしてんの!」

 「誰か警察!」

 周りには結構な人だかりが出来ていたから、立ち上がろうとしたのに痛くてそれ所じゃない。

 恥ずかしいとか、格好悪いとか、雨が降り出しているとか、道路に顔を伏せた状態であるとか、全く気に出来ないほど痛い。

 体が痛くて、少しも動かす事が出来ない。

 「救急車呼んだからな!大丈夫やで!」

 耳元で大きな声で言われるが、それが余計に怖くなる。

 今、俺ってどんな状態なんだ?

 なんで、こんな事になってんだ?

 痛い、痛い、痛い……。

 しばらくしてやってきた救急車に乗せられ、病院に運ばれて、治療室に運ばれレントゲンをとった。

 ちょっとした治療の後に受けた説明は、

 「打撲ですね」

 だった。

 こんなにも痛いと言うのに、ただの打撲?

 「えー、全治3日ですね」

 3日!?

 え?今物凄く痛いんですけど?なのに3日で治るのか?普通の青痣でも3日では中々難しいと思うんですけど!

 とは声に出せないので、

 「湿布薬出しときますね」

 と言う医者の説明を黙って聞いていた。

 待合室まで行って下さいと治療室から追い出され、足を引きずりながら歩いて待合室に向かうと、俺を轢いたオッサンと警察官が治療室の外にある椅子に座って待っていた。

 「信号無視はしてないのかな?」

 警察官はオッサンから既に話を聞いていたのだろう、全面的に俺が悪いように言ってくる。その上、当たる直前に加速した、と説明した俺に対して、

 「可笑しいなぁ、そう当たられたらそう倒れる筈ないんだけどなぁ」

 とかなんとか。

 可笑しくてもなんでも、そうなったもんはしょうがないだろ!

 俺の言う事をちゃんと書いたのかどうかは謎だが、警察官は事情聴取だけ書き、

 「後は当人同士で」

 と、去っていった。

 とりあえず待合室に向かって支払いの順番が来るのを待つ間、オッサンは俯いたまま一言も喋らない。

 今後の事について、俺から何か言った方が良いのだろうか?にしたって、こう言う時どうしたら良いんだ?

 「あ、治療費。出してください」

 打撲だし、全治3日だし、そんな高額でもないだろうけど。

 「今日は1万しかないねん。とりあえずコレで……ちゃんと治療費は後で出すから」

 オッサンは財布から1万円札を出して俺に握らせると、また俯いた。

 こうして支払いの順番が来て、足を引きずりながら会計をする機械まで行って、表示金額を見て気が付いた。

 正直な話、1万円で足りると思っていたのに、足りなかった理由に思い立ったからだ。

 とりあえず支払いを済ませて窓口に向かい、保険証を後から持ってくれば保険適用してもらえるのかを聞いてみると、受付の女性はニッコリとした笑顔で、領収書と保険証を持って来れば差額は返金されますよ。と、説明してくれた。

 安心してオッサンの所に戻ると、

 「保険がおりるかも知れんから、領収書ちょっとかして」

 と、催促された。

 治療費は全額オッサンが支払うと言っていたし、保険が利くなら。と、領収書を渡して、オッサンの連絡先と住所、名前を書いてもらい、その日はそのまま家に帰った。

 全治だと言われていた3日が過ぎ、赤黒く内出血を起こして激しく痛んでいた足はスッカリと元に戻……る訳もなく、なんら変わらず赤黒い。

 とは言え、歩こうと思えば歩けるようにはなっていたので、俺は杖をつきながら住所を頼りにオッサンの家に向かう事にした。

 何故なら、電話をしても金は払えない。と、一方的に電話を切られていまったので、だったら家まで行ってやろう。と、思ったのだ。

 痛い足でかなりの遠出、自転車の修理代金の請求までしてやろう。とか考えながら辿り着いたオッサンの家は、軽くゴミ屋敷だった

 もう、嫌な予感しかしない。

 それでも、領収書は返して貰わなければならない。

 ピンポーン♪

 呼び鈴を鳴らしてしばらく、誰も出て来ない。

 留守なのだろうか?と、2階を見上げると、1人の女性が俺を見ていた。だから直接話しかければ良いのだろうが、人見知り。そんな高等な技が使える筈もなく、

 ピンポーン♪

 呼び鈴再び。

 しかし、2階にいる女性は微動だにせずに俺を見下ろしているだけ。

 物凄いレベルの居留守?立てこもり?何でも良い、オッサンがいるのか、いないのかだけでも……領収書だけ返してもらえれば、もうなんだって良い。

 いる事は分かっているのに誰も出て来ないので、呼び鈴を押し続けるしかないのだが、立っているだけでも足は痛む。

 この後、このまま歩いて帰らなければならない事を思うと、居留守を続けているオッサン家族に対してモヤモヤっと怒りが込み上げてきたので、

 ピンポーン♪

 ドンドン!

 思いっきりノックした。

 足で蹴飛ばして、とか元気な事は出来なかったので、精一杯、力いっぱいノックした。

 しばらくの間ドアを叩き続けていると、やっと玄関からオッサンが顔を出し、俺を見るなり言った。

 「金は出されへん」

 多分だけど、保険はおりなかったのだろう。だけど、治療費は出すと約束したじゃないか!

 あれ?でも、病院には3日前から行っていないし、湿布薬もまだいっぱいあるから、これ以上お金はかからないような?かかっても追加でもらう事になるだろう湿布薬代位?

 もしかして、その千円程のお金も出せないと?

 いや、でも治療費は全部出すって事は、その湿布薬込みの事だ。

 ここに来る最中は自転車も弁償してもらおうとか思っていたけど、なんかそれを言うとややこしくなりそうだから、もう良い。

 「治療費は出してくれる約束ですよね?」

 全治3日と言われて3日経ったのに、一向に治る気配もないから、もう1回診察を受けようかな?

 「これ以上は出されへん!帰ってくれ!」

 いやいや!

 出されへんってなに!?

 「約束したじゃないですか!」

 「知らん!俺はちゃんと違反金払った!」

 違反金って……それ、医療費と別ですけど!?って、お互い青信号だったのに、オッサンは違反をしていたのか?事故を起した事が既に違反?

 それにしても、知らんって言い方はないんじゃないだろうか?

 今日は1万円しかないけど、後からちゃんと払うって、ちゃんと聞いたのに。それで領収書を……。

 もう良い。後はもう自然治癒に任せるから、領収書だけ返してもらって、保険適用してもらって、差額を貰いに病院に行こう。

 「もう良いです。領収書だけ返してください」

 自腹を切った分だけでもお金が戻って来たら、それでよしとしよう。

 もう3日も経ってしまったから、この後スグに病院に行った方が良いだろうか?それとも今日は足が限界に近いから、明日出直そうか……。

 「出されへん!」

 え!?

 少しは俺の話を聞いたらどうなんだ!

 「お金じゃなくて、領収書ですよ?」

 保険がおりるかも知れないって言うから渡した、領収書。

 頑なに金が出せないと喚いているのだから、本当に保険はおりなかったのだと思う。だったら、俺の名前が書かれているあの領収書は、オッサンにとってなんの役に立つって言うんだ?

 何かに使えるんだとしても、俺の名前だぞ?

 「返せへん!帰ってくれ!」

 はいぃ!?

 「領収書返してください」

 「出さへん!」

 何で!?

 「えぇから返して」

 「帰れって言うてるやろ!」

 領収書1枚返すのが、そんなに嫌なのか?何故?

 「金じゃなくて、領収書やって言うてるやろ」

 「出せへん!もうなんも出されへん!」

 もしかして、話が通じてない?

 足も痛いし、なんか疲れた。いやいや、疲れたからって諦めてなるものか!

 「領収書返せ!」

 「出さへん!」

 話が一向に進まない上に、2階の窓からは相変わらず女性が俺を見下ろしていた。

 出さない、返さない、帰れ。この3つの単語しか言わないオッサンに、これ以上何を言っても無駄?

 折角ここまで歩いてきたのに、ただの無駄足?

 いや、もう1度説明しよう。

 少々熱くなっていた頭の中を急速に無理矢理沈下させ、分かりやすく、ゆっくりと説明した。

 「お金はもう良いです。だから、領収書だけ返してください。病院で渡しましたよね?」

 どうして轢かれた俺の方がこんな気を使ってるんだろう?こんな事なら領収書を渡さなきゃ良かった。

 「出せへん!もうこれ以上は出されへん!」

 話が通じないのも程がある!

 金はもう良いって説明したのに、これ以上出されへんって、なにを言ってるんだ!?いやいや、落ち着け、ここでまた熱くなっても「出せ」「出さない」の言い合いになるだけだ。

 けど、落ち着いた所で、この話の通じないオッサンをどうしたら良いんだ?

 「落ち着いてください」

 「帰ってくれ!」

 ふふふ……無理っ!

 「もーえぇわ!」

 戦いに敗れ、杖をつきながら逃げ帰った翌日。

 俺は保険証だけを持って病院に出向いていた。

 もちろん、徒歩で。

 受付に行って保険証を提示し、4日前に事故で運ばれた事と、保険証と領収証を後日持ってくれば差額が戻って来ると聞いた事。そして、昨日のオッサンの事を説明した。

 受付の女性は「あぁー」とか「はい」と頷きながら笑顔で話を聞いてくれて、

 「で、領収証はないんですけど、返金してもらえますか?」

 と、思い切って尋ねた俺に、

 「大変でしたね。保険証だけでも出来ますよ」

 と、言ってくれた。

 待合室の椅子に座って大人しく待ち、戻ってきた金額は、俺が自腹を切った金額より多かった。

 因みに、足の完治には1ヶ月程かかりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る