第16話 10分

 近所のスーパーへ買い物に出かけたその帰り道の事。

 その日はあまり買う物もなかったので、日光浴も兼ねてノンビリと歩いて帰っていた。

 大きく深呼吸したり、遠くを眺めたり。

 やっている事はハイキングか登山者っぽくはあるのだろうが、場所は近所のスーパーからの帰り道である。

 その帰り道の途中には、結構大きなマンションが建っていて、いつもビル風が吹いている。だからマンションの前を通り過ぎる時は誰でも早足になるのだが、その日はビル風もなく穏やかだった。

 そんなマンション前に、トランク全開のワゴン車が1台とまっていた。

 トランクに荷物を乗せている女性は、運転席に座っている人に何か話しかけている。

 話し声は聞こえては来なかったが、片手をクルクルと回しているのが目に付いた。

 それでも特に変わった光景ではないので、俺は前を向き直したのだが、

 バタン。

 トランクの閉まる音に再び視線がワゴン車に向いた。

 女の人は緑色のかごを両手で重たそうに持ち、左右を確認すると小走りで道路を渡ってくる。

 物凄い笑顔で、俺の所へ。

 これは、立ち止まったら駄目なヤツだ。

 ブゥゥーン。

 女性が道路を渡りきるよりも少しだけ早くにワゴン車が動き、角を曲がった所で停車。エンジンが止まって、沈黙。

 運転席にいる人間は、多分、中からコチラの様子を見ているのだろう。

 様子を見るのなら、些細な移動をした理由はなんだ?

 荷物を持った女性を置いて走り去ろうと言う気があるのなら停車はしないだろうし……俺に気が付かれないように様子を見ようと?にしたって、トランクから荷物を出している現場を目撃しているんだから、そんな小細工意味がない。

 見られていた事に気が付いていなかった?

 なんにせよ、怪しい。

 「こんにちは~。私はハウス栽培しているんですけど、こうして良い物を届けたい!って事で手売りしてるんですよ。今回はね、イチゴが美味しく出来たんですよ」

 重たそうに何度も緑のカゴを持ちかえながら、女性は笑顔を崩さない。

 カゴの中にはイチゴが3パックと紅芋チップス、あんずが入っていて、どれにも値札が張っていなかった。

 「どうですか?今日は紅芋チップが売れ筋ですよ!」

 ニコニコしたまま売れ筋とか言われても、値段が分からないんじゃ買えない。しかし、こんなにも重たそうにカゴを持っている女性を見ていると、物凄く大変そうだと思った。それなのに、終始笑顔なのだ。

 気になるのは紅芋チップス、少々高くても1つ位なら買っても良いかな……。

 「あの……値段は?」

 「あっ、値段ですか?値段はですね、紅芋チップスが400円、あんずが700円で、イチゴはちょっと値が張っちゃうんですよ~」

 イチゴの値段言わず!

 あんず700円でも少し高いと思ってしまったと言うのに、値段を言わないとなると、もっと高額なイチゴなのか。

 それを思うと紅芋チップスの400円は随分と安……くないわ!

 「今、持ち合わせないので」

 「そうですかぁ……」

 女性は「よいしょ」と緑のカゴを持ち返ると、ゆっくりワゴン車の方へと帰っていき、俺はそそくさとその場を立ち去った。

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