第15話 6年前

 今、俺は友達からも「取っ付き難い」と言われている。

 自分で決めた事は、例え周りが止めろと言ってもやり続けるので、救いようのない頑固者らしい。

 自分で決めた事も出来ない人間にはなりたくない。

 有言した事は、実行したい。

 学生の頃はもう少し緩かったのだが、完璧なまでの反面教師との出会いにより、こうなった。

 それは、随分と遠い所に住んでいる同い年の男子。

 3年前まで俺の家にはネット環境はなかった。

 パソコンはあったもののオフラインで、コンポの代わりとして、DVDレコーダー代わりとして使う事がほとんどだったし、工事費も高かった上に、月額を支払えるだけの余裕もなかった。

 なので、3年前まではメール確認や公募などの情報を集める為にネットカフェを利用していた。

 深夜パック6時間1500円。

 初めて行ったネットカフェは会員制ではなかったので気軽に利用できていたのだが、食事メニューはお菓子のみ。トイレも男女共同。置いているマンガの種類は少なめと、結構な古さを醸し出していた。

 メール確認が終わって、情報収集も済ませた後、膨大に余った時間でチャットをやってみる事にした。

 そこで知り合った人達の中に、その男子はいた。

 物凄い謙虚で、物凄くマメで、常に敬語で、人からは物凄い信頼されるような、そんな男子だった。なので、俺も始めのうちは、見習わなければ。と、思っていた。

 チャットルームには他にも沢山の人が集まってきて、全く知らない人と会話が出来る。普段は物凄い人見知りである俺にも、文字だけなら緊張も少なく話せていたので、初対面の人とも普通に挨拶をして、会話して。

 男子は、俺よりも人見知りが酷かったのか、知らない人が来ると、挨拶はするものの全く喋らなくなる。

 だからと言って完全に黙っている訳ではなく、1対1で会話できる内緒話機能を使って、知り合いの人だけと喋っていた。

 その為、チャットルーム内にいる知り合いの口数も一気に減るので、知らない人と喋っているのは俺だけと言う事になる。それを見越してなのだろう、誰も俺に内緒話を送ってこない。

 しかし、チャットルームの出入りが激しいと、その内緒話がズレて送られるバグが時々起こる。

 こうして誤爆された内容は、下の部屋に皆いるからおいで。だった。

 そうか、皆は知り合いとだけ喋りたかったから移動したのか。

 皆下にいる、しかし俺は上にしかいない。それなのに、皆下にいる。俺は頭数には入れられていなかったのだ。

 皆は黙ったまま部屋に残っているが、下の部屋ではきっと盛り上がっているんだろう。こっちの部屋では一切の発言がない。

 部屋の中には4~5人は常にいるのに、発言者が2人だけ。

 俺は、楽しいのだろうか?

 いや、疎外感が半端ない。

 この部屋に執着する意味はあるのか?

 いや、特にない。

 そんな部屋の中に、1人の女子が入ってきた。

 挨拶をして、少しの会話。

 「この部屋人がいっぱいなのに静かだね」

 発言者は俺と女子のみなのだから当然だ。

 他の皆は下の部屋で喋っていて、ここには名前しか……どうしてログアウトしないのだろう?下の部屋で喋りながら、こっちの会話を読んでいるとか?

 「皆ロム中」

 こうしてまた知らない人との会話が始まる。

 挨拶をして、黙秘権はあるよ。と、言いながら年齢や趣味を聞いて。そこから話を広げて……大体の人は一通り話し終わる頃、

 「そろそろ寝るからオチる。また喋ろうね」

 と、ログアウトしていく。そうしてまた違う人が入ってきて、挨拶して、黙秘権はあると言いながら年齢と趣味を聞いて。

 繰り返し。

 相手は楽しいのだろうか?

 楽しませる事が出来ているだろうか?

 文章だけっていうのも、難しい。

 「趣味?そうだな~、ゲーム好きだよ」

 何人目かの女子が、そう言った。

 瞬間。

 「俺も良くゲームしていますよ。今、何かしていますか?」

 ズット下の部屋で喋っていた筈の男子が、急に入ってきた。

 やっぱり、こっちの会話をズット見ていたんだ。なのに、今まではどうして入ってこなかった?たまたま?にしては物凄いタイミング。

 「今○○やってるよー」

 「そうなんですか。サーバーは何処ですか?」

 「7サバ。キャラ名はこのままだよー」

 こうして2人は黙る。

 さて、次の人早くいらっしゃいな。

 しばらく待ってみても、誰も来ない。

 もう、ログアウトしてしまおうかと考えていた時、女子が発言をした。

 「SINさん分かる?7サバだよー」

 え?

 えぇ!?

 慌ててオンラインゲームを調べてみたけど、俺の通っていたネットカフェではそのゲームはパソコンに入っていなかった。自分でダウンロードする事は出来るが、何時間かかるか分からないし、退出時間までそんなに時間はない。

 そう告げると、

 「じゃあ次だね。7サバだからねー」

 女子がそう言ってくれたから、俺は翌日他のネットカフェに来ていた。

 そこは会員制なので少し敷居は高かったけど、一緒にゲームをしようと誘われ……たのだろうか?ただゲームを進められただけじゃないか?いや、でもサーバーまで教えてくれたんだから1回はログインしないと失礼だ。

 会員になってみると、そこは非常に快適なネットカフェではあった。食事メニューは豊富で、個室が広く、トイレも綺麗で男女別!置いてあるマンガの種類も非常に豊富で、なんと言っても深夜パックが8時間で1500円だった。

 温度設定が多少低い位、なんともない。

 こうしてゲームにログインして、右も左も分からないなりにやり始めた。

 どうやって女子に連絡を取れば良いのかも分からないまま、レベルが地味に上がって行く。

 黙々と、ゲーム。

 これ、結構楽しいわ。

 淡々と、ゲーム。

 よっしゃークリアー!

 いやいや、何を普通に楽しんでいるんだ。早く女子に連絡を取らなければ……あ、一旦チャットルームに行った方が良いかも知れない。

 チャットルーム内には男子がいたので、サクッと

 「ゲームやってるん?」

 と、尋ねてみた。

 「今もしてる。SINもやるんだ?」

 「キャラは作った。でも昨日の子が何処におるか分からんから、一旦こっち来た」

 「そうなんだー。今ログインしてる?」

 「うん。ショップエリアの真ん中辺り」

 ゲーム内で男子と会う事に成功し、昨日のうちに女子と2人で作ったというチームに招待され、フレンド申請も届いた。

 チームに入って少しすると女子からのフレンド申請も届いて、しばらくは3人で仲良くゲームをしていた。

 しかし、毎日ログインできる2人と、週に2回ほどしかログイン出来ない俺とでは物凄い差が出始め、3人でパーティーを組むとレベル差の為に経験値ペナルティーまで生じる様になった。

 2人は延々と2人でクエストをして、俺は1人でクエストをする。クエスト中は会話している余裕もないから、一言も話さない日もあったり。

 それでも俺は、好きな武器を振り回しているだけで楽しめてしまうナチュラルなボッチ。

 時々2人がチームチャットで喋ってはいたが、呪文にしか見えない略語を使っての会話なので、詳しい内容は分からなかった、それでも、今日はレアを何個拾った。とか言う自慢話だと言う事だけは分かる。

 2人は競い合いながら楽しくゲームをしているように見えていたのに、ある時女子から内緒話が届いた。

 「相談したい事があるの」

 女子と2人でパーティーを組み、チームチャットではなく、パーティーチャットでされた相談事の内容は男子の事で、サイバーストーカーと化している。との事だった。

 会った事もないのに、ストーカー?

 ゲーム内でどうやって?

 画面越しなのだから、何をされていたって関係ないんじゃないのか?

 サイバーストーカがイマイチ理解出来ない事を正直に言うと、女子は急に自分の部屋に移動した。そして送られてくる内緒話。

 「男子の動きを見てて」

 そう言われたのでチーム員のログイン状況画面から男子を見てみると、クエスト中になっていた。

 「今、クエスト中やで」

 「それは今私がクエスト中だったから。今!今見て!」

 余程慌てて打ち込んでいたのか、女子は打ち間違えを多発しつつ発言している。その異様さにもう1度ログイン状況を見ると、男子はマイルームに移動していた。

 「次、カジノエリアに飛ぶから」

 そう言ってから確認すると女子の表示がカジノエリアになり、間もなく男子の表示もカジノエリアに。

 「もう1回マイルームに飛ぶよ」

 これを数回繰り返した女子と、何処に行っても付いて回る男子。

 「ショップエリアに行ってて。まだ見てもらいたい事があるの」

 まだあるのか!?

 とは言ってもゲーム内だけの話だから、そこまで不気味に思わなくても良いんじゃないだろうか?

 とか思いながらショップエリアの真ん中に立つ。

 「もっと目立たない所で武器屋の前見ててね」

 目立たない場所?

 精一杯考えたのは武器屋の裏側にあるベンチ。そこに座って、カメラワークを駆使して僅かに女子の姿が見える所で固定した。

 これ、今俺がストーカーぽくないだろうか……。

 「来た」

 女子の言葉よりも早く、女子の真後ろに立つ男子。そして、無言。ジッと動かない2人。内緒話を?けど、パーティーを組んでいる相手が文字を打ち込んでいると、頭の上にフキダシしのマークが出る仕様になっている。

 俺と女子はパーティーを組んでいるのに、フキダシは見えない。

 本当に無言だ。

 「これね、私が気付いてパーティーに誘うまでズット続くのよ……でね、気が付かないでログアウトするでしょ?そしたらね、スネルの」

 スネル!?

 同い年の男子が、ちょっと気付かれなかった位でスネルという衝撃的な事を聞かされた後、

 「今からSIN君のマイルームに飛ぶけど、呼ぶまでは来ないでね」

 と、女子が武器屋の前から消えた。するとスグに男子も消えて、ログイン状況を見ると2人共マイルーム表示。

 10分位経った頃、戻ってきてと連絡が入ったから自分のマイルームに行くと。そこには女子だけでなく男子もいた。

 人の部屋で何を!?

 「今日はズットマイルームに行ってるから、SINと喋っているのかと思ってね」

 え?それで俺のマイルームに自分から飛んできたのか?って事は……女子のマイルームにも確認の為に飛んでいる?

 いや、ゲーム内の部屋だけど……でも、それでもし他の人と本当に喋っている最中だったらどうするんだ?

 やっぱり一言あった方が良いんじゃないだろうか?

 「今日はSINとズットパーティー組んでたみたいだし」

 何故それを知っている!?誰と組んでるのかなんて、何処見たって表示されてない……いや、1箇所だけ表示される場所があったわ。

 クエスト中のパーティー一覧……。

 それを態々1つ1つ見て調べたと言うのか!?

 そんな労力を使うなら、チームチャットで一言「パーティー誘って」とか言うだけで良いじゃないか!

 黙って後ろに立って気付いてもらえるのを待つだけって……同じ場所に飛んで付回しまでするなら、一言「何してる?」とか「遊ぼう」とか言えば良いじゃないか。

 「ログインしたり、パーティー組みたい時とかは、声かけた方が良いと思う」

 やんわりと言ってみた。

 すると男子は、

 「そうだね、これからはそうするよ」

 と、言ったのだった。

 翌週。

 ネットカフェからログインすると、即効で女子から内緒話が届いた。

 「相談したい事があるの」

 また何かあったのだろうか?

 けど、声かけをすると男子も約束したし、きっと男子の事ではない……男子の事だった。

 声かけをすると言ってから2日位は本当に挨拶をして、クエストに行くのかどうかの確認をして。と、平和にしていたそうなのだが、3日目元に戻ったらしい。そして悪化したらしい……。

 「パーティー組んだらフキダシ出るでしょ?それ見ててね……」

 そう言ってからパーティー申請が届いたのでパーティーに入ると、男子もいた。

 「こんばんはー」

 「こんばんは」

 「こん~」

 普通に挨拶をして、男子の頭に注目する。

 フキダシが、出たり、消えたりしているが、チームチャットにも、パーティーチャットにも発言はない。

 「今個人商店見てるから、チャット見れない」

 そう女子が言っているのに、話し続ける奇行。男子の頭にはズットチャット打ち込み中のフキダシが出ている。それなのに、チームチャットでの発言が1つもないから、全て内緒話。

 「ゆっくり商店見せたりや」

 チームチャットで発言した。すると急に、

 「そうだよね……これからは必要な時しか内緒話しないね」

 と、自分から言った。

 これには女子も大喜びした。

 翌週。

 女子から内緒話が届く。相談したい事がある、でもなく、内容がそのまま送られてきた。

 「元に戻ったわ……」

 それでピンと来てしまう俺は、きっとこの時点で男子の事をサイバーストーカーとして認識したのかも知れない。

 しかし、しかしだ。

 自分から宣言した事を覆すのか!?

 「今度はね、2日も持たなかったよ……」

 せめて3日は持たせろよ!

 いや、宣言したんだから守り続けろよ!

 「今ね、誰と話してるの?って内緒話できたよ」

 今!?

 どうして楽しくゲームをしない?ゲームが好きなんだったら楽しめば良いだけなのに、どうしてこんなややこしい事になるんだ?

 「今からちょっと喋ろうか」

 そう軽くチームチャットで声をかけ、チームルームに集まった。

 本格的に、徹底的に3人だけで話をするためだ。

 女子が嫌悪感を抱いているのだから、画面上とは言えストーカーだし、止めて、と頼んでいる事をし続けているんだから、悪質な嫌がらせだって事を出来るだけストレートに言った。

 男子は、こう言う性格だから。と言って通そうとしているが、それが人に嫌悪感を与えて良い理由にはならない。

 何時間も喋った。

 男子は徐々に、そうだよね。分かったよ。そうするね。と発言し、更には3人で意見を出し合って簡単なルールも作った。

 挨拶をする事。相手の所に行く時は声をかける。内緒話は必要な時だけ。

 以前から言っていた事ばかりで、特に新しい追加要素はないが、男子はこれを守るとハッキリ宣言したし、女子への謝罪もして、絶対に約束は守る。と、もう1度言い切った。

 俺はネットカフェの退出時間を大きくオーバーし、少々高くついた延長料金を支払ったが、これで次からは楽しくゲームが出来るんだと思って納得した。

 翌週。

 男子の行動は更に悪化していた。

 即効で始まる話し合い。似たような話し合いを、また何時間もかけてして。

 翌週。

 変わりなし。

 また話し合い。

 すると男子は突然フレンドを解除してきた。俺だけじゃなくて女子ともフレンドを切り、チームも辞めて行った。

 後味は最高に悪かったが、フレンドまで解除されたのだから、これからはもう関わらないでいよう。そう女子と話しをして、翌週。

 女子と男子はフレンド同士だった。そして無言で飛んでくるフレンド申請。

 意味が分からなかった。

 先週、フレンドを切った理由すら分からないのに、何故挨拶も何もなくフレンド申請を飛ばして来るんだ?

 なので、先に説明をしてくれ。と、申請を拒否した。

 「え?」

 男子が言い、

 「どうしたの?」

 と、女子が聞く。

 「いやぁ、フレンド拒否されたから」

 「そうなの?どうして?」

 どうしてって……こっちが先に聞きたい。

 「フレンドを切った理由が分からんから、受けようがない」

 こうして懲りずに話し合い。

 「先週は色々あってさ、少し落ち込んでたから」

 始めにそう説明した男子。

 「色々って、何?」

 俺はそこを聞いているんだ。

 「上手く説明出来ないんだよねー」

 「上手くなくてええから説明して」

 「そうだね」「んー」「やっぱり上手く説明できない」

 「大まかにでもええから」

 「人間関係かな……」

 わかっとるわ!

 一言一言が物凄く遅いので、これだけの会話で30分は経っている。退出時間のある俺にとっては非常に貴重な30分を費やして、初めから分かっている事しか言われないイライラ感と言ったら!

 「もう良いじゃん。フレンドになってあげなよ」

 いつの間にか女子も男子の味方だ。と言うよりも、話し合いが物凄く退屈だったのだろう。だからって、俺はこのままじゃ引き下がれないので、

 「話し合いたいから、クエストとかしてきてええで」

 そう女子に言った。

 女子だけに言った。

 「うん、分かったー」

 女子はそう言って去り、それを追いかけるように男子も俺の前から消えた。

 さっきまではとことん話し合って、今日も延長料金支払ってでも納得出来るまで話し合おうと思っていたのに、当の本人は行ってしまった。

 ログイン状況を確認すると、2人はクエスト中になっていたから、クエスト中のパーティー一覧で確認すると、一緒に遊んでいた。

 どうする?内緒話で呼び戻して話し合い決行?

 それとも、放っておく?

 今まで散々話し合ってきたじゃないか。それで少しでも改善はあったか?女子の話が本当なら、話し合いの効果は良くて2日しか持たない。その2日の為に俺は延滞料金を?

 その場では「そうだね」「分かった」と繰り返すくせに、結局何も分かってないから戻るんだ。その場その場で1番良い言葉をただ打ち込んでいるだけだったんだ。そうでなければ2日で元に戻ったりはしない筈。

 本当に反省しているのなら、自分で宣言した事は守る筈。

 そんな男子の為に、どうして延滞料金を支払わなければならない?

 馬鹿馬鹿しい。

 俺は絶対にあんな人間にはなりたくない。

 宣言した事は何が何でも守る。

 有言した事は必ず実行する!

 今、俺は友達からも「取っ付き難い」と言われている。

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