第14話 半年

 現在携帯電話を持っていない俺でも、中学の2年までは持っていた。

 あまり使わなかったから持たなくなった。と、言う訳でもなく、結構毎日使っていたし、便利だとも感じていた。

 恋人との連絡を、家の人を通さなくて直接出来る事は、人見知りの俺にとって物凄く画期的で、なくてはならない物となっていた。

 そんな携帯電話を手放した理由は、今から思うと大きく3つあったと思う。

 1つ目は、恋人から携帯をかしてくれ。と、頼まれた事。

 かす事自体には特に何も思わず、軽い気持ちでかしたのだが、そこから1ヶ月ばかり返してもらえなかった。

 返せと言っても、使ってるのに何でそんな事言うの!?と、何故か逆切れされ、説得に説得を重ね、じゃあ通話料お前が払え。と言って、ようやく返してもらえたのだが、問題はその後。

 知らないダレカサンからの留守電が入っていた。

 内容は、次のデートはいつ?的な感じ。

 2つ目は、友達と、家族と、恋人と、知らないダレカサンしか知らない筈の俺の携帯に、また別の、全く知らない人物から電話がかかってくるようになった事。

 ピロリロリン♪

 友達だろうか?と電話に出ると、即刻切れる。しかも非通知なのでかけなおす事が出来ない。

 電話を切って携帯を置くと、また

 ピロリロリン♪

 かかって来た番号を確認してみると、やっぱり非通知。

 どうせまたスグに切られるんだから、出なくても良い。そう放っておくと、

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 いつまでも鳴る。

 なので着信音をオフにして、バイブも切って放置。しかし、いつまで経っても着信の赤いランプが点滅している。

 ズット、ズット。

 怖いのでそのまま放置してお風呂に入って、上がって見ても着信中。

 どんな忍耐力の持ち主だ?

 根負けして電話に出ると、

 プツッ。

 切れた。

 何がしたい!?

 イタズラにしては何処か陰湿だし、気味が悪い。

 友達に聞いても知らないと言われ、やっぱり放って置いた方が良いのだろうか?とか思っても、

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 怖い。

 着信音を常にオフにしておこうか?けど、そうしたら友達からかかって来た時に分からない。

 あ、そうだ。

 出れば即刻切れるんだから、鳴るや否や出てしまえば良いんじゃないか?

 ピロリ……。

 「はい!」

 プツッ。

 ピロリロ……。

 「はいっ!」

 プツッ。

 ピ……。

 「はぁい!」

 プツッ。

 こうして俺は切られるだけの電話に出続けた。

 2日後、夕飯を食べていると着信音が聞こえてきた。しかし食事中だったので、食べ終わるまで出ない事にした訳なのだが、ズット鳴っている。

 余りにもズット鳴っているから、弟が俺の部屋から携帯を持ってきて、

 「五月蝿い」

 と。

 仕方ない、出るか。

 「はい……」

 ん?

 あれ?

 切れないぞ?

 呼び出し音聞き過ぎて、俺が出た事に気がついてないとか?

 それとも、鳴らしっぱなしで放置しているとか?

 「もしもし?」

 無言だ。

 しかし、耳をすませてみると、なにか音がする。

 キーボードでなにかを打ち込んでいるような、ポチポチと言う音に混じって扇風機かなにか……風の音。そしてマウスをクリックするようなカチッカチッという音。

 ポチポチポチポチ。カチカチッ。

 「あの……もしもーし」

 ポチポチ、ターン。

 エンターキーを格好良く叩く音が聞こえてスグ、

 「ピィィィィィガガガガガガガ」

 機械音と言うのか、ノイズ音と言うのか、とり合えず物凄い耳障りな音が大音量で流れてきた。

 余りの五月蝿さから慌てて携帯を離し、徐々に込み上げて来る恐怖心から、俺は初めて自分から通話を切った。

 ピロリロリン♪

 え……。

 ピロリロリン♪

 また?

 ピロリロリン♪

 「五月蝿い」

 弟がまた不機嫌そうに言うから、今度は少し耳を離して電話に出る。

 「ガガガガガガガ……ピィィィィ」

 少しだけ音量が小さくなっている気がする音。

 何が目的なんだ?

 これを切ったら、またかかってくるだけ?

 あ……だったら、このまま放置したら良いんじゃないか?だって、かけて来たのは向こう。と言う事は、通話料は向こうにかかるんだ。

 うん、いつまでも切らずに通話料を増やしてやろうじゃないか!

 ドエライ金額請求が来れば、こんな事をしたいとは二度と思わない筈。

 俺は少々五月蝿い携帯を部屋の窓側に置いて、食事の続きを始めた。

 ゆっくりと食べて、部屋に戻って携帯に耳を近付けてみると、まだ機械音が鳴っている。

 何が楽しいんだろうか?と、疑問に思いながらそのままお風呂へ。30分程であがり、部屋に戻って携帯へ耳を近付けると……

 「もしもし……あのー……もしもーし……」

 喋っている!?

 「え!?あ、もしもし?」

 新しい展開にビックリして、普通に受け答えをしてしまった。

 「えっと……こんな夜にすいません……」

 いや、全くその通りだよ!

 そうじゃなくて、何故俺の携帯番号を知っているのかを聞かなければ!それと、何故イタズラ電話をしたり、無言電話だったり、機械音だったのかを聞かなければ!

 「……何の用?」

 ザックリとし過ぎてしまった。

 「ウチの学校で、その携帯番号が広まってて、それで本当に繋がるのかどうか確かめていました」

 もう、色々不可解過ぎる。

 何故知らない学校で俺の番号が広まるんだ?本当に広まっているとしても、繋がるのかどうかなんて始めの1回かければそれで解決するだろ。なのに、何日も何日も……。

 「……じゃあ、もうかけて来ないで下さい」

 「あっ、ちょっと待って」

 切ろうとした所で呼び止められたので、そのまま次の言葉を待つ。

 「えっと……大阪の人って、お好み焼きをおかずに白飯を食べるって、本当ですか?」

 なにその質問!

 そして何故俺が大阪に住んでいる事を知っている?

 考えれば考える程不可解で、怖い。だったら、サクッと答えて終わりにしよう。

 「普通に食べますよ」

 よし終わりだ!

 「まじですか、凄い……」

 何が凄いんだ?炭水化物に炭水化物、とか言いたいのだろうか?だったら焼きそばパンとか、コロッケバーガーもそうだろ!

 「じゃあ、もうかけて来ないで下さい」

 プツッ。

 よっし、これで数日間続いた恐怖が終わった!

 と、思っていたと言うのに、翌日からも不可解な現象は起き続けた。

 携帯が鳴っているのではない。

 朝、学校に出る前に何気なく確認した郵便受けの中に、ハガキ位のサイズのなにかが入っていたのだ。

 普通に手紙だと思って郵便受けから取り出してみると、透明なナイロン袋に入れられた、ティッシュに包まったハガキサイズの何かだった。

 なんだろう?

 ナイロン袋からティッシュに包まれたハガキサイズの物を出し、ティッシュを取り除いてみると、それはハガキでも手紙でもなくて、8枚の写真だった。

 あて先や名前が何処にも書いていない、切手も貼られていない不審な郵便物。

 直接郵便受けに入れられた証拠だ。そして、その8枚の写真の被写体は、全てカメラ目線ではない俺であると言う2重苦。

 きっと、友達と遊びに行った時に撮った写真を、焼き増しして郵便受けに入れたんだ。そうに違いない。そうでないと困る!

 しかし、学校に行って友達に確認してみても、写真の事は知らないと言うばかり。

 だったら……昨日の電話のヤツの仕業?だとしたら、ご近所に住んでる?

 大阪の人はお好み焼きをおかずに白飯を食べるのか?とか聞いてきたくせに、自分も大阪の人間なんじゃないか、ハハハ……。

 怖いわ!

 それから数日間、特に何も起きなかった。

 何も起きないと徐々に恐怖心は薄れ、更には“終わった事”として脳内処理されていく。

 こうして未解決のままこの出来事を忘れかけた頃。

 ピロリロリン♪

 電話がかかって来た。

 忘れかけているイタズラ電話事件をスグに思い出せる訳もなく、俺はそのまま普通に出た。

 「はい」

 「ピィイイイ……あぁ、ごめんなさい。もしもし」

 この音は?

 一気に蘇る記憶。

 「もしもし?久しぶり」

 え?電話してくるなって言わなかったっけ?なのに、どうして普通にかけて来るんだ?しばらく時間を空けたからそれで良いと思ってるのか?

 プツッ。

 切ってやった。すると即刻かかってくる電話。

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 またズット鳴っている。またあの無駄な時間を繰り返すのか?

 こうなったら……!

 必殺奥義、留守電!

 “今出られへんから、名前とメッセージ入れといてー”と言う、物凄くやる気のない留守電メッセージが微かに聞こえてきて、スグにプツッっと切れる音がした。

 なんだ、これで良いならもっと早くにやっとけば良かった。

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 ピロリロリン♪

 “今出られへんから、名前とメッセージ入れといてー”

 ピィー……。

 あれ?切れないぞ?

 「今出られへんから、名前とメッセージ入れといてー」

 ん?

 留守電に入ったのは、紛れもなく俺の声。

 ヤツは、俺の留守電の音声を録音して、それを留守電にいれるという手間のかかる事をやってのけたのだ。

 駄目だ、こいつのやる事全部が、なんか怖い。

 ピッ。

 携帯の電源を切った。

 流石のヤツも家の電話にはかけて来ないし、友達はよほどの事があった時は家の電話にかけてきてくれたので、何も不自由せずに2日間携帯の電源を切りっぱなしで過ごした。

 そうして久しぶりにつけてみた携帯の電源。

 1日目、2日目、3日目と、不審な電話がかかって来ない。

 やったか?と思ったが、そんな簡単ではなく、4日目に着信音が鳴った。

 「……もしもし」

 少し考えて出た電話。相手はもちろんアイツだ。

 「やっと繋がった」

 「何の用事?」

 いい加減にして欲しいんだけど!

 「あ、昨日駅前で見かけましたよ」

 何を!?

 確かに昨日は駅前のファストフード店に行ったけど、もしかして俺を見たって言いたいのか!?

 「……だからなに」

 「今度、会いませんか?」

 絶対嫌ですけど!?

 いや、待てよ。会って直接迷惑をしていると訴えた方が良いかも知れない。直接なら不意打ち機械音攻撃もないし、会話強制終了される事もないし、良いかも知れない!

 「じゃあ……明日」

 こうして駅前のファストフード店前で会う約束をした訳なのだが、約束の時間、1時間待っても、2時間待ってもそれらしい人物は現れなかった。それどころか、それ以降電話もピタリと止んだのだ。

 会う約束をするまでの遊びか何かだったのだろうか?

 それにしても、可笑しな体験だった。

 こうして再び薄れていく恐怖心。

 それは、テスト前の事。

 俺はテスト勉強もせずに古本屋に行って立ち読みをしていた。

 面白い本を読んでいたので、笑いを堪えながら、それはそれは有意義な時間を過ごしていたのだが、目の端にズットチラチラ映る黒服。

 立ち読みをしている訳ではなく、本を探している様子でもなく、ただウロウロとしているのだ。

 本を読み終え、次の本を手に取ろうとした時、

 ポン。

 肩に手を置かれた。

 ビックリして振り返ると、ズット目の端にいた黒服がいて……、

 「SINさん……ですよね」

 その声は、電話のヤツの声に似ている。

 「……そうですけど……」

 「えっと……テスト、頑張ってくださいね」

 ニッコリと手を振ったヤツは、俺の返事も待たずにそのまま本屋を出て行った。

 それ以降姿を見る事はなくなったのだが、着信音に対しての恐怖心だけは、何故かズット消えずに残った。

 3つ目は、恋人からのメールの返答に、かなり困ったから。

 有意義なクラブ活動中、突然「今ファストフード店」とか言うメールが届いた。

 なんだ?この状況報告は。

 これに返信するべき言葉など、せいぜい「へぇ」とか「ふーん」位しか思い浮かばない。果たしてそんな相槌のみの返信を求められているのだろうか?もしかすると、待ち合わせているダレカサンと間違って俺の所にメールをした可能性だってある。

 俺は「へぇ」と心で思いながら携帯をポケットに入れた。

 そんなある日の事。

 授業中に携帯が震えたので、コソッと見てみると「授業中~」とのメールが届いていた。

 Me Too!!

 先生に携帯を見ている事がバレたら放課後まで没収だったので、俺はそのまま携帯をポケットに入れた。

 その授業が終わるや否や、俺の教室に駆け込んでくる恋人。

 「無視する事ないやんか!」

 無視もなにも授業中、それにメールの文章もちゃんと「授業中」だったじゃないか!そこで、どうして返事をしろと言えるのだろう?

 ユサユサと揺らされながらメール頻度の低さを責められていると、とてつもない感情が芽生え始めた。

 もう、面倒臭い。

 2つ折りだった携帯をポケットから取り出した俺は、パカッと開けて両手で持ち、本来曲げてはいけない方向に向かって折り畳んだ。

 バキッ、パキッ、そんな音をたてて携帯は壊れ、そこから現在に至るまで携帯は持っていない。

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