第12話 2ヶ月

 喫茶店の雰囲気が好きだ。

 カフェではなく、喫茶店。

 あの落ち着いた空間と、コーヒーの香りが好きだ。なのに、注文するのはアイスティーだったりする。

 お気に入りの店を探す為、あちこちの喫茶店に行ってはアイスティーを飲み比べ、そしてやっと見付けた店。

 週に3日はそこへ行き、アイスティーを飲んでいた。

 窓側の、1番奥の席に座り、外を眺めながらノンビリと時間を過ごす……時々持参した本を読んだり、宿題をやったり……。

 中学時代の話である。

 しょっちゅう行っていたその喫茶店は、家と駅の丁度中間あたりにあったので、通いやすい場所でもあった。

 そんなある日の事、あまりにもお気に入りの店だったので、

 「良い喫茶店あるんやけど、一緒に行かへん?」

 と、友達を誘ってみた。

 「えぇけど……どしたん、急に」

 確かに、行き成り友達を喫茶店に誘うのは珍しかったのかも知れないが、そんな事なんか気にならない位に美味しいし、雰囲気が良いんだからしょうがない。

 「最近ズット行ってる店。かなり良いで!」

 更に売り込んだ。

 「常連なん?」

 それは、どうだろう?

 週に3日行っている喫茶店。

 ウエイトレスさんの顔も覚えているし、注文するのは毎回アイスティーだし、それに座る場所も同じ……これは、もの凄く常連っぽい!

 けど、何年も通っている訳じゃないから、常連と言うよりも、最近良く来る人。程度かも知れない。

 「常連ではない……かな」

 歯切れの悪い返事をした事で、友達はハテ?と首を傾げてしまった。

 せめて1年は通ってからじゃないと、常連と名乗るのはおこがましい。

 「じゃあさ、注文する時に、いつものって言うてみて」

 あぁ、それでアイスティーが出てきたら、それは確かに常連だ。

 だけど、そんな恥ずかしいマネが俺に出来る筈もない。

 「嫌や」

 「じゃんけん3回勝負な。俺が勝ったら、いつもの。やで」

 こうして負けられないじゃんけんが始まって、即効で終わった。

 結果は、俺のストレート負けである。だから、もう1回。と、頼んで泣きの1回をやったのに、それもストレートで負けてしまった。

 合計6回連続でジャンケンに負けたのだから、もう、いつもの。と、注文しない訳にはいかない。

 覚悟を決め、喫茶店まで向かい、大きく息を吸ってから中に入った。

 友達が手前の適当な席に座ろうとするから、腕を掴んで1番奥の、いつもの席へ。するとスグにやってきたウエイトレスさん。

 この人は、良く見る人だ!

 大丈夫かな?

 週に3日来ているし、知っているウエイトレスさんだし……いけるかな?

 友達を連れてきた事は初めてだけど、いつもの席だから、どうだろう……。

 恥ずかしいけど、勝負に負けたんだ、言うしかない!

 「ご注文はお決まりですか?」

 ニッコリと笑顔のウエイトレスさんは、俺の方を見ている気がする。

 覚えてくれているのだろうか?それとも至って普通の営業スマイル?

 「じゃー、俺ホット」

 友達がホットコーヒーを注文した後、一呼吸入れ、ついに俺は声に出した。

 「あ……あの、いつもの……」

 声に出した瞬間、カァーっと頭に血が昇る。

 想像していたよりも、もっと、ズット恥ずかしい!

 チラリと視線を上げてウエイトレスさんの顔を確認して、更に恥ずかしくなって、俺はもう、ただ帰りたい衝動に駆られてしまった。

 何故なら、ウエイトレスさんは、首を傾げていたのだ。

 「いつもの……ですか……?」

 そして、かなり困った表情で尋ねられてしまった。

 やっぱり、ちょっと通っただけで常連を名乗るなんて、おこがましかったのだ。だったら、このまま俺を思い出さないでもらおう。

 そうでないと、更にいたたまれなくなる。

 「えっと……あの、コーラください!」

 俺は、普段は注文しないものを注文する事で全くの別人を装い、出されたコーラを一気に飲み干し、遠慮もなく笑っている友達を連れて喫茶店を早々に立ち去った。

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