第11話 30秒

  中学生最後の夏休みの事。

 本来ならば大量に出されている課題やら受験勉強やらと、やらなければならない事が沢山あると言うのに、なにもする気がおきない程暑い。

 それでも家にいたくないので、友達と待ち合わせをして遊びに出かける。

 行き先は駅前にあるデパートの中。

 デパートの中には入っているが、買い物を楽しんでいる訳ではなくて、ただ単純に涼しいから。しかも、清潔なトイレ完備。

 雑誌の立ち読みまで出来るのだから、暇潰しにはもってこいのオアシスなのだ。

 「何階行く?」

 エレベーターを待つ間、友達がそう尋ねてきた。

 6階はオモチャや文房具、絵の具やパステル、スケッチブックなど興味をそそられる品々が売られている。

 7階はレストランと本屋。普段古本屋にしか行かないので、新刊の雑誌を立ち読むにはここしかない。

 だいたいは6階を見てから7階に行っていたので、いつもは何も言わずに6階に向かっていた。なのに、何故階の確認をするのだろうか?と、見上げた先には、8階物産展と書かれたポスターが貼られていた。

 どうやら友達は物産展に興味を持ったらしい。

 「じゃあ、8階行こっか」

 いつもとは違う階。たったそれだけの事でちょっとだけワクワクしつつエレベーターを待つ。

 チン♪

 軽い音と共にやって来たエレベーターに乗り込むと、中には数名のご夫人達が乗っていた。

 流石デパートに買い物に来る方々、誰もが品の良さそうな出で立ちである。

 8階のボタンを押して、ドアの上にある数字を眺めて目的の階に着くまで大人しくしていると、後方から控えめな、でも確かな音が聞こえてきた。

 プゥ。

 俺の後ろには友達がいたので、振り返って見てみると、少し俯いていた。だから、確実に友達だと思って、

 「それはないやろ……」

 小声で言った。

 品の良さそうな方々が乗っている、エレベーターと言う密室。そんな密室で軽いガス事件を起すなんて……せめて最寄の階で下りてから存分に……。

 「俺ちゃうで」

 え?

 違うのか!?

 疑って悪かったよ……だったら、どちら様が?

 いや、別に出す事に対してどうこう思ってないけど、一応密室だし……ギリギリまで我慢するのが普通なのかなーって思っただけでありまして……えっと、その……。

 気まずい!

 こんな時に限って、各階でエレベーターは止まらない。

 臭いは全くないけど、確実に聞こえたガスの音。

 誰だ?

 いや、犯人探しをしてどうする。

 しかし、この空気をどうしたら良いんだ?

 空気と言っても、ガスが充満しているだろうエレベーター内の空気じゃなくて……皆、居心地悪そうにしているこの空気の事。

 この場で、実は俺でした―。とか言えたなら、雰囲気が少しでもマシになるだろうか?

 いやいや、後数秒で目的の8階と言う所で、そんな小芝居をする必要はあるのか?

 顔を見合わせる俺と友達。

 「SINやろ~」

 友達はこの気まずい空気をなんと変えようと話を振ってきたが、それが逆効果になっている事に気が付いているのだろう、その表情は、真剣そのものだ。

 しかし、ここで俺が頷く事が出来れば……。

 チン♪

 あ……。

 8階に、着いた。

 エレベーターに乗っていた方々は、何事もなかったかのように下りて行くと、物産展会場へと去っていった。

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