第10話 25分
中学まで、あまり目立つ事もなかった俺は、見事に高校デビュー……はせず、真面目な生徒……と言う訳でもなく、それなりにやんちゃをしているグループの仲間入りを果たしていた。
とは言っても、元々がナチュラルなボッチなので、自分から仲間に入った訳ではなくて、放課後、バイト終わりにゲームセンターに行っていたらいつの間にか輪の中に入れられていた。と、いうだけの曖昧さ加減。
通っている学校も、学年もバラバラで、ゲームセンターに行かなければ会う事もないから、友達と言うよりも遊び仲間……いや、ただそこにいたから一緒に喋っていただけの集まり。
高校2年の夏までは、そんなグループの中で遊んでいたのだが、それ以降ゲームセンターには行っていない。
学校での友達作りもそれなりに努力はしたのだが、やんちゃなグループの中にいた俺の周りには、そこそこやんちゃな人間が集まっていて、進級する度に1人、1人と減っていった。
そして高校3年の春、学校内に俺の友達は1人として残らなかったのだ。
そんな俺が友達と呼べるのは、やっぱり中学時代の友達しかいない。
お互いバイトをしていたので中々会う機会はなかったが、休みの日が合うと待ち合わせて遊びに出かけた。
高校3年の、冬のある日の事。
その日も友達と遊びに行こうと言う事で、俺は待ち合わせ場所の駅前にいた。
かなり寒かったので、手袋とマフラー装備。更にポケットの中にはカイロ、背中には貼るタイプのカイロと、完全なる寒さ対策をしていた。それに、マフラーで鼻の辺りまでを覆っていたのだから不審人物極まりない感じになっていただろう。
待ち合わせた時間は昼の1時だが、12時半には駅前にいた俺は、寒さに耐えつつボンヤリと友達が歩いてくるだろう方向を眺めていた。
すると、突然肩を叩かれ、
「何してん?」
声をかけられた。
慌てて声のした方を見ると、そこには全く見覚えもない男子が立っていた。
年齢は同じ位だろうか?赤っぽく染めた髪が印象的な、高身長男子だ。
同級生……にしては見覚えがないし、同じ学校の生徒?にしたって声をかけられる程親しくしている人間はいない。そもそも俺に見覚えがないんだから可笑しい。だったら、この男子が一方的に俺を知っている?
駄目だ、どれもしっくり来ない。
無視してこの場を立ち去るのが1番良いのだろうけど、今は待ち合わせ中。この場を離れる訳には行かない。
完全に無視すると何かと面倒な事になりそうだし、適当に挨拶だけした方が良いか?
「待ち合わせ中です……」
本当の事を言って、暇ではないとアピールしてみた。
「ふぅん、友達と?」
俺の背中を触りながら男子は質問を続けた。
何がしたいんだ?新手のカツアゲとか?
それにしては攻撃的な感じはないか……背中に置かれている手が妙ではあるが、捕まれている訳でも押されている訳でもなくて、触れているだけ。
目的がなんなのかは分からないけど、とりあえず
「はい」
と、答える。
「何処行くん?」
まだやり取りが続くのか!?しかも、何処だって良いだろ!
友達と遊びに行く時は大体会ってから決めているので、現時点では答えられない。しかし、答えないと言う事は無視をしていると言う事になるので、それはマズイ。
「多分、カラオケか……ゲーセン」
再び本当の事を告げ、これ以上は喋りたくないとの意思を示すように男子から視線を外し、速く来い。と、願いを込めて友達が歩いて来るだろう方向を眺めた。
しかし、それらしい人物はいない。
当たり前だ、約束の時間までまだ30分程もあるのだから。
それにしてもだ、なんで背中を触る必要があるんだ?厚着をしているからそんなに触られているって感触はないけど、不可解過ぎて居心地が悪い。
「ゲーセンって、スグそこの?」
そして何故話し続けられるんだ男子ぃ!
会話なんて少しも弾んでいないし、視線まで外している相手だぞ?普通だったら、それじゃあ。とか言って会話終了じゃないのか!?
それとも、ゲームセンターに興味があるだけなのだろうか?新しいゲーム入荷とか、そう言う情報交換を期待しているとか?
ゲームセンターに行かなくなって随分経つ俺に、交換出来るような情報はない……それに、行くとしたってスグそこにあるゲームセンターには行かない。
と、そんな細かい説明をする必要は微塵もないのだが、なにか答えようと思うと言うしかない。
「スグそこのには行きません」
嫌だな……早く何処かにいかないだろうか?
「へぇ、何処のゲーセン?」
ゲームセンターへの食い付きが凄いな。そんなに行きたいなら、さっさと行けば良いのに、まだ俺から手を離さない。
あ、そうか。
俺の背中が暖かいんだな。
男子をよく見ると、寒さ対策よりもお洒落に重点を置いたような服装をしていて、見ているだけで寒そうだ。それならどこか店の中に入っていれば良いと思うのだが、もしかしたらこの男子も誰かと待ち合わせをしているのかも知れない。
見ず知らずの人間の背中に張ってあるカイロで暖を取ろうとするなんて、余程寒いのだろう。
「使いますか?」
俺はポケットの中に入れていたカイロを男子に差し出した。
「えぇの?寒ない?」
寒いのはお前だろ。と、心の中で突っ込みを入れつつ、
「背中に貼っているし、マフラーもあるので」
と、手袋をしている手を見せた。
「ありがとぉー。なぁ、一緒にプリクラとらへん?」
男子は左手でカイロを受け取り、右手を背中から離してくれた。
やっと開放されたと安堵したのだが、次の瞬間、男子は肩に手を回してきたのだ。
妙に馴れ馴れしい上に、かなり自然にスルリと回ってきた腕。そして多少強引にグイッと引き寄せられる。
これは、もしかしたら知り合いと間違えているとか?
そうでなければセクハラか?
それとも、このまま人通りの少ない場所に連れ込んでからの、カツアゲか!?
そうか!だからプリクラなのか!あんな密室っぽい空間の中でなにをする気だ!?
恐ろしいまでの嫌悪感と、許容範囲を超える至近距離に他人がいる事の恐怖が込み上げてくる。
それと同時に、友達が来るまでにこの男子をどうにかしなければならないという焦りも。
こんな所を見られたら、一生笑い話の種にされてしまう!
とりあえず、一旦この場を離れる事にした俺は、その場でクルッと回って男子の腕から逃れると、
「嫌です」
と、ちゃんとプリクラを断ってから立ち去った。
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