第9話 3時間

 俺には霊感的なものは一切ない。

 信じていないのだから、霊感も何もない。

 なのに、心霊的なものが恐ろしく苦手だ。

 心霊番組を見る事が出来ない、怖い話なんか聞きたくない。

 そんな誰でも怖がるようなものはもちろん、日本人形やらフランス人形も駄目で、マネキン。般若のお面、おかめ、ひょっとこ、夜店のキャラクター物のお面まで。

 更には、仏壇やお地蔵さんといった、本当は有り難いものまで怖い。

 怖いとは言うが「キャー怖い~」と、腰を抜かして喚く所まではいかなくて、なんか嫌。程度なので、周囲から見れば怖がっているようには見えないかも知れない。

 お化け屋敷に入れと言われたら、全力で拒絶はするが……。

 こんな俺だが、心霊スポットには何度か行った事がある。

 どこも有名な心霊スポットではなく、地元で軽く「出る」と噂されていた場所。

 高校1年の夏。

 俺はゲームセンター仲間と一緒にベンチで喋っていた。そこへ、何歳か年上の人が来て、

 「今から心霊スポット見に行くで」

 と、誘われたのだ。

 嫌だな、とは思ったが、年上の人から直々に誘われてしまったら断り難い。

 誰かが断ってくれたら、便乗して断ろう……と、多分全員が思っていたのだろう、もれなく全員参加となってしまった。

 車と数台のバイクで移動している間、物凄い嫌な予感がして、何度か帰ろうとしてみたのに、時は既に遅く、全く見知らない土地にまで来てしまっていた。

 車を降りた時点で迷子になる。しかもこんな人通りのない場所で。

 そっちの方が怖いかも知れないと感じ、大人しく窓の外を眺める。

 しかし、外灯もまばらな道では景色があまり見えない。空気が若干緑だったから、山道に入った事だけは分かった。

 他の車も、外灯も少ないとは言っても、結構大きな道路だったので、この何処に心霊スポットがあるのだろうか?と思っていると、車は不意に建物の駐車場に止まった。

 ここから歩くのだろうか?

 車から降り、改めて周囲の景色を眺める。

 駐車場の外は車道になっていて、時々車が通り過ぎていき、ボゥっと灯っている外灯。そして駐車場の奥には、ドンと建っている建物が。

 もしかして……ここ?

 「じゃ、行くか」

 ここだった!

 心霊スポットが、こんな道路のスグ傍にあって良いものなのだろうか?と言うか、これって廃墟じゃないですか!

 潜入したら、不法侵入じゃないですか!

 とは、口に出ないので、黙って着いて行くしかない。

 全員でゾロゾロと入り口に向かうが、廃墟の入り口はフェンスやら、南京錠付きの鎖やらでしっかりと封鎖されていたので入れそうになかった。

 建物の周囲をグルリと回っても入れそうな場所は特に……。

 「2階の窓から行けそうやな」

 あったらしい……。

 年上の人が窓まで攀じ登って中に入ると、皆次々と攀じ登り始めるから、俺は最後にならないようにとかなり必死に窓まで攀じ登り、中に入った。

 中に入ってしまうと、真っ暗で何も見えない。

 先頭を歩く年上の人が懐中電灯を持っているが、周囲を照らすまでの光源にはならず、足元だけしか照らさない。

 それでも分かるのは、ここがちょっと地味な廃墟である事。

 廃墟と言うと、外観は崩れそうになっていて、窓とかも全部割られていて、中に入っても落書きまみれで、階段とかは崩れていて、地下に行く階段があって、地下には地下水が……と、こんなイメージを持っていたのだが、階段は普通だし、落書きもない。

 しいて言うならば、服か、シーツか、布っぽい物が散乱している事くらい。

 流石に拾い上げて詳しく見る勇気はなかったので、踏まないようにと気を付けながら歩き、見付けた階段。

 1階に下りようとしたのだが、網が張られていて途中までしか下りられず、だったら上だ。と、年上の人がズンズンと進むから、俺達もそれに続くしかない。何故なら俺達は1人も電灯を持っていなかったから。

 年上の人とはぐれたら、入ってきた窓にすら戻れないだろう。

 それ程までに真っ暗なのだ。

 コツ、コツ、コツ。

 コンクリート剥き出しの壁、廊下に響いていく俺達の足音。

 たったそれだけなのに、不気味に感じる。

 3階に着き、少し見て回ってみるも、2階とそんな違いはない。

 コンクリート剥き出しの壁、真っ暗な廊下、らくがきのない壁、布っぽい物が散乱している廊下。

 人数が多いせいなのか、徐々に怖くなくなってくると、1人が急に、

 「ちょっと向こうの端まで見てきます」

 と、1人で廊下を走り出した。

 タッタッタッタ。

 徐々に遠くなる足音は、やがて立ち止まり、

 タッタッタッタ。

 戻ってきた。

 「なにもなかったです」

 こんな真っ暗な中を、よく走って行けたな。そして、こんな真っ暗の中でよく何もない事が分かったな。

 疑問には思ったが、声に出すと駄目になる気がしたので黙り込む。

 「じゃあ2階に戻るか」

 クルッとUターンして階段を下りていく年上の人。

 階段は下にだけではなく、上にも続いていたのに、4階に行かずに2階に戻ったのは何故だろう……車でこんな所にまで来ておいて、建物全部を見ようとしないのは何故?

 声に出すと、駄目な気がした。

 それに、早く帰れるのなら、これ以上有り難い事はない。

 こうして真っ暗な中を入ってきた窓まで戻って、今度は1人ずつ外に出る。

 攀じ登るのとは違って、下りるのは少し怖かったけど、建物の中に1人取り残される恐怖に比べると些細だ。

 ジャーンプ!

 グキッ!

 足を多少負傷してしまったが無事に脱出し、駐車場に止めた車やバイクに向かって歩き出したのだが、そこには……。

 「自分ら、今こん中から出て来たやろ」

 俺達よりもかなりやんちゃをしていそうな人達が数人集まっていた。

 何でこんな所に!?

 もしかしてここ、たむろする場所だったとか!?

 にしたって、俺達の車の周囲を取り囲むようにして布陣しなくても良いじゃないか!

 まさか、心霊スポットに来て、心霊的ではない恐怖を味わう事になろうとは……。

 「そうやけど」

 年上の人は、かなり堂々と答えながら2歩ほど前に出る。すると、ニヤニヤとしているやんちゃな人達は、建物の方を軽く指差し、

 「んで、出た?」

 と。

 どうやらこのやんちゃな人達も、心霊スポットを見に来たらしい。

 「真っ暗で何も見えんかったわ」

 年上の人と、やんちゃな人達が会話を交わしているのを聞きながら、廃墟内の光景を思い出す。

 剥き出しのコンクリートの壁と、散乱した布っぽい物。

 懐中電灯は年上の人しか持っていなかったから、本当に真っ暗で、自分の足元すら見えなかった……。

 可笑しくないか?

 何も見えなかったのに、コンクリートの壁?布っぽい物?

 いやいや、懐中電灯が照らす先を見ていたから、目に入った物が鮮明に脳に記憶されているだけだ。

 可笑しな事は何もない。

 「なんもないんかぁー。面白んないわー」

 「後、入り口閉まってるから、入るんなら窓からやで」

 「ダルゥ~」

 何処となく楽しそうに喋る2人。

 心霊スポットに来ると、多少合わなそうな人間とでも仲良くなれるのか……。吊橋効果の友情バージョン?

 「1階に続く階段も封鎖されてたから、帰りも窓からになるで」

 年上の人は、やんちゃな人達の探究心をことごとく削ぎ落としてから車に乗り込んだ。だから大人しく立っていただけの俺達もササッと車に乗り込んだり、バイクに跨ってエンジンをかけたり、行動を起した。

 「もう、俺らえぇわ。報告サンキュ」

 こうして俺達は廃墟と、やんちゃな人達との別れを済ませてゲームセンターに戻った訳なのだが、その後、廃墟に行った。と、言う話題があがる事は何故か1度もなかった。

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