第8話 4日

 駅前にあるゲームセンターの前にはちょっとした広場があり、そこには昼間に見ると、とてもじゃないけど座りたいとは思えない汚いベンチが4基ある。

 高校2年の、ある日の事。

 家に帰りたくなかった俺は、このベンチに座るためにゲームセンターに通っていた。

 バイトがない日は夕方、バイトがある日は夜。雨が降っていない日は毎日ベンチに座りに行っていた。

 よいしょっ。と、座ってしばらくすると、ゲームセンターから若者が出て来て、

 「おはよーさん」

 と、手を上げて挨拶しながら、ドカッと俺の隣に座った。

 「おはよー」

 おはよう。と、挨拶をしているが、夕方や夜である。

 同い年位だと言う事は分かるのに、何処の学校に通っているのか、何年生なのかも知らない軽い顔見知りの若者。

 お互いあだ名位しか知らない。

 それでも、

 「ゲーセンの中めっちゃ暑いわぁ~」

 「なんか冷たいモン飲んだら?」

 「奢って」

 「嫌」

 会話は普通に出来ている。

 友達ではないが、他人でもないし、顔見知りよりも少し近くて、仲間と言う訳でもない。

 明日も会おうとか、何時に行くとか、そう言う約束を一切していないのに、行くと居る。

 ゲームセンターの中に入って呼んだりしていないのに、ベンチに座っているとやって来る。

 お互い自分の事はあまり話さなかったのだが、ある時から若者はベンチにギターを持って来るようになった。

 ベンチで弾き語る訳でもなく、ただ担いでいるだけ。すると、ベースを担いでゲームゼンターに来ていた若者もベンチに来るようになり、2人から作曲がどうの、作詞がどうのって話が聞こえてくるように。

 聞かなければならない空気に、俺は軽く、

 「バンド組んでるん?」

 と、聞いた。

 その途端、ベースを担いでいた若者が鞄から取り出したのは、数枚のチケット。

 くれるのだろうか?

 「今度ライブやるから、来て!ワンドリンク無料で、1300円!」

 押し売りの方か!

 毎日顔を合わせて、多少の話しをして、一応仲良くしている若者がライブをすると言うんだから、ここは行かなければならないか……。

 「ノルマで10枚売らなアカンねん。1000円でえぇから2枚買うて」

 その後若者は、売れなかったら自腹やねん。と、頼んでくるから、俺はその場で2枚購入した。

 ありがとう。と、頭を下げる2人の若者。

 別に良いよ。と、手を振る俺。

 練習しに帰る。と、去って行く2人の若者。

 分かった。と、手を振る俺。

 ベンチに残され、買ったばかりのチケットを眺める。

 そこには出演バンドの名前と、ライブハウスまでの簡単な地図も描かれていて、ワンドリンク無料と書いてあった。

 出演するバンド名を見ても誰なのか分からなかったので、2人のバンド名を聞けば良かったかな、とか思いつつ自動販売機でジュースを1本買う。

 広場にある時計は11時を示していて、今からバンドの練習をするには遅いんじゃないだろうか?と不思議に思い、再びベンチに座る。

 プシュ。

 誰もいない広場でジュースをグイッと飲み、通り過ぎて行く人や車をしばらくボンヤリと眺め、なにか府に落ちないのでもう1度チケットを眺めた。

 何組かのバンド名、ライブハウスまでの簡単な地図、ワンドリンク無料……特に可笑しな所はない。

 チケットが黒いから、怪しげなだけだろう。

 ゴクゴク。

 あれ?やっぱり何か可笑しくないか?

 今度は買った2枚のチケットを見比べてみる。

 何組かのバンド名、簡単な地図、ワンドリンク無料……同じ物だ。

 しかし、この余った1枚をどうしてくれよう?誰かに買い取ってもらえれば良いんだけど……。

 頼める知り合いなんていませんけどね!

 ゲームセンターの中にいる誰かを捕まえて頼む?

 そこまで馴染んだ訳でもないですけどね!

 もう、2000円のチケットを1枚買ったと思う事にしよう……。

 誰かを誘うにしたって、その日に都合が合うか分からな……。

 あれ?

 恐ろしい事に気が付いてしまった俺は、かなり慎重にチケットを眺めた。裏と表、何度も何度も見直した。

 あぁ……しまった。

 2人の若者は、今度ライブやるから。と、言っていたし、来て。と、頼んできた。だからチケットを2枚買った訳なのだが、2人の若者はライブが何月何日、何時から始まるのか、詳しい事は言わなかった。

 そして、チケットには、開催日や開始時刻の表記が一切ないのだ。

 まぁ、明日会った時に聞けば良いか。ついでにバンド名も聞こう。

 そう思ってその日は諦めて家に帰ったのだが、翌日、2人の若者はゲームセンターに現れなかった。

 ライブが近いから練習しているんだろう……。

 しかし、次の日も、また次の日も来なかった。

 財布に入れっぱなしのチケットをもう1度眺めて、目を凝らして眺める。

 黒いチケットに黒字で何か書いているかも知れない!とかいうありえない可能性を考え、念入りに。

 新しく発見した事は、ライブハウスの名前やらお問い合わせの表記がない事。

 これは、チケットに描かれている簡単な地図を頼りに、ライブハウスを探してみるしかなさそうだ。

 唯一のヒントは、地図の下の方に書かれている駅名。

 自転車に跨り、3駅先の駅前まで移動し、もう1度チケットを眺める。

 ここから真っ直ぐ行って、右に曲がって、少し進んだ所にライブハウスがあるらしい。

 どの方向へ?

 真っ直ぐ行って、始めの角を曲がれば良いのか?

 いや、地図に駅名があるんだから、駅の周辺にライブハウスがある筈だ!

 駅を中心に彼方此方探し回ったが、結局、ライブハウスを見つける事は出来なかった。

 ならば。と、そのままネットカフェに行き、駅名とライブハウスと入力して、マップで検索をしてみると、衝撃的な一文が目に飛び込んできた。

 “一致する情報は見付かりませんでした”

 見付からないって、どう言う事!?

 そんな筈はないと、もう少し調べて出てきた1件のライブハウス。しかし、そのライブハウスは、チケットに描かれている駅から更に3駅離れた場所にあった。

 ここだろうか?

 ここだけしかライブハウスはないし……ここ?

 だったら、どうして地図に書かれた駅名が違う?

 ネットに情報が出ない位小さなライブハウスとか?

 こうなったら、2人の若者がゲームセンターに来るまで待ってみよう。会えなくても、1人位は連絡先を知っている人がいるかも知れない。

 翌日、意を決してゲームセンターの中に入り、何度か顔を合わせた事のある人から順に若者の事を聞いて回った。

 「最近見かけへんで」

 「そんなヤツおったっけ?」

 いやいやいや……信じない!

 「この辺でライブハウス?知らんで」

 「あれ?SINのツレちゃうかったん?」

 えぇ~……。

 俺は……騙されたのだろうか……。

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