第7話 5分

 俺の目は酷く疲れた時にだけ二重になる奥二重で、視力が良くないので焦点を合わせようとすると、どうしても目を細めなければならない。なので、目付きはそこそこ悪い。

 俺の声は成長期を軽く失敗したために少し高めで、声を張り上げればそこそこ通る。

 しかし、人見知りなのとあがり症で、大声を出す機会はほとんどない。

 それ所か、24時間声を出していない日だってしょっちゅうある。

 そんな俺は人ごみを避け、電車ではなく自転車に乗って日本橋へ来ていた。

 目当てはパソコンの電源。

 自分で組み立てるので、相性問題などを考慮し、相性返品が利く事と、パソコンに詳しい店員さんのいるパソコンショップに向かって歩いていると、突然、急に、しかもかなりのハイテンションで話しかけられた。

 「すいません、すいませぇーん」

 ポンポンと叩かれる肩、振り返ると1人の男性が立っていた。

 「なんですか?」

 不審に思いつつ、男性の顔をしっかりと見ながら返事をすると、

 「今、映画のチケットが10パーセントになる会員券があるんですよ!」

 と、聞き間違いを疑うような事を言われた。

 10パーセント引きじゃなくて、10パーセントに?どう言う事だろうか?いやいや、こんな怪しげな話が本当にある訳がない。それに、映画なんてそうそう見に行かないし。

 「ここに名前書いてください」

 「え?」

 話が進んでいる!?

 「いや、別にいらな……」

 「ここに名前、お願いします」

 ペンを差し出して来る男性の勢いに負けて、ペンを受け取ってしまった。

 「映画のチケット、10パーセントで欲しくないですか?」

 だから、映画はそんなに見に行かないと……とにかくペンを返さなければ!だからと言って「いらない」と、言っても「名前を書いて」と、言われるだけになるのは実証済みだ。

 だったら、手っ取り早くペンを返却できる方法を取れば良い。

 必殺奥義、偽名サインかなりの乱筆仕立て!

 ミミズがのたうったような文字の出来栄えに満足しながらペンを男性に差し出すと、男性はペンを受け取り、物凄い笑顔のまま、

 「じゃあ、1万円になりますね」

 と、何の説明もなく1万円出せと催促して来た。

 あまりにも突然の事に男性の顔を眺める事しか出来ない。

 「えっとですね……会員料1万をお支払い頂くと、映画のチケットが10パーセントで買えるようになるんですよ」

 そう言う事は、始めの説明でするべきだろ。名前を書かせた後で1万円催促してくるとは、怪しさ通り越して完全な詐欺だ!

 これ、本名を綺麗な文字で書いた場合「名前と顔を知られた」「何かされるかも」とか思って1万円支払う人もいるんじゃないだろうか?

 実際に支払っている人がいたから、この男性は初めから自信たっぷりなハイテンションで話しかけてきたんじゃないか?

 俺がカモにでも見えたのだろうか?

 許すまじチャラ男!

 と、言う思いを全て込め、俺は男性の顔を凝視しながら言った。

 かなり頭にきてしまったので、人見知りやら、あがり症のタグが全て外れ、かなり素に近い声量で言った。

 「はぁ!?」

 何人かの人が振り返ってくる中、男性はそそくさと人ごみに紛れて消えていった。

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